部屋に戻ってきたは身体のけだるさにごろんと畳に横になった。それもそのはず。昨日の夜は政宗に翻弄されたままほとんど眠っていなかったし、朝からずっと動きづめだ。さすがに体中がだるい。帯を締めたまま、目を閉じるとそのまま眠りに落ちてしまいそうで。そのままとろとろとした眠りに身を任せようとした途端だった。
「おい!テメェ、何て恰好をしてやがる!!」
「ひっ───────────!」
背後でふすまが開く音とほぼ同時にガツンとした怒鳴り声に冗談ではなく身体が跳ねた。慌てて起き上がってその声の主を見れば、渋面を浮かべた小十郎と、彼の後ろで申し訳なさそうな顔をした八重がいた。
「!テメェは何度言ったらわかる!?政宗さまの側室となった以上、テメェの一挙手一投足はすべて見本となるべきだと言うのに、何だそのたるんだ性根は!いいから座れ!!」
「は、はい・・・・・・・・」
仁王立ちになった小十郎の怒鳴り声にたじたじになりながら示された場所に正座する。そこから立ったまま始まった小十郎のお説教を黙って聞いていると、ふらりとやってきた体の政宗の姿が見える。思わず「あ」と声を発してしまい、じろりと睨まれる。
「おい、いい度胸だな」
「ち、違うの!政宗さんがね───────────」
「アア?政宗さまだァ?」
「そ、そうだよ!ほら、後ろ!」
必死で小十郎の後ろを指す。いい加減足のしびれが限界だったし、小十郎の低音でがみがみやられるとかなりのダメージを食らう。何とかして逃げ出したいと思っていた矢先の出来事にわたりに舟、とばかりに飛びついた。ちら、と背後を見た小十郎がくつくつと笑う主君の姿を見て思わず息をのむ。
「これは政宗さま!」
「Ah?いい。続けろ」
「は───────────?」
「、で?何をやらかしたんだ?」
「ちょっと・・・・・疲れたから横になっていただけ。そしたら小十郎さんが・・・・・・」
「当たり前だろうが!!よりにもよって入口に足を開いたまま寝そべりやがって!!俺だったからいいものの、下心のある男なら貞操が危うかっただろうが!」
「う・・・・・・そう、だったっけ・・・・・・?」
「おい、テメェ、本当に地獄が見てぇようだな」
「み、見たくない!!政宗さん!笑ってないで助けてよ!」
両腕を組んだ小十郎の背後に黒いものが見えて思わず「ひっ───────────」と声が喉につっかえる。
「Ah・・・・・小十郎、その辺にしとけ。今日はほとんど寝てねぇんだ。少し休ませてやれ」
「───────────は・・・・・・」
だが助け舟を出してくれたのは政宗だった。言外に昨夜のことを告げる彼に小十郎は一瞬声を詰まらせてから頷いた。だが「まったく」と小さく呟く彼にはほっとして足を崩そうとして───────────失敗した。しびれて感覚のなくなった足は言うことを聞いてくれるわけもなく、そのままごろんと畳にだるまよろしく転がってしまう。恥ずかしさに真っ赤になりながら腕で上体を支えようとして、思わず噴き出した政宗を睨みつける。
「クックッ・・・・・・・、アンタ最高だな」
「わ、笑ってないで助けて・・・・・・・・・・って・・・・・・小十郎、さん・・・・・・・・」
「、俺がさっき言ったこと、もう忘れてんじゃねぇだろうなァ」
「わ、忘れてませんっ!!ごめんなさいごめんなさいっ!!」
「アァ!?いいからそこへ直れ!」
そういいながら、畳にへばりついたままじたばたともがくの後ろ襟を捕らえようとする小十郎の腕を政宗ががちり、とつかむ。一瞬、何が起きたのかわからなかった。目を丸くするが恐る恐る見上げると、ひどく真剣な顔の政宗がを捕らえようとした小十郎の左腕をつかんでいた。
「No。に触んじゃねぇ。こいつは俺のモンだ」
「───────────は」
「小十郎、俺の許可なくに触れるな。こいつに触れていいのは俺だけだ。いいな?」
「かしこまりました」
腕をつかまれたまま、小十郎が目を見張る。どこか危険をはらんだ政宗の声音に頭を下げると、「それでいい」とばかりに腕を離される。そして政宗はの背後にまわり、抱きしめるように助け起こすと、は顔を真っ赤にして「離して」ともがく。
「Ha!聞けるわけねぇだろ。で?しびれてんのはココか?」
「ひっ・・・・・!や、やめてぇっ!!」
「んな面白ぇことやめるわけねぇだろ」
じゃれあう二人に小十郎は小さく息を吐き出してから二人に一礼して部屋に背を向ける。そしてそのまま部屋を出ていった───────────。
さほど廊下を歩かないうちに小十郎は背後から自分を追いかけてくる気配に足を止める。振り返ると八重が追いかけてきていて、小十郎は彼女が追いついてくるまで待ってやってから視線だけで問いかける。
「片倉さま」
「何だ?」
「ご不快を承知で申し上げます。此度のこと」
「いい。わかっている。どうせに入れ知恵したのはお前か姉上だろう」
「───────────はい」
「別に怒ってはねぇ」
八重の言葉に苦笑する。確かに彼女があんなことを言い出したのには驚いたが、どこか心の中で喜んでいた。政宗の側室になったからにはけじめをつけなければならない、と言い聞かせていた。対等に話をすることもできなくなる、そう思っていたから嬉しかったのだ。
「さまのお心もお察しください。さまにとっては一夜にしてすべてが変わるなど、初めてのご経験だったのでしょう。片倉さまが膝をつかれたとき、どれほどお悲しみになられたか」
「───────────それが俺の務めだからな。政宗さまのご側室ともなりゃ、俺が一番初めに頭を下げなきゃならねぇ。違うか?」
「違いませんが───────────ですがそこのところをお汲み取りくださればよろしいものを」
「おい八重、お前は俺に説教をする気か?」
「いえ、そのような。ただ、片倉さまが先ほどさまをお叱りになられているのを、さまはお喜びになられていましたから」
あの状況で喜ぶのはどうなのか、とも思うが、八重が言うのだからと口をつぐむ。無防備すぎる彼女を見て思わず怒鳴りつけてしまったが、政宗はそれについてはとがめだてはしないようだった。の言うとおり、今まで通り、だ。一つだけ、彼女が政宗のものになってしまったことを除けば。
知らずふぅと溜息をついた小十郎に八重は苦笑して苦労性の彼に小さく首を振る。この性分だからいつも政宗に振り回されているのだが。だが小十郎は至極真剣な表情で八重を見下ろした。
「八重、を頼む」
「片倉さま───────────」
「政宗さまは奥の怖さをご存じねぇ。を本当の意味で守れるのはお前と姉上だ。頼む」
「心得ております。さまは私たちでお守りします」
「ああ。敵は外ばかりとは限らねぇ。敵に内通しているヤツもいるかもしれねぇ。はそんな奴らの格好のエサだ。今政宗さまが一番執着していらっしゃるのはだ。他の側室たちにとっちゃ目の上のたんこぶにもなる。結託でもされると厄介だ」
「───────────片倉さまには、その目星が?」
「いや。だが家中に内通者がいるかもしれねぇという疑いの段階だ。お前は奥から目を光らせておいてくれ」
「かしこまりました。喜多さまにも───────────?」
「気は進まねぇが、姉上にも話しておくべきだろうな。頼めるか?」
「はい。お任せください」
そこは八重も長年小十郎と共に伊達家に仕えている間柄だ。「ご自身でお伝えになればいいのに」などと言わずに頷いた。実際、喜多はが側室になったため、その対応で多忙を極めている。本来側室というものは正室の代わりに政宗を癒し、子を産むのが仕事でもある。時には他国の使者をもてなしたりもしなければならない。だから他の側室たちは教養も美しさも抜きん出ている者が多い。だが、彼女たちから見れば自分たちよりも年上の、しかもどこの馬の骨ともわからない女が政宗の心を射止めているのだ。嫉妬のあまりどんな手段に討って出るのか見当もつかない。まして政宗は今までもほとんど側室を顧みない君主だっただけに、その感情をとどめる手段もない。
だが───────────小十郎が八重に対してはっきりと内通者の疑いがあるなどと言い出すことは稀だ。ということは、ほぼ間違いなく家中に裏切り者がいる、ということだ。有能な女中の顔に戻った八重が頷くのに、小十郎も同じ表情に戻って軽く手を振った。先ほどまで深刻な話をしていたとは思えないようなそぶりで八重はの部屋へと戻り、小十郎もまた、執務室へと戻って行った。