「独眼竜よ、よう参った!」

屋敷に到着して通された部屋に座っていた人物には目を丸くした。大きな声はもちろんだが、それ以上に体格もまとう雰囲気もとても大きく感じる。政宗はひらりと手を振って、小十郎は着席して丁寧に頭を下げる。政宗の隣に座らされたは小十郎に習うように軽く手をついた。

「おっさん、邪魔してるぜ」
「おお、相変わらずの減らず口を叩きおる」
「Hum、俺はこれが流儀でね」
「右目も息災であったか?」
「勿体ないお言葉にて。ご無沙汰しておりまする」
「そうか、で、そちらが噂の『竜の巫女』か」
「は、はい。あの・・・・・初めまして。と申します」
「うむ。よう参ったのう」

何もしていないのに、ジワリ、と汗が背中を伝うのがわかる。こうやって対峙していても何もかも見透かされているような感覚と、包み込まれるような感覚が交互にやってくるようだ。目を細める彼がこの甲斐を治める武田信玄だということは政宗や小十郎から道中で聞いた。「どんな人?」と聞いたとき、政宗は顔をゆがめ、小十郎はちら、と佐助を見る。佐助は「何でこっちに」とぶつぶつ言いながらも「まぁ、お館さまは大きな方だよ」とだけ言っていた。だから会うまでにいろいろな想像をしていたのだが、実際に会ってみるとその力強さに目を見張る。だがその視線の鋭さとじわりと感じる重圧感はやはり一国を背負う人間だという証左なのだろうか。

「聞けばそなたは独眼竜を虜にしているそうな。佐助からしかと報告はなかったが、なるほど、独眼竜が傾倒するのもわかる気がするのう」
「い、いえ、そんな・・・・・私なんか・・・・・」

顎をさするような動作をしながらまじまじと覗き込まれるのにどうしようかと身じろぎをする。政宗が自分に傾倒しているなどあるはずもない。無論、大切にされているという実感はあるが、それを傾倒と言っていいわけではない。政宗には自分よりも大切なものが沢山あるのだ。それを間近で見ているのだから頷くこともできない。

「おっさん、それより真田幸村はどうした?」
「おお、あれには少々目の毒だったようじゃからのう。部屋で待機させておる」
「Ha、破廉恥破廉恥ってよく騒ぎやがったからなァ」
「そなた、わかっておりながらからこうておるのであろう?」
「まぁな。いちいち反応が初心すぎんだろ。そろそろアイツも所帯を持てる年だろうが。その辺り教えてやらなくていいのか?」
「なかなかあれがその気にならぬでな。じゃが、そなたがこうして女性を伴っておるところを見て少々感じるところがあったらしいからのう」
「おいおっさん、俺をアイツの出汁にすんじゃねぇよ」

わはは、と豪快に笑う信玄に憮然としながらも逃げ出そうとはしない。政宗にとって信玄はそれだけの譲歩を認めるほどの存在なのだということを目の当たりにしては小十郎に視線を走らせる。彼は二人の会話を聞きながら口をさしはさむことはしない。の視線にも気づいているだろうに顔を上げることもせずじっと待つ姿勢のようだ。

「独眼竜、右目、それに『巫女』、今日は疲れておるじゃろう。別室を用意させた故ゆるりと休むがよかろう。明日は宴席を用意しておるからのう。話はまた明日じゃ」
「Thank you」
「かたじけない」
「あ、ありがとうございます」

きょろきょろしていたのを気付かれたのかもしれない。話はこれまで、と切り上げた信玄の合図とともに、部屋の外にいた侍女たちが政宗たちを先導する。こちらへ、と言われて立ち上がったは小さく信玄に頭を下げてから政宗に引かれるように歩き出す。その後ろに小十郎が続き、一人残された信玄はじろ、と縁側へ視線をやる。

「佐助」
「は───────────」

その声に障子を開いて姿を見せたのは佐助だった。政宗たちをここまで案内してから、自分は忍びだから、と言って席を外していたのだ。無論、彼らが信玄を害しようとしたらすぐさま飛び出せるように準備はしていたが。

「ご苦労だったのう」
「まぁこのくらいは軽いですよ。それよりお館様、いかがですか?『竜の巫女』は」
「何の変哲のない女のようじゃが、あの独眼竜と右目があれほど心を寄せておるとは思わなんだ。佐助、そなたの目から見てどうじゃ?」
「そうですねぇ・・・・・・・・」

信玄にとっても『竜の巫女』は未知数なのだろう。測りかねる、と首をかしげる主に佐助も同調する。佐助とて道中一緒に過ごした時間しか知らないが、正直どこがいいのかわからない、というのが本音だった。独眼竜ともあろう男が傾倒するような女には思えない。だが竜の右目までが彼女を認めているということはやはり何かあるのだ、と勘繰りたくもなる。ましてこの時期に奥州を開けてまで甲斐へ連れてくるほどだから、余程いい女なのだろうと思っていたのが拍子抜けするほど普通の女だった。いろいろとちょっかいを出してみてもいまいちよくわからない。だが一つだけ───────────

「お館様、今この日の本で暮らす者で甲斐の虎と越後の軍神を知らない者はどれほどおりましょうか」
「何じゃそれは?」
「あの『巫女』はお館様のことを知らぬ様子でした」
「ほぅ」
「というよりも『武田信玄』は聞いたことがあるが、それが甲斐の虎と思っていないというか」
「なるほどのぅ。少々奇妙な話というわけか」
「はい。噂によればあの『巫女』は天から落ちてきたとのこと。奥州の者が意図的に流したのかと思いましたが、もしかしたら・・・・・・」
「無教養の女、という可能性もあるぞ、佐助」
「ですが、あの『巫女』は、ある程度の文字の読み書きと独眼竜の異国語が理解できるようです。無教養の女にそんなことができるでしょうか」
「ふむ・・・・・・・・・」

佐助の言葉を受けて考え込む。確かに受け答えは至極まともだったし、政宗の隣に黙って座っていられるほど空気を感じられない女でもないらしい。至極ふつうの女、としか見えないのだが、今この時期に独眼竜がごく少数の人数だけで国許を空けるということの意味の重大さはわかっているのかいないのか。首をかしげた信玄に佐助は軽く肩をすくめて口を開く。

「まぁしばらく滞在するみたいなんで、いろいろと探ってみますよ。あの『巫女』がどんな女なのか、個人的にも興味ありますしね」
「左様か。では任せる」
「は」

それだけを言って立ち上がる信玄を見送って佐助ははぁ、とため息を吐き出した。独眼竜との道中はよくも悪くも気を使う。そもそも自分は彼が嫌いなのだ。右目と謳われる片倉小十郎はまだ言葉が通じる相手だし、独眼竜の右目、ということを除けば理路整然と物事を考える人物でもある。独眼竜が間違えた道を往こうとしたときは身を挺して止めるほどの気概を持っている武将でもある。

「ったく、右目の旦那がこっちにいてくれれば楽なんだけどねぇ」

そもそも考えるのは自分の役目ではないのは重々承知しているのに。ただやはり『竜の巫女』と名乗っているあの女がどういう女なのか、つかみきれないのも珍しい。普通の女かと思えば常識はずれの言動をするし、独眼竜の側室にしては地味すぎる。一度伊達家に訪れたときに目にした側室たちはみな佐助から見てもうらやましくなるほど美しい娘たちばかりだった。それに比べると月とスッポンほど違うとしか言いようがない。

「それに、右目の旦那の真意もね。この時期、伊達領を空けるのはまずいんじゃないのかねぇ」

豊臣の西の戦が終われば次は東だ。それを着々と準備しているという情報は配下の者たちから刻一刻と上がってくる。佐助でさえそう感じるのだ。軍師である小十郎がそれを知らないとは考えられない。

「あ〜あ、俺様忍びなのに、なんでこんなに考えなきゃならないんだろうねぇ」

ぼやき節で一人ごちながら、佐助の耳は向かい側の廊下を歩いてくる幸村の足音をとらえていた。

「まぁいいや。真田の旦那にも協力してもらうことにしましょ」

放っておいても首を突っ込んできそうだからね、と付け加えて、佐助は幸村の足音がする方へと歩き出した。



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