それから数か月経った。政宗の特訓のおかげかようやくの舞もそれらしく見えるようになり、後は祝詞だけだ。だがそれは一向に上達しないまま、そろそろ雪の季節も終わろうとしていた。今日も一日政宗にこってりと絞られてぐったりとするの前に八重がお茶を差し出した。政宗は、といえば隣にどっかと座り、先に茶をすすっていた。
「はぁ───────────」
「Ah?」
「ううん。ちょっと自己嫌悪なだけ」
溜息をついたに政宗は軽く眉を上げた。毎日のことながらこうやって稽古が終わった時に彼女が落ち込むのは悪いクセなのだろう。だがそれを眺めているこの時間は政宗にとってとても大切な時間になっているのだから、自分はきっと彼女のことを心から欲しているのだろうと思う。無論彼女にも、他の誰にも言ったことはなかったが。
「ったく毎日毎日飽きねぇな」
「飽きる飽きないの問題じゃないよ。だって政宗さんは何だってすぐにできてしまうのに・・・・・・」
「Ha、あれしきの舞と祝詞なんざ、数日ありゃできるだろうが」
「ぅぅ・・・・・・・・できないから落ち込んでるのにぃ・・・・・・」
「」
「───────────う・・・・・・」
数日どころか数か月かかっても完成しない不器用さに湯呑を置いて頭を抱える彼女ににやにやと笑いながらくい、と人差し指で招く。一瞬、苦いものをかみつぶしたような表情になるが、ちら、と視線を彷徨わせて───────────、しぶしぶ政宗の前へと膝を進める。
「どうした?」
「ぅぅ・・・・・・・・」
「早くしろよ。しねぇなら明日二倍にして」
「します!ええと・・・・・・教えてくれて、ありがとう」
もう一度周囲を見回して誰もいないことを確認してから政宗の首に手を回して、彼の膝に乗り、またがるような姿勢になってからそしてゆっくりと自分の唇を彼のそれに押し当てた。
「Good、Honey」
触れるだけのキスをして、政宗の膝から降りる。途端に真っ赤になる頬を両手で抱えながら膝にそれを埋める。そんな彼女は瞳を細めて満足そうに笑う政宗の表情は窺いしれないだろうが、政宗はそんなを後ろからゆっくりと抱きしめる。
「うぅぅ・・・・・・恥ずかしいよぉ・・・・・・・」
「Ha!だったら早くマスターするんだな」
これが政宗が出した条件、だった。一度も政宗から教わることなく最後までできれば彼女にご褒美。そうでない場合は彼にキスをする、と。いい加減数か月経つというのに毎日敗北感を味わう羽目になり、そしてついこの間からは膝の上に乗れ、という命令までついてきた。夜でもないのにこんな風に政宗の体温を感じるようなことは早々あるはずもないのだが、終わるとそそくさと逃げ出してしまう彼女の仕草すら政宗を満足させる結果になっているのは彼のみが知っていることだが。
「あ、あのそれからこの体勢、心臓に悪いんですけど」
とくん、とくん、と背中から響いてくる鼓動は政宗のもので、抱きしめられる体温と、うなじにかかる彼の吐息に居心地が悪そうに身じろぎをする。
「そりゃお前が悪い。お前から誘っといて何を言ってやがる」
「誘った覚えはないんですけど」
「あんなキスしといて誘った覚えがねぇとはなぁ・・・・・・」
「って、やれって言ったの政宗さんじゃない!」
「Ah?何か言ったか?」
「い、言ってません。ごめんなさい」
「Okey。じっとしてろ」
「うぅ───────────」
反論すら封じられて身動きもできなくなる。だが政宗はそれ以上なにを仕掛けてくるわけでもなくただ単純に抱きしめる感触を楽しんでいるだけのようだった。仕方ない、と小さく溜息をつくと、政宗の唇が耳朶に触れる。
「ったく、お前は本当に不器用だな」
「・・・・・・・悪かったですね、不器用で。わかってるんだったら、もうちょっとハードル下げて」
「Ah?ふざけんな。おい、あとひと月もすりゃ出かけるぜ。それまでには完成するんだろうなぁ?」
「・・・・・・・・が、頑張り、マ・・・ス・・・・・・」
「聞こえねぇなぁ。、明日からもう一つ追加な」
「げ・・・・・・・」
「そうだなぁ、毎日一枚ずつ着物を脱いでくか?」
「い、嫌っ!!絶対嫌!!」
「今さら恥ずかしがる間柄じゃねぇだろ」
「嫌!だって稽古中に小十郎さんや綱元さんや、喜多さんだって顔を出すんだよ!?そんなカッコ見られたくない」
きっぱりと告げる彼女に政宗は思案するように瞳を細める。確かに薄着の彼女を人目にさらすのはしたくない、と頷きながらも何か悪戯をしたいと考えてしまうのは自分の悪いクセ。だが彼女の困った顔を見るのは存外楽しいのだ。
「ひ、筆頭〜〜〜〜〜〜!!」
「Ah?」
その時だった。ばたばたと慌ただしい足音と共に息を切らせた兵士が庭へと入ってきたのは。ただ事ではないその様子に今までの様子が嘘のように奥州筆頭の表情になった政宗がから手を離して立ち上がる。
「何だ?」
「た、た、大変でさぁっ!!」
「落ち着いて話せ。何があった?」
庭に姿を見せた政宗に兵士が平伏して息を継ぐ。それに答えるよりも早く、政宗の左手から慣れた気配が近寄ってくる。足早にやってきたのは小十郎だった。政宗を探していたのだろう。姿を捕らえた瞬間、安堵とともに軽く眉を上げる腹心に政宗はじろ、と視線を投げる。
「政宗さま!!」
「小十郎?」
「片倉さま!大変でさぁっ!!」
小十郎が政宗のすぐ横に立ったのをみて、兵士が小十郎に向かって身を乗り出した。だが小十郎はわかっている、とばかりに兵士に軽く手を上げて下がらせると、政宗に向き直り、いつもように膝をつく。
「政宗さま、一大事にございます。浜に大船団が押し寄せております。旗印からすれば、あれは四国の長宗我部のものと」
「Ah?」
予想外といえば予想外の言葉に眉を上げる。四国の長宗我部といえば先日を側室にする際に、当主の正室に、と望んできていた相手ではなかったか。その意趣返しに来るにしては時間がかかっているが、視線だけでそう問うた政宗に小十郎は小さく首を振ってみせる。
「長宗我部、だと?」
「は。奥州はまだ冬が続いておりますが、四国はそろそろ春でございましょう。政宗さま、やつらは上陸を許可いただきたいと丁寧に書状を寄越しております。いかがなさいますか?」
「上陸、だと?Hum───────────、わざわざ四国くんだりからこの奥州へPartyにやってきたわけじゃなさそうだな」
「の、ようでございますな」
「お前の考えは?」
「許可するにせよ、追い返すにせよ、一度話を聞いてみるのも一興かと存じます」
じろ、と小十郎に視線をやっても彼の態度は小揺るぎもしない。ということはどちらに転んでもいいように考えてある、ということなのだろう。少し考えてから政宗は小十郎に口を開く。
「Okey、上陸は許可する。但し、許可すんのはあちら側の頭ともう一人だけだ。用があるなら米沢まで来い、と伝えろ」
「かしこまりました」
「小十郎、すぐに動かせる兵は?」
「すでに手配しております。沿岸におよそ二千。戦になるのであればもう倍を集めております」
「───────────Hum、さすが、抜かりねぇな」
にや、と笑うのはまさに自信に満ちた奥州筆頭の顔で小十郎も同じ表情になって頭を下げる。まるで悪戯っ子二人のような表情に部屋に残されたは小さく笑う。本当に政宗と小十郎の二人の間には自分すら入れないものがあると思い知らされるのはこういう時だ。それは愛姫も同じことを言っていた。だから女二人で夫となる政宗に対してガールズトークをするのは楽しいのだが。
「ってことは到着は明日か」
「でございましょうな。使者ともなれば早馬で飛ばすわけにも参りますまい」
「───────────八重!」
「───────────はい」
「喜多に伝えろ。明日、四国の使者を迎える。饗応の準備を整えておけ。それから」
「は、はい?」
「明日の謁見、お前も同席しろ」
「へ───────────?わ、私も!?」
「当たり前だろ?お前を妻にって言ってきた男が来るんだぜ。見せつけてやろうぜ」
「───────────それって私に拒否権ってないんだよね・・・・・?」
「Ah?」
楽しそうに笑う政宗に恐る恐る聞けばじろ、と睨まれて口を閉じる。こういうときに彼に逆らってはいけない、といい加減身に染みた。小さく頷くと「Okey」と瞳を細める彼にはふぅ、と息を吐き出した。
「だったら───────────、明日までに舞だけでも完璧にしねぇとな」
「え───────────ちょ、ちょっと待って・・・・・!!」
こうなれば仕方ない、彼の言うとおり出席すればいいと思っていたのに、にやりと笑いながら近寄ってくる彼に顔を上げる。
「客人をもてなすんだ。『竜の巫女』らしいことをするのが当然だろ?」
「前に覚えたのならちゃんと」
「できねぇか?」
「だ、だってまだ完璧に舞えるわけもないし、そんなのをお客さんの前でって」
「Hum───────────だったら特訓だ。夜通しかけて、な」
「───────────っ!?」
「足腰立たなくなるまで特訓してやる。覚悟しとけ」
「足腰立たなくなったら明日舞えないから!」
途端俊敏な動きで軽く唇を奪われてがっちりと腰に手を回されて逃げられないように捕獲される。じたばたと逃げ出そうとすればするほど政宗の手の内に落ちる。彼は楽しんでいるようだが、にとってはまるで大きな竜に襲われているような感覚でしかない。そのまま腰から下へと手を動かそうとする彼には見てみぬふりを続ける小十郎に視線をやった。
「こ、小十郎さ・・・ん・・・・・助け・・・・・」
「Ah?、俺がいんのに小十郎を呼ぶたぁ、いい度胸だなぁ」
「だ、だって!政宗さんが意地悪するから!!」
「小十郎、下がれ」
「───────────は」
「ま、待って!小十郎さ───────────むぐ」
「まぁ、あれだ。、頑張れよ。では政宗さま、御前失礼いたします」
「Ah」
「ちょっ、何!?それっ!?こ、小十郎さん!?」
効果の上がらないやり方で逃げ出そうともがくと楽しそうに笑う政宗を見やって軽く肩をすくめてエールを送ると、小十郎は政宗に一礼して本当に下がって行った。途端、身体に巻きつく腕が力を持って、嫌な予感に恐る恐る政宗の表情を伺って───────────は見なければ良かった、と後悔する羽目になった。
「さぁ、特訓だ。じゃまずどれからやるか?」
「あ、あ、あのっ・・・・・・私頑張るから!お願いします、許してくださ」
「No、、覚悟しろよ?今日は一日お前のためだけに特訓してやる」
そういいながらじたばたと暴れる足をすくわれて「あっ」と悲鳴を上げる間もなく、無様に畳にごろんと転がされる。見上げるに政宗は凶悪なまでの笑顔で見下ろしてこういった。
「Are you Ready?」
は呆然と政宗を見上げたままふるふると首を振る。諦められずに逃げ出そうとする着物の裾は政宗の足で踏まれて万事休す、ということわざが頭をよぎる。そして手を伸ばしてくる彼を呆然と見上げることしかできなかった。