〜過去〜
約束の日。私は精一杯のお洒落をしてマンションの前で待っていた。今日は二人きりで遊園地に行く日。昨日の夜は心が乱れてあまり眠れなかった。眠らないと体力的に厳しくなる、とはわかっていたけれど、今日の夜のことを考えていたら眠るどころではなかったから。下着は今日のために新調した。女性らしいピンクのフリル付にした。店員さんに男の人はどんな下着を好むのかを聞いてこれにした。それにいつも使うシャンプーとリンス、ボディソープに化粧品。お化粧もデパートの化粧品売り場で必死で覚えた。いつもの薄化粧ではなくデートに使う時の化粧を朝から施した。変じゃないか、と何度も鏡で確認したのにもう一度鞄から取り出してチェックする。大丈夫、崩れていなかった。
小十郎のお迎えは朝の6時00分。私のマンションから遊園地まで車で1時間ちょっと。でも朝一から入りたかったから小十郎には無理を言った。でも彼は仕方ねぇなぁと言いながら頷いてくれた。それがたまらなく嬉しくて。昨日の夜から作ったサンドイッチ。料理が得意の彼の舌に適うわけはないけど、初めての丸一日のデートだから頑張った。これも食べてくれるかな、と思いながら時計に目をやった。
するとすぐ目の前に一台の車が止まった。小十郎の車だった。乗れよ、と身振りで示す彼に頷いてドアを開ける。
「着替えなんかは後ろに乗せろ」
「うん」
荷物をリアシートに乗せてサンドイッチが入ったバスケットと小さなハンドバックだけになると、助手席に身体をすべりこませる。
「───────────、お前その化粧・・・・・・」
「え・・・・うん・・・・似合わない、かな?」
「いや。似合ってるぜ」
その横顔に目を丸くした小十郎を見上げて聞けば、彼はにやりと笑って腰に手を回して引き寄せられる。
「こじゅ・・・・・っ」
「そんなかわいいことをされたら我慢できねぇだろ」
それだけを言うと、唇を奪われる。触れ合わせるだけのキスではなく、舌先を絡めるような濃厚なそれに、私の頭はだんだんぼぅっとしていった。息が上がるぐらい続けられて、私が彼を見上げると、彼はにや、と笑ってみせる。
「夜が楽しみだな」
「こ、小十郎───────────っ!!」
真っ赤になる私に囁いて小十郎は笑いながら車をスタートさせた。抗議の声を上げようとして、私は諦めてシートにもたれかかる。どうせ何を言っても聞いてもらえないのはわかっているから。膝の上に抱えたままのサンドイッチの籠に、私は顔を上げた。
「いいもん、意地悪な小十郎にはサンドイッチ上げないから」
「アァ?何だ手作りか?」
「うん。でも意地悪な人には上げません」
「別に構わねぇぜ。それが一人で食べきれる量ならな」
蓋を空けて色とりどりのサンドイッチを小十郎に見せびらかしながら一つつまむ。ちら、とこちらを見て彼が私の魂胆などわかりきっている、とばかりに笑われる。
「う・・・・お昼も食べる・・・・から・・・・・」
「だったらパークの中でせっかく予約したレストランも無駄になるな。お前のリクエスト通り、何てったか・・・・キャラクターの来る席を取ってやったのに」
「うぅ・・・・・・・小十郎の意地悪・・・・・・・!」
「意地悪じゃねぇだろ。ほら、納得したら半分寄越せ」
「絶対今度小十郎にぎゃふんって言わせてやるから・・・・・・」
「やれるもんならやってみな。但し、俺に何かしたら三倍で返してやるがな」
くつ、と笑って私の反論を封じて左手を差し出す彼に、私はふくれながらサンドイッチを一切れ持たせてやった。信号が赤になった時にそれを口に入れると、彼は笑って私に告げる。
「うめぇ」
「ホント!?」
「ああ。、次寄越せ」
「いいけど・・・・・開場前の時間つぶしにしようとしてたんだけどな」
「別にいいだろ。それに一時間も我慢できねぇ」
「事故らないようにお願いします」
「当たり前だろ?」
続けて差し出される手にちょっと嬉しくなりながらも、なんだか悔しい気持ちでサンドイッチを渡す。ものの15分ほどで空になった籠は座席の後ろに追いやると、小十郎はちら、とこちらを見て言った。
「眠くなったら寝ろ。お前昨日ほとんど寝てねぇだろ」
「え・・・・・・」
「化粧で隠しても目の下の隈が見えてるぜ。いいから、寝ろ」
「でも」
「、今日の夜は寝かせてやらねぇからな」
「え───────────」
思わずぞくりとくる声音で小十郎が囁いて、驚く私に彼はちら、と見て言った。
「寝れるうちに寝とけ。着いたら起こしてやる」
「・・・・・・うん・・・・・・わかった」
まだ眠気は感じなかったが、心配する小十郎の低音に目を閉じる。車が揺れる振動が心地よくて、私はそのまま眠りに落ちてしまっていた。
「・・・・・・・・・」
軽く身体を揺すられる感覚に目を開ける。すぐ目の前には小十郎の顔があって、私はきょろきょろと車の中を見回した。
「着いたぜ」
「え・・・・・・・?」
くつ、と笑う小十郎の声に見回せばどこかの駐車場のようだった。時計を見れば午前7時半。どうやら1時間以上も寝入ってしまったらしく、私は慌てて身を起こす。
「ご、ごめんなさい・・・・!」
「何でだ?寝ろと言ったのは俺だ。それより、よく寝ていたな」
「あ・・・・うん・・・・・」
「それよりも行くぜ。早く行かねぇと開いちまうぜ」
「行く!!」
パークが開くと言われて目が冴える。慌ててシートベルトを外してハンドバックをつかんでドアを開ける。「ったく、仕方ねぇなぁ」と苦笑する小十郎も車を降りて鍵をかけてしまうと、私に手を差し出した。
「ほら」
「・・・・・・・うん!!」
その手に自分の手を重ねて入口ゲートに向かう。そして私たちのデートは始まったのだった。
チケットを買って開園と同時に駆けだした私に引かれるように小十郎が走り出す。驚いたような顔に私は噴き出してぐい、と引っ張る。片っ端からアトラクションの優先チケットを集めて回ってから、空いているものに並ぶ。いくつか乗ってからジェットコースタータイプのアトラクションに並んでいると、小十郎がふぅと溜息を吐き出した。
「小十郎?」
「いや・・・・・・これ、お前ひとりじゃダメか?」
「ダメ!」
「・・・・・そうか・・・・・・・」
「何?小十郎、ジェットコースター苦手なの?」
「いや、別に苦手じゃねぇが、乗りたいとは思わねぇだけだ」
「どうして?面白いのに」
「どこがだ?ただ早いだけだろうが。揺れるっつっても機械で計算してある動きだけだ。何が面白ぇのかわからねぇ」
至極まともな顔でそんなことをいうものだから、私はぽかんとして彼を見直した。早いだけ、とあっさり言うけど、普通体感できる早さなんてバイクにでも乗らない限り滅多に感じることがない。それにスリルを楽しむ乗り物なのにそんなことを言う小十郎に驚いた。
「早いだけって・・・・でも落下するスリルとか、ちょっと楽しんでみたりしたいんだけど」
「ああ・・・・まぁ、お前がそこまで言うなら構わねぇが」
そう言っているうちに私たちの番が来た。最前列に乗り込む私にやれやれと首を振って付き合ってくれた小十郎はジェットコースターを下りても首をかしげていた。それがなんだかおかしくて私はずっと笑ったままだった。
お昼は小十郎の言うとおり、園内のレストランを予約していた。パークのキャラクターたちがひとつひとつテーブルを回って写真を撮ってくれる、というサービス付で、料理はのイタリアンのフルコース。1週間前に決めたデート。普段は予約でいっぱいのこのレストランの予約が取れた、と聞いたとき、私は飛び上がって喜んだ。と同時に不安になった。ここの予約は2か月前から始まって、通常初日で予約で満席になる。1週間前に取れる席じゃないはずなのだ。
「ねぇ小十郎。聞きたかったんだけどここの予約ってどうやって取ったの?」
「あぁ、知り合いに頼んだ。ちぃっとツテがあってな」
「ツテ?」
「ついてくりゃわかる」
「えぇ?ちょっと待ってよ」
意味深に笑う小十郎が私の手を引いて入口で名を告げると、受付の女性は頷いて中からウェイターを呼んだ。こちらへ、と言われるままについていくと、そこは他の人たちがいるフロアではなかった。きっと普通に予約を取ったのでは入れない二階の奥の小部屋。6人も入ればいっぱいになるスペースに椅子が二つだけ。しかも並んだ椅子が向いている先は、テーマパークの中の風景のきれいな一角が見える窓。どうぞ、と言われて座り、小十郎には食前酒、私にはジュースが運ばれてきて、彼はそのグラスを軽く持ち上げて私のグラスを触れ合わせる。
「乾杯」
「あ、う、うん・・・・・・。乾杯」
正直、こんなすごい席だとは思わなかった。小十郎の知り合いって一体?と目を丸くする私に彼は何も言わなかった。運ばれてくる料理を楽しみ、そしてキャラクターたちは一階のフロアよりもサービスよく私たちにダンスを見せてくれたり、写真も何枚も撮ってくれた。焼き上がりまで時間がかかるから、ホテルにお届けしておきます、という言葉に私は思わず小十郎を見上げた。そういえば泊まるホテルがどこか、と聞いていなかったが、彼はどうやらこのテーマパークに併設のホテルを予約しているらしい。そして再び二人きりになると、私は思い切って小十郎に聞いてみた。
「あの、小十郎、聞いてもいい?」
「何だ?」
「その・・・・大丈夫なの?」
「何がだ?」
「だってほら、レストランのお金とか、ホテル代とか・・・・・」
「気にすんな」
「するよ!だって」
「」
「何?」
「心配するな。ここもホテルも、俺が世話になっている方からのプレゼントだ。お前とデートに行くと言ったら全て手配してくれてな。だから心配しなくていい」
「って、えぇ?それっていつもの坊ちゃんの関係者?」
「ああ」
「ってことは、私と泊まるっていうのも知ってる、わけ・・・・・?」
「あ・・・・あぁ、まぁ、な。まずかったか?」
「いや、まずくはない、けど・・・・」
まずくはないけど正直複雑だった。でもそれ以上に私は今日、一円も払わせてもらっていない。ジュースや軽いお菓子まで全て小十郎が払ってくれていて、テーマパークのチケットも小十郎が出してくれた。ここのレストランもホテルも、決して安くはないはずだ。学生の私が簡単に払える額じゃないのは確か。不安そうに見上げる私に小十郎はくつ、と笑って私の腰を抱き寄せる。
「大丈夫だ。お前が気にすることじゃねぇ。それに、その方にもいつかちゃんと紹介する」
「小十郎?」
「それまで、待ってくれ」
「───────────うん」
「さて、じゃそろそろ次に行くか」
「うん!!」
そういってくれた彼に、私はふわりと心が軽くなった。出てきたデザートも平らげて、私たちは次のアトラクションへと向かったのだった。