数日後。私と美緒は社長専用リムジンに乗っていた。レストランに食事に行こうという社長の誘いではあったけど、まさかリムジンが用意されているなんて思わなかった。しかもこの車に乗っているのは私と美緒、美緒の旦那と子供、それから小十郎の五人。誘った当の本人は準備があるからと訳の分からない言い訳をして先にレストランへ行っているらしい。美緒の家族はリムジンに大はしゃぎで取り残された私と小十郎は前の座席に座り、沈黙が痛い。

「わー、すごいね!ほら手を振ってるよ!」
「ほらこっちからも手を振って」
「うん!」

後部座席ではしゃぐ三人に私は小さくため息をついて顔を上げる。どうやら同じことを考えたらしい小十郎と視線が交わってどちらともなく苦笑する。

「賑やかなモンだな」
「まあ・・・確かに滅多に車だから乗れないからはしゃぐ気持ちも分かるけど」

リムジンなんて私も初めて乗った。そもそもこの車が社有車だったことすら知らなかった。普段社長はこの車に乗ったりはしない。滅多に乗らないが大切な商用のためだけに持っているらしい。無駄なコストだわ、と言う私に小十郎は苦笑して必要経費と言え、とまぜっかせす。それに答えないとまた沈黙が落ちる。しばらくそのままだったが、小十郎がふと顔を上げた。

、政宗さまから聞いたぜ」
「何?」
「お前、政宗さまとの賭けに乗ったそうだな」
「ああ・・・・会社のこと?あなたが視察に行ってたんでしょ?」
「ああ」
「で、あなたから見てどんな会社?」
「俺の主観でいいのか?」
「ええ。あなたが仕事絡みでつまらない嘘なんかつかないでしょ。それにあなたの判断力なら信用できるわ」
「なんだよそれは俺を口説いてんのか?」
「冗談でしょ。お断りだわ」

にやりと笑う小十郎をにべもなく切り捨てて軽く睨む。そんなつもりなんかなくて本当に会社に対する小十郎の評価を聞きたかった。彼は決してえこ贔屓はしない。それは私はとても良く知っていたから。ちゃんと答えるつもりがないのかと思っていたが、小十郎は軽く肩をすくめて私を見る。

「悪いことは言わねぇ。お前は降りろ」
「───────────え?」
「どうせ政宗さまからの売り言葉に買い言葉だったんだろうが。関わればお前が傷つくことになる」
「どういう、こと・・・・・・・・?」
「お前が女じゃなきゃいいんだがな」
「それって・・・・・・・・」

言葉を濁す彼に私は思わず目をしばたたかせる。それは私が女だから、という理由なのだろうか。そう視線で問いかける私に小十郎は無言のまま。それ以上言うな、とばかりの態度の彼に私は顔を上げる。

「それは、私が女だっていうだけで差別されるような会社だってこと?」
「───────────まぁ、な」
「最低ね」
「ああ。だから政宗さまは俺に任せてくださったんだ」
「社長はそのことをご存じだったの?」
「当然だろう。今までに数人が送り込まれてるが体質というのは早々変わらねぇ。全員が失敗してやがる。だが今回は違う。俺は政宗さまからの全権をいただいているからな。場合によっちゃ役員全員を首にするつもりだ。だがあの会社は伊達の創業以来の古株だ。当然社内からの反発も大きい。奴らはマスコミにもコネがあるからな。マスコミからは叩かれるだろうし、伊達ん中でも批判の的になるだろうな。ま、俺は汚れ役は慣れてるからな。だがお前は違うだろ。悪いことは言わねぇから降りろ」
「───────────」

珍しくも小十郎のまっすぐな言葉に何も言い返せなくなる。彼が嘘を言っていないことはわかっていた。そして多分私の性格を見越して社長はああいう言い方をしたのだろう。甘いことばかり言う私に痛い目を見せようとして。く、と唇を噛む。社長はそれを蚊帳の外から眺めてその言葉通りゲームのように楽しむつもりなのだ。私が成功すれば社長の眼鏡に適ったと会社の評判は上がる。失敗しても私の後ろには小十郎がいる。彼がうまく処理するだろうと踏んでいるのだ。社長が楽しんでいるのは私がどうするか、という一時だけ。小十郎と一緒にいる機会が多くなるのは必然だから彼のアプローチに私が応えるか、もしくは逃げ切るか、彼のお楽しみは一つだけじゃない。それを知ってしまえば、そのゲームに乗ってやる必要はない。小十郎の言うとおりゲームから降りて今まで通り社長に従うだけでいい。だけど───────────、私はそれをしてしまえば彼に膝を屈したことになる。一度目は仕方ない。社長の言うとおり、私が甘かったのだ。だけど、二度目は・・・・・・・・・・二度目は負けたくない。

「小十郎」
「何だ?」
「私、やるわ」
「おい───────────」
「やりたいの。負けたくないの」
「やめとけ。政宗さまに乗せられるな。お前が傷つくことになるぞ」
「───────────乗せられてるわけじゃないわ。ここで逃げたら私は私を許せなくなる。だから小十郎、お願い。私にやらせて」

じっと彼を見つめる。社長に負けたくない、その気持ちは本当で。じっと見つめる私に折れたのは小十郎だった。小さく息を吐き出して私から視線を逸らす。

「ったく、お前は変わらねぇなぁ───────────」
「───────────え・・・・・?」
「わかった。但し一つ条件がある」
「何?」
「今回の件は俺に一任されている。お前は俺の指揮下に入ることになる。それはわかってるな?」
「───────────ええ」
「だったら俺の指示には必ず従え。守れねぇなら俺の権限でお前を外すしかねぇ。守れるか?」
「・・・・・・・・・・・それ、プライベートは別よね?」
「アァ?」
「仕事だけならいいわ。わかった。あなたの指示は守る。ただ、私からも意見は言わせてもらう。それでもいい?」
「ああ」

釘をさす私に小十郎が眉を寄せる。まったく油断も隙もないとはこのことかしら。あそこで私が『諾』と言えば小十郎には一切逆らえなくなる。期間限定とはいえ、その間私は彼と行動を共にすることになるのだから、私にとっては正直プレッシャーの毎日になる。それでも私は自分の力をもう一度試してみたい。


「何?」
「必ず、守れ」
「え・・・・・・・・・・?」
「じゃねぇとお前の身の安全すら危うくなる。いいな?」
「───────────わかったわ」

そんなに危険な連中なのか、と口に出しそうになって、やめた。小十郎は十分忠告してくれた。でもそれを振り切ったのは私の方だから、彼は私を守ってくれるだろう、と思う。きっと彼なら───────────。


 ゆっくりと車がブレーキをかける。見れば大きなホテルの入口が近づいてきていて、美緒たちが歓声を上げる。運転手がお手本のような動きで車を止めてドアを開けてくれるのを待つ。先に降りてレストランへと向かう美緒たちに続く。すると私の隣に立った小十郎が腕を差し出してきて、私は彼を睨みつける。

「おら、男に恥をかかせんじゃねぇ」
「───────────エスコートなんてやるような服を着てから言って欲しいわね」
「つべこべ言うな。つかまれよ」

余程そのまま素通りしてしまおうかと思ったけど、これからのことを考えると彼の機嫌を損ねるのは得策じゃない。ふぅ、と一つ溜息をつくと私は彼の腕に自分の手を添えた。そんな私を見下ろしてにやりと笑うと小十郎は私の歩幅に合わせて歩き出す。そして社長の待つレストランへと向かったのだった。


到着したのはどうやら中華料理を出す店のようだった。ホテルの屋上にある高級レストランの一角を貸切にしてあり、美緒が連れてきた子供が走り回っても十分な広さを取ってある。人が入って来れないように何重にも仕切りを施してあり、彼の気遣いを感じさせる。スタッフに連れられて部屋に入ると、社長は長い脚を組んで座っていたが立ち上がって手を広げる。

「Welcome!美緒!」
「社長〜!すっごく素敵なレストランですねぇ!」
「お前たちを呼ぶんだ。当たり前だろ?」
「嬉しいね〜。さすが社長だね〜。ほら、社長にお礼は?」
「ありがとうございます」

美緒が連れてきた子供が言われるままに頭を下げるのに「Good」と言いながら頭を撫でる社長に私は目を見張る。意外な一面だった。社長のことだから子供は嫌がるんじゃないかと思ったけれど、一つしかない目を細める彼は慈しんでいるようで。ふと社長が小十郎にエスコートされている私を見て剣呑な瞳になる。

「Ah?、何だ?」
「───────────いえ、別に」
「テメェ・・・・・・・後で覚えとけ」
「は・・・・い・・・・・?あの社長、私が何を」
「ほぅ───────────小十郎」
「は───────────」
「命令だ。の隣にいろ」
「───────────」
「───────────っ!?社長!?」
「抜けて二人でホテルに行っても構わねぇぜ。お前たちの好きにしろ。小十郎、いいな」
「・・・・・・・・・政宗さま」
「社長!?ちょっとお待ちください!」
「るせぇ。いいな、命令だ」

言い捨てて恐縮する美緒の旦那に手を上げてさっさと席についてしまった美緒たちを追いかける。残された私はぽかんとしたまま、眉間をほぐす小十郎を呆然と見上げるしかなかった。

「私、何か変なことした?」
「───────────いや」
「やっぱり私、社長は苦手だわ」
「だが政宗さまはお前のことを随分気に入っておいでのようだが」
「───────────冗談やめてよ。そんな変人、あなただけで十分よ」
「おい
「───────────そうね、小十郎が育てたからああいう人になったのかしら」

「何?」

無防備の腕をぐいと引かれて小十郎の腕に抱かれるような恰好になる。目を丸くする私に小十郎は獰猛に笑って言った。

「政宗さまの言われる通りだな。このままホテルにでもしけこむか?」
「嫌よ。離してちょうだい」
「お前、誰に向かってそれを言ってるかわかってるか?」
「───────────え・・・・・・ひぁっ・・・・・・!?」

ふ、と耳に息を吹き込まれて変な声が上がる。思わず口元を押さえて悲鳴を飲み込んだ私の腰を小十郎はぐいと抱きしめる。

「お前の身体は俺が一番良く知ってんの、忘れたわけじゃねぇよな」
「・・・・・・・・小十郎・・・・・・っ!?」
「お前の弱いところを一つずつ責めてやろうか?お望みならここでイかせてやるぜ」

くつ、と笑いながらあながち冗談ではないことを証明するように小十郎の手が私の腰から下に降りる。私は何か小十郎の逆鱗に触れるようなことを言ってしまったのだろうか。普段ならこんな場所で仕掛けてくるはずがないのに。いや、と声を上げようとしても小十郎の指が私の口をふさいでしまう。小十郎の言うとおりだった。私の身体は私以上に小十郎が良く知っている。的確に私の弱いところへと伸ばしてくる手が、これが冗談なんかじゃないことを伝えてくるようで。必死で逃げ出そうとする私の身体はあっさりと小十郎の手で押さえられてしまう。だけど。

〜!?専務〜?早く来ないと食べちゃうよ〜!」
「み、美緒・・・・・!?助け・・・・・・!」
〜〜?どうかした〜〜?」
「なんでもねぇ。すぐに行く」

のんびりとした美緒の声にはっとする。助けを求める私の手をあっさりと封じ込められて、私は必死で小十郎の手から逃げ出そうともがく。そして重ねて私たちを呼ぶ美緒に答えて小十郎は軽く舌打ちしてようやく私を解放して自分の腕に私のそれをからめさせる。

「油断大敵、だな」

にやりと笑う彼に私は思わずハンドバックを投げつけたけど、彼がまともに喰らう訳もなく。あっさりとハンドバックを受け止めてすっと目を細めた彼に嫌な予感が駆け抜ける。手を抜いて走りだそうとする私の膝に手を入れられて、気が付けば抱き上げられていた。

「ちょっ・・・・小十郎!?何をするの!?」
「黙ってろ。見せつけてやろうぜ」
「───────────嫌よ。離してっ!!」

じたばたともがくけれど彼はびくともしない。そのまま大股で席へと歩いていく小十郎にさぁっと血の気が引く。案の定───────────、社長はひゅぅと口笛を鳴らし、美緒は「あら」と目を見張り、美緒の旦那は行儀よく視線を逸らし、そして美緒の子供は「パパとママみたいだ〜!」とはしゃぎ、私は恥ずかしさに泣きそうになった。本当に小十郎の側で仕事になるのか、前途多難───────────



<Back>     <Next>