結局、が床上げしたのは3日後のことだった。幸村が押しかけてきた日以降はほぼ起き上がれるようになっていたのだが、政宗がなかなか許可を出してくれなかったということもある。本当に二人きりで過ごす時間。いつも身の回りの世話をしてくれる侍女や八重もいない。小十郎も一日一度報告がてら顔を見せるだけ。にとっては当たり前の自分で何かをしなければ誰もしてくれないという生活だが、政宗が思っていたよりもずっと器用なのにも驚いた。さすがに洗濯は女中を呼んでやらせていたが、料理は彼が作り掃除も軽く畳を拭き、埃をはたく。そんな生活をは当然としていたが、政宗にとってはどれもこれも珍しい体験なのだろう。楽しげな彼の姿を見る生活はにとっても楽しい日々だった。だが一日に一度小十郎がやってくる時は奥州筆頭の顔を見せる。そのギャップに惹かれながらも彼を独り占めしている罪悪感と嬉しさでないまぜになる感情を持て余していた。
「何だか久しぶり〜」
布団を片付け着物を着て障子を開く。差し込んでくる太陽の光に思いきり伸びをする。寝込んでいる間は障子を開くことすら禁止されていたから、こうやって日の光を浴びるのは本当に久しぶりのような気がする。
「おい、あまり無理すんな」
「大丈夫だよ。政宗さんのおかげでゆっくり休ませてもらったから」
の後ろから声をかけてくる政宗に笑いかけて縁側に腰を下ろす。このまま外に出たいなぁと呟けば政宗が小さく笑ったようだった。
「何?」
「いや、何でもねぇよ。元気になったなら城下を案内させるか」
「え?いいの?」
「まぁいいんじゃねぇのか」
軽い調子で告げる政宗には嬉しそうに笑う。ずっと横になったままだったから動きたくてたまらない。それも場所は違うが政宗と二人で街を歩くのは随分と久しぶりだ。知らない土地を二人で歩くのはどれだけ楽しいだろう、と心を躍らせるに政宗は軽く笑って口を開く。
「小十郎をつけるから楽しんで来い」
「え───────────?政宗さんは行かないの?」
暗に自分は行かない、と告げる彼の言葉には目を見開いた。一緒に過ごせると思っていただけにその落胆はまともに態度に出てしまったのだろう。政宗の方がそんなの態度に驚いたようだった。
「?」
「あ・・・・ううん、ごめん、そうだよね政宗さん、忙しいもんね。私のせいでずっとどこにも行けなかったし、やりたいことも出来なかったもんね。じゃ、私は小十郎さんと」
「Wait」
「ううん、ごめん」
「待てっつってんだろ。何でそこで怒るんだよ」
「怒ってないよ」
「怒ってんだろうが」
「怒ってないって!」
自分で思っていたよりも大きな声が出た。突然怒鳴られた政宗は呆気にとられた顔をしているし、あまりの恥ずかしさにうつむいた。たった一日政宗と出かけることができないだけ。それも3日間彼を占領してしまった後だから、彼だって他の人間との用事だってあるに違いない。それなのに癇癪を起こしてしまった自分の幼稚さに恥ずかしくなる。まるでだだをこねる子どものようだ。自分はいつからこんなに政宗を占領したいと思うようになったのだろう。わかっている。米沢にいるときは政宗には愛姫がいる。自分だけの彼ではない。がいた世界は一夫一婦制が当たり前で、それ以外の異性に惹かれているのは罪だとされている。こちらの世界は身分の高い男性が世継ぎのために複数側室を持つのが当たり前で、政宗も無論その中の一人であり、自分も数いる側室の一人。それはわかっていても、嬉しかったのだ。政宗が自分だけを甲斐に連れてきてくれたことが。女性を連れての旅は彼にとって初めてで、その女性が自分であることに。それに体調を崩したときも他の人間に任せるわけではなくずっとつきっきりでいてくれたことが。だからは政宗の彼女であり、妻であるような錯覚に陥ってしまったのかもしれない。
しばらく無言のままの政宗がの後ろに座ってゆっくりと抱きしめられる。
「Honey」
「───────────ごめん」
「謝るな」
「ううん、ごめん。私が悪いの」
「No、謝んなって言ったろ?、何で怒る?」
「だって」
「だってじゃわからねぇ。言ってみろよ」
「え───────────?」
「お前の気持ちを言ってみろ」
耳朶に響く蠱惑的な低音には思わず息を飲んだ。耳たぶに軽く歯を立てられてぞわ、と鳥肌が立つ。反射的に身をすくませるがぎゅ、と逆に抱き寄せられて身動きすら封じられる。
「なぁ」
「・・・・・ぁっ・・・・!」
ふ、と息を吹きかけられて思わず声を上げる。だがくつくつと笑う声は完全に楽しんでいるようで。「俺はあまり気が長い方じゃねぇ」とささやかれてへにゃ、と力が抜けた。
「、早く言え」
「だって・・・・・・・」
「だって?」
「政宗さんと一緒にいたかったから」
「───────────Ha?」
ぽつりと告げた言葉に一瞬政宗が驚いた顔になる。この3日間部屋に閉じこもっていたのは政宗も同じ。動きたいと思う気持ちもそうだ。だからこそその鬱憤を幸村にぶつけようと思っていた。本気で彼とぶつかるためには近くにがいれば危険が伴う。だから彼女が外に出たいと言ったのは渡りに船、と思ったのだが、まさかそんなことを言われるとは思わなかった。
正直な話、政宗はを甲斐に連れてきたことを半分後悔していた。そもそもこの旅行は自分のエゴから強行したものでまさかが体調を崩すとは思わなかった。しかも3日も寝込む程の疲れが出るのも想定外だった。小十郎がついてきたのは少々当てが外れたが予想の範疇だった。それはまぁ良いとは思っているものの、自身が乗り気であったわけではない。だから寝込んでいる間はずっと側にいたのは自分の罪滅ぼしだという思いもある。ようやく元気になったが外出したいというのだから、彼女の行きたいところを猿飛にでも案内させた方がいいだろうと逆に気をまわしすらしたのだ。が寝込んでいる間、小十郎にもさんざん説教をされた。「はこの小十郎と違い女性なのですから、政宗さまの思うままにあまり振り回しますな」と。何せ自分が気が長い方ではないことは自覚があるし、一緒に出掛ければきっと、自分のわがままにを振り回してしまうだろうから。そう思って告げたというのに怒られると思わなかった。そしてその怒った理由も政宗の予想外すぎたのだ。ぽかんとする政宗がバツの悪そうに視線を逸らしたままのの身体をもう一度抱きしめる。
「何だ、そんなことかよ」
「え・・・・・?」
「だったら二人で出かけるか?」
「いいの?」
「ああ。当たり前だろ」
「ホントに・・・・・・?」
「Ah?俺はお前には嘘は言わねぇよ」
「───────────うん!」
ぱぁっと明るい表情になるに政宗は独占欲を満足させる。が自分を頼ってくるのはたまらなく気持ちいいし、政宗もまたと離れたくはないのが本音だ。旅に出て改めてと一緒にいる時間がどれほど自分にとって大切なのか思い知らされた。が側にいてくれるだけでいい。彼女が小十郎と話をしているだけでも身を焦がすほどの感情にはっとする。でも少しずつだけど、もまた自分と小十郎が話をしていると不満げな表情を見せてくれるのがたまらなく嬉しくなる。それは嫉妬という名の感情であることを彼女を手に入れてから初めて気が付いた。だからこんな風に甘えてくる彼女がたまらなく愛おしくなる。
「だが───────────」
軽くの頬に唇を落とすとの瞳が目いっぱい見開かれる。最初はうつむいていてばかりの彼女の瞳がまっすぐに自分に注がれているのに満足しながらも、政宗はにや、と笑ってみせる。
「お前をこうしてんのも悪くねぇ」
「政宗さん?」
「俺を独り占めにしたかったんだろ?」
政宗の言葉にさらに目を丸くするに悪戯心がうずく。だがはまたしても政宗の予想とは違う行動に出た。くす、と笑って彼の唇に自分から自分のそれを重ねると小さく笑う。
「うん、でもベッドの中で一緒にいるんじゃなくて、一緒に買い物をしたかったんだ。普通の彼氏と行くみたいに」
「彼氏?」
「あ・・・・・・え・・・と・・・・その付き合ってる人、というか・・・・・好きな男の人という意味、かな」
「Okey。お前の望みなら叶えてやらないわけにゃいかねぇだろ」
「ありがとう、政宗さん!」
は嬉しそうに笑ってするりと政宗の腕から逃げ出して外出用の着物を選び始めるのに、政宗は軽く苦笑して自分も外出の準備をしようと立ち上がる。「ったくざまぁねぇな」と自嘲しながらでもあったが、それと同時に「悪くねぇ」とひとりごちる。といると自分の知らない自分が沢山発見できる。今回はすねてしまったが、人のために気を遣うなど初めての経験だ。その変化を楽しんでいる自分もいて、外から近付いてくる足音は小十郎と何故か幸村のものもある。その二人に会うべく政宗は部屋の外へと出たのだった。