「右手だ、右!」
「え?」
「違うっつってんだろうが!」
「うう・・・ごめんなさい」
「ったく───────────」

はあと深くため息をついた政宗に頭を下げる。新しい舞を覚えろと言われて政宗のお手本通りにやっているつもりが違うと怒られるばかり。運動神経には自信がないのは自覚があるし、前回覚えた時よりは丁寧に教えてくれているのはわかっているが、できないものはできないのに。

「休憩だ」

しゅんとするをよそにそう告げて、どっかと座り込む。見計らったように八重がお茶を運んできた。ずず、とそれを飲み込んだ政宗をちら、と見上げ、は口を開く。

「ごめんね」
「Ah、お前が不器用なのはわかってる」
「うう、返す言葉がありません」
「にしても覚えんの遅すぎんだろ」
「───────────政宗さんが器用なだけだよ」

ぼつりと呟くとAh?と眉を上げる。だがそれには答えないまま湯呑を手に取って揺らすだけのをちら、と見てしばらく無言のままお茶をすすっていた政宗が不意に顔を上げてにやりと笑う。その笑みを見た瞬間、嫌な予感に視線を逸らす。大概こういう時の予感は外れないからなおさらだ。

「そうだなあ、Honey、提案なんだが」
「い、嫌」
「Ah?」
「だ、だって政宗さん、そんな顔してるときは絶対変なこと考えてるのがわかるもん!」
「Hum───────────ならお前は倍掛けな」
「な、なにそれ!?」
「Ha!俺は奥州筆頭だぜ。俺に逆らえるとでも思ってんのか?」
「ちょ、ちょっと待って!何をするつもりなの・・・・・・・?」

どうやら引いてくれないらしい政宗に恐る恐る聞くと、彼の笑みが深くなる。それと比例して嫌な予感しかしないのに口を閉じる。

「アンタが舞を間違える度penaltyな」
「そ、そんな横暴な!」
「Shut up。さぁて、どうするかなあ───────────」

ニヤニヤと笑いながら全身を舐めるような視線で見られているのにひ、と喉に引っかかった悲鳴がこぼれる。賭け、というよりも完全に政宗を楽しませるだけの賭けの内容に表情を引きつらせる。

「あ、あの頑張るから、その───────────!」
「Ah、そうだなあ、一度間違えるたびにKiss一回で我慢してやる。優しいだろ?」
「どこが!?私には何のメリットもないじゃない!」
「Hum・・・・・・お前は俺に堂々とKissできるだろ?それがメリットじゃなくて何なんだ?」
「それって政宗さんが楽しむだけじゃない!」
「当たり前だろ?忙しい合間を縫って相手してやってんだ。それぐらいの楽しみがないとな」
「ひ、ひどい・・・・・・・じゃ、じゃあ間違えずにできたら・・・・・・・!?」
「お前、今の出来でできると本気思ってんのか?思ってるとしたらお前は相当なfoolだな」
「う・・・・・・・・・・すみません」

何一つ言い返せない。朝から何度もお手本を見せられてもその通りにすることすらできていないのを指摘されて口ごもる。しゅんとなったに政宗は軽く肩をすくめて彼女を抱き寄せる。

「ひぁっ───────────」
「Ah?何だ、色っぽい声あげやがって。誘ってんのか?」

自然政宗の吐息が近くに感じて思わず声を上げると、彼はにや、と笑って覗き込んでくる。

「ち、違います・・・・・・・」

「何?」
「春までには舞と祝詞を完璧にしろ」
「は!?祝詞!?」
「Yes」

聞き覚えのない言葉にぽかんとする。だが覗き込んでくる隻眼は至極真面目で、首をかしげるの頬に軽くキスを落とす。

「春になったら出かけるぜ」
「へ・・・・・・?何処に?」
「武田領だ」
「武田・・・・・・って、あの武田信玄?」
「何だ、知ってんのか?」
「知ってるっていうか、名前だけしか知らないっていうか・・・・・・・・」

もごもごと口中で呟く。この世界に落ちる前、会社で見た資料を思い出す。確か武田信玄と上杉謙信は川中島の合戦で何度も戦争をしていた相手ではなかっただろうか。だが正直川中島がどこにあるのかも記憶にない。

「武田のオッサンのとこにお前を連れていく。『竜の巫女』としてな。だからそれまでに完璧にしろ」
「それって・・・・・・・・」
「武田のオッサンからもお前を貰いてぇって書状が来てたからな。俺の側室になったのを見せびらかしに行く」
「───────────それって、喧嘩売りに行くつもり?」
「That's right」

嫌な予感に告げると政宗はにやりと笑う。絶句したの唇に自分のそれを押し当てて慌てる彼女にくつくつと笑う。まったく面白くて仕方がないという表情には小さく息を吐き出した。

「ねぇそれって小十郎さんは知ってるの?」
「Ah?言うわけねぇだろ。言えば反対されるに決まってる」
「ってわかってるんだよね。ぅぅ・・・・小十郎さんのお小言が怖い・・・・・・」
「アイツにはしばらく黙ってろ。ま、武田にゃケリをつけてぇヤツがいるしな」
「え・・・・・・・?」
「何でもねぇ」

小さく呟く政宗を見返すに政宗は笑って首をふる。事実武田にはライバルと認める男がいる。何度手合せをしても決着がつかない彼との勝負を楽しみにしているのは事実だが。そして練習を再開させたの悲鳴がこの日一日響き渡ったのだった。



政宗がにかかりきりになっている一方、小十郎は一人米沢城から馬上の人になった。目的は大森城にいる成実の元へ赴くことである。先日の合戦の報告で米沢へ訪れていた彼だが、冬の最中、城主でもある彼にはやらなければならないことが山積していた。だから報告だけを終えて早々に帰城してしまったのだ。『竜の巫女』でもあるの尽力で戦は回避できたものの、その後ろで糸を引いているだろう豊臣方の潜伏侵略を警戒してのことでもある。それに政宗の性格上、を側室に迎えた、ということは対外的に何かを考えているに違いない。それも彼の好みの派手なやり方で。それは予想の範疇ではあるが、敵側にとっては伊達側が見せる隙になるに違いない。それを阻止するための手筈を整えるのは軍師たる小十郎の役目でもあった。

雪の中を駆け続け大森城に到着すると、成実は準備を整えて小十郎を待っていた。客間へ通された小十郎が頭を下げると、成実は小十郎をもてなすために酒を用意させただけで家臣や女中たちを全員を下がらせて二人だけで相対した。

「お前がわざわざ来るとは大切な用らしいな」
「───────────は。成実さまにお願いしたい儀がございまして」
「小十郎、今は俺たち二人しかいない。それ、やめろ」

成実の盃に酒を注ぎながら告げる小十郎に眉を上げる。そして気配を探り、近くには誰もいないことを確認した小十郎は正座していた足を崩して胡坐をかく。

「ああ。頼みがある」
「何だ?」
「豊臣の手の者が伊達領内に潜んでいる節がある」
「───────────突き止めて始末するか?」
「いや、泳がせておきたい。豊臣が何を狙ってやがるのか・・・・・もしかしたら豊臣の軍師が手を貸しているだけで、今回の件は豊臣には関係がねぇのかもしれねぇ」
「・・・・・・・・・・何故そう思う?」
「豊臣の軍師にしちゃあやり方が綺麗すぎる。奴ら、もうちょっとえげつない手を使うと思っていたからな。もしかしたら他の軍を煽動するだけして様子を見てるのか、奴らは今伊達とやり合うだけの余裕がねぇのかもしれねぇ」

不穏分子の煽動と最上の狐を動かしただけで満足するとは思えない、と告げる小十郎に成実は深く考える瞳になった。小十郎の考えていることを探るように彼の瞳をじっと見つめる。

「お前、それだけじゃないだろ?何を隠してる」
「隠してるわけじゃねぇが・・・・・・・」
「話せよ。それとも綱元には話せて俺には話せないことか?」
「───────────いや。これはまだ俺の想像の範疇だが」
「なんだ?」
「政宗さまとの件だ」
「───────────?」
「政宗さまのご性格上、山と縁組の引き合いが来ていたを側室にしたんだ。このまま終わるとは思えねぇ。どこか・・・・・・『竜の巫女』の披露もかねてお二人で出かけられることは十分考えられる」

盃を干しながらの言葉に成実は思わず手を止めた。「梵ならやりそう・・・・・・」とひとりごちて冷静に酒を飲み干す小十郎を見やる。

「───────────で?止めないのか?」
「あのご気性なら無理だろうな。下手にお止めすると逆効果だ。お止めできるものならお止めしてくれ」
「───────────お前ができないものが俺にできるわけないだろ。どこに行くのかはわかってるのか?」
「さぁ・・・・・・・ただを連れての旅となると伊達と同盟を結んでいる上杉、武田あたりが妥当なところだろう」
「だろうな。を危険にさらすような真似、梵がするはずないし」

ふぅ、と吐き出した息は二人の気持ちを代弁しているようだが、噂をされている本人はそんなことを言われているなどと思っていないのだろう。いい性格してるよなぁ、と呟く成実に小十郎はわずかに眉を寄せただけだ。

「で?俺に頼みって何?」
「奴らが事を起こすのなら、政宗さまの留守を狙うはずだ。そこを押さえていただきたい」
「───────────それまで気付かれないように見張ってろってか。まどろっこしい」
「あと一つ」
「何だ?」
「もし万が一逃がしてしまった場合は、成実さまにはこの小十郎の指示に従っていただきたい」
「───────────」

ひた、と真剣な瞳が交差する。それはどういう意味だ、と聞き返すよりも早く小十郎が盃を置いて、政宗にするように頭を下げる。

「家格が違うことは百も承知だ。だが、万が一政宗さまのお留守に事が起こった場合、伊達家の家中は成実さまを頼るだろう。それを押さえていただきたい」
「そういう、ことか───────────。お前どちらかというとそっちが本音だろ?お前はおそらく梵が米沢にいない間に事が起こると思うわけか・・・・・・・おいちょっと待て、小十郎、まさかお前梵にはついていかない気か?」
「───────────」

無言が小十郎の返答だった。成実にとってそれ自体が異常事態だった。政宗には常に付き従い、その背を守ると決めた小十郎が主君に随従しない、ということはありえないと思っていたからなおさらだ。

「───────────悪いがそれは聞けないな」
「成実さま」
「お前、梵の背中を守る誓いを破る気か?」
「米沢をお守りすることが政宗さまの背を守ることにもつながると」
「ふざけんな。お前は梵について行け。米沢は俺と綱元に任せろ。春になったら米沢にこもる。それでいいだろ?」
「大森はどうなさいます?」
「・・・・・・・・・・・お前、大森で何か起こると思うか?」
「いえ」
「だったら大丈夫だ。春になれば祝いを言うとか適当にこじつけて米沢に向かう。大森は俺の腹心の部下に任せるさ」

あっさりと告げる成実の言葉の裏にある信頼に小十郎は黙って頭を下げた。本来城主の彼が早々居城を空けて米沢へこもっているわけにもいかないだろうに、にや、と笑って請け負う彼はどこか大切な主君の面影と重なる。本当ならば政宗に随従するのは綱元に頼み、小十郎と成実の二人で米沢と大森から睨みを利かせることを考えていたのだが、このあたりが妥協すべき点のようだった。できるだけ余人には悟られないよう、罠をはったつもりの敵方の裏をかく、そのために小十郎は冬の間にできることはすべてやっておくつもりだった。それから二人は声を押さえたままいくつかを語り合い、その翌日小十郎は米沢への帰途へついたのだった。



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