「皆さんにお話があります。噂を聞いている方もいるとは思いますが、我社は来月末をもって伊達カンパニーに吸収合併されることとなりました。この先の皆さんの待遇については個別にご相談させていただきます。このような結果となりまして皆さんにはお詫びの言葉もございません。全ては社長である私の力不足です。本当に申し訳ありません」

深々と頭を下げた私にわずか六人の社員たちは何も言わなかった。きっと私を気遣かってくれていたから。大学在学中に有限会社として立ち上げたこの会社はわずか14年で潰れてしまった。私の力不足のせいで。最初は親友と三人で小さなウェブデザインをしていた。女性向けの柔らかいデザインが産婦人科やネイルサロンなんかに受け、次の年は株式会社になった。今思えばあの時の上昇気流は幻だったのかもしれない。数年して立ち上げメンバーの一人ができちゃった婚で辞め、もう一人は結婚はしたものの、理解ある旦那のおかげで仕事を続けている。私は・・・・・といえば仕事が楽しくて彼氏が出来ても仕事をしてた。当然長続きはしなかった。気が付いたら一人取り残されて、大切だった会社はなくなろうとしている。私の14年は何だったんだろう、と時々考える。だけどそんなことわかる訳もなかった。

「社長、そろそろ・・・・」
「あ、うん・・・・行きます」

友人兼秘書兼役員の彼女───────────藤田美緒に呼ばれ、私はため息を押し殺して立ち上がった。

表で待っていた車は社長の私でさえ手の届かない高級車だった。うわぁ・・・・と付き添いの美緒が歓声を上げる。しまった、こいつ車フェチだった、と目を輝かせる彼女を促して後部席に収まると車は滑らかに動き出した。


都内の超一等地に立つ六十階建ての高層ビルが本社だった。伊達カンパニーの総本山で傘下には大小合わせて百以上の会社がある。だけども本社ともいえる株式会社伊達(このネーミングはどうかと思うけど)は社員数がわずか50人足らずですべての傘下企業に目を光らせている。こういった形態は非常に珍しいとは思うけども、私の会社はなぜかその本社に新設されるウェブ開発部に接収されることになった。もちろん大きなカンパニーだから子だか孫にウェブ制作会社を持っている。そこへの接収ではなく本社の一部門になるなんてありえない話だった。だから最初は冗談だと思ったのに。

「こちらです」

地下の駐車場に下ろされて社長室専用のエレベーターに乗ってわずか一分ほど最上階で開かれた扉に私はぐ、と唇を噛み締めた。
ワンフロアにわずか五部屋。階下は同じ広さの面積に百人以上が働いているのにここはがらんとしていた。社長室を通り過ぎて重厚な扉に会議室のプレート。車からついてきた社員がセキュリティロックを開けて私たち二人を中へと誘った。

「どうぞお座りになってお待ち下さい」


それだけを告げて電子音とともにロックがかかる音がした。今更逃げも隠れもしないわ、とちらと美緒を見るとこちらも苦笑して肩を竦めていた。

「何か私たちVIP?」

おどける私に二人して笑う。笑わないとやってられなかった。彼女も同じだった。二人で頑張ってきた会社の終焉に立ち会うなんて一年前には考えもしなかった。

「お待たせしました」

電子ロックが開いてさっきの社員が姿を見せる。その後ろからやってきた男に私は絶句した。

「小十郎・・・・・・・」
?」

思わず男の名前を呟いた私に美緒が心配そうに声をかけてくる。軽く腕に触れた彼女のぬくもりで我に返る。動揺しているのは私一人で、入ってきた男も、そして相手方の社員も鉄面皮のまま席に着く。立ったままの私たちも倣うように席に着くと、社員が口を開いた。

「お忙しいところ社長にはご足労いただきましてありがとうございます。株式会社伊達の原田と申します。こちらは専務の片倉です」

その言葉に男が軽く頭を下げる。知っているわ、と喉まで出かかった声を飲み込んだ。片倉小十郎。私の、過去の男だ。でもまさかこんなところで会う羽目になるなんて。

「ご丁寧にどうも」

とげのある口調で美緒が軽く微笑むのに慌てて小突いてやめさせる。今回の件を私以上に憤っているのは彼女だ。だからこその対応なのだが、事ここまで来てから彼らを怒らせても何の利益もない。社員たちを受け入れてくれるという条件が低くなるかもしれないから。私のその合図に美緒はちら、とこちらを見る視線だけで了解を伝えてくる。

「条件面ですが───────────、そちらの社員は全員伊達カンパニーの希望の部署があれば優先的に受け入れる準備ができております。こちらとしては新設されるウェブ開発部にそのまま異動していただけると助かりますが」
「給与面は?」
「当社の給与水準で判断いたします。調べたところ、御社よりも当社の基準が高いようですので」

当然だ。会社の規模が違いすぎるんだから。大体、毎年新卒学生の入りたい会社で10年以上1位になっている給与水準にうちのような弱小会社が適うはずもない。

「福利厚生も当社を基準といたします。有給休暇、育児休暇など休暇も同様です。財形の取り扱いもありますし、詳細はこちらに」

そういって彼が渡してきた文書に私は絶句した。賞与6か月、大学卒の初任給30万って、今時ありえないほどの水準に年間休暇も120日以上、有給休暇は初年度20日・・・・・だんだん頭が痛くなってきた。明らかにうちの待遇が劣っているのはわかっていたけども、こんな風に突きつけられると結構痛い。うちの社員だってここを受けて駄目だったからうちに来た人間だっているだろう。彼らはきっと喜ぶだろうな。と思う。

「これは一般社員の待遇です。無論現在の役員の方には相応の報酬と地位も用意してあります。社長は開発部の部長、藤田役員には副部長、ただし、社長はしばらく伊達社長及び片倉専務の元で伊達のやり方を学んでいただきますが」
「───────────」
「何か、ご不満でも?」
「・・・・・・・・ひとつ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「はい」
「何故うちのような弱小会社をこのような形で接収を望まれたのか、今だに腑に落ちません。理由を聞かせていただけますか?」

正直不満なんかあるわけがない。私は一人放り出されると思っていたから雇ってくれることに驚いた。まして美緒とまた一緒にできる、社員はこれ以上ないほどの好待遇。弱小企業の社長の給料なんてたかが知れてるから、多分この会社の部長職の方が給与は安定するだろうし、美緒だって下手したら旦那よりも給料がよくなるはずだ。でも、聞いてみたかった。

「理由はあんたのとこで働く社員たち全員が欲しかったからだ」

私のぶしつけな質問に、社員は明らかに驚いたようだった。だけど、今まで黙って聞いていた小十郎が私の目をひた、と見つめて低音で告げる。忘れられない声に、思わず口ごもる。

「噂はいろいろ聞いた。あんたのそのやり方が社長の眼鏡に適った。だから接収した、それじゃ納得できねぇか?」

その口調に思わず懐かしさがこみあげてくる。やくざのような風貌に、話し方。でもどこか安心できる低音に美緒を見れば彼女は驚いたような顔をしていた。たったそれだけの理由であんなことまでやってのける社長とやらの人格を疑いたくもなるというものだ。



 私の会社は言ってみれば引く手あまただった。傘下の企業にならないか、合併しないか、もしくは提携しないか───────────、そんな誘いなんてひっきりなしにあった。でもどれもこれも私たちがやりたい方向とは違っていたから、全部断ってきた。最初はそんな話の一つだった。冗談だと思っていた。株式会社伊達、と言えば超がつくほど有名企業でカンパニーの頂点の会社だ。うちみたいな弱小に見向きもしないはずの企業だったから、けんもほろろに断った。接収できるものならしてみれば、と逆に挑発もしてみた。だけどそれが本気だとわかるまで時間はかからなかった。断った翌月から私たちは対応に追われる羽目になった。取引先が株式会社伊達の権力に屈してうちとの取引を断ってきたのだ。しまった、と思ったけれど、まだその時は楽観視していた。だって今までだってこんなことはあったから。最後には私たちの実力を認めさせて逆に知り合いを紹介してもらったりもしていたから。だけど───────────、わずか半年後には2/3の取引先を失っていた。そして最終通告が先月のこと。私たちは、彼らに負けた。彼らは巧妙でそしていやらしいほど執拗だった。会社をたたもうとしたけど、うまくそこを狙って接収を仕掛けてきたのだ。資金繰りもうまくいかない私たちに善人面をして自分たちの会社に来るように、と告げられて、私は頷くことしかできないほどに追いつめられていた。

「それにしては随分あくどい真似をするのね」

軽く笑みを浮かべて挑発する。だけど彼は表情のひとつも変えずにちら、とこちらを見ただけだった。

「で、条件をのむのか?」
「のまない、という選択肢は残されているのか聞いてみたいものだわ」
「別にいいぜ。但し───────────、全力を持ってつぶしてやるが、な」
「───────────」

にや、と獰猛に笑う小十郎にじわりと手に汗が滲んでくる。彼は絶対にやる。そしてきっと私が『否』と言えば社員たちの未来も閉ざされるのだ。

「わかったわ」
「利口なやり方だな」

小十郎はそれだけを告げて原田と名乗った社員に視線をやると、彼は契約書を私の前において署名捺印を、と告げる。社名、社長名と会社印を押印を3部。それで手続きは終了だった。



 会社に戻って早速社員たちの意向を聞いた。会社は変われど全員また私の元で働きたいと言ってくれた。ありがたいことだ。もちろん美緒も、だ。その結果を指定されたメールアドレスに送信するとほぼ定時だった。全員を帰らせたとき、私のパソコンがメールの到着を告げた。

『初台のBarで19時に待つ。K』

それだけが書かれたメールに、どくん、と私の心臓が音を立てた。『初台のBar』。忘れたくても忘れられない場所だった。小十郎との初めてのデート。二十歳になったばかりの私が初めてカクテルを飲んだビルの屋上の夜景のきれいなBarだ。

「バカ、ね・・・・・・・」

私が行くとでも思ってるのだろうか。すっぽかすことは考えていない文面に苦笑がもれる。もう少ししたら上司になるのだから行かなければいけないのかもしれない。だけど『K』と書いてきた、ということは個人として、という意味だろう。時計を見れば18時を少し回った時間。ここから初台までは10分もあれば到着する。はぁ、と溜息をついて迷う心が行くなと告げる。だけど───────────私は化粧を直して初台に向かう電車に飛び乗ってしまっていた。



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