翌日の夕方、私は持てるだけの荷物を持って新幹線で仙台へと向かう。社長の言うとおり、東京からわずか1時間半。初めて来たけど意外に近かった。新幹線を降りて東口へと下りると小十郎が車で待っていてくれた。というよりも今朝彼から電話があったのだ。「乗る便を教えろ」と言われて私は小さく息を吐き出した。「独りで大丈夫よ」といったものの、「お前マンションがどこにあるか知らねぇだろうが。荷物もあるんだろ?迎えに行ってやる。仙台駅を降りたら東口から降りろ」と反論を封じられる。彼はずるい、と思う。場所だって今からしばらく住む町なのだ。覚えなきゃいけないし、東京へ戻ってくるときは一人で移動もしなきゃいけない。だから一人で、と思っていたけど、確かに荷物は多いしタクシーを使おうと思っていたからタクシー代が浮いた、と思えばありがたいけれど、相変わらずの彼に私は頭を抱えたくなった。
駅から降りると見覚えのある車がすでに待っていた。小十郎はわざわざ運転席から降りて私の荷物を運びこむと助手席を指した。そして車に乗り込むと小十郎は車を走らせた。
「ずいぶん大荷物だな」
「・・・・・・・・仕方ないじゃない。突然だったし」
「おい、お前まさか会社が仙台だっての知らなかったのか?」
「知らなかったわよ。社長に騙されたわ」
「───────────だから昨日は変な顔してやがったのか」
「───────────ええ」
「お前仙台に来たことは?」
「ないわ。初めてきたけど、結構都会なのね」
「おい、それこっちの人間に言うなよ」
「わかってるわ」
「だったら牛タンでも食って帰るか?本場のはうめぇぜ」
「・・・・・・・東京で食べたことはあるけど」
「それじゃ行こうぜ。うまい店を知ってる。マンションにも近いからな。遠回りにゃならねぇ」
にや、と笑うと小十郎はアクセルを踏み込んだ。もう反論する気力もなくて黙り込む。小十郎はそんな私をちらりと見て無言のまま車を走らせる。そして5分ほど走ったところで車を止めて私たちは二人で牛タンに舌鼓を打った。自分で料理をする小十郎が推薦したお店だけあって確かにそのお店の牛タンは美味しかった。
マンションについて荷物を運び入れるのを小十郎に手伝ってもらって、ようやく一人になると大きなため息が漏れた。一人では勿体ない3SLDKの部屋。新品の家具に家電製品。ウォークインクローゼットは3畳もの広さと収納力があり、リビングは20畳近くもあるだろう広さ、台所を見れば対面式のキッチンに最新式の電化式の4つ口コンロ。鍋は数種類の有名ブランドのものがそろい、ミル付のコーヒーメーカーに食器もブランド物が一揃え。電子レンジも私の家にあるものとは比べものにならないほどの大きさと性能。ここでの生活が当たり前になると自分の家に帰るのが嫌になりそうなほど居心地は良さそうだ。ベッドルームにはキングサイズのダブルベッド。まるで新婚のカップルのためのような部屋に私は頭を抱えた。あの社長の趣味としか思えないけれど、ほとんど嫌がらせかといいたくなってしまう。
それでもここで生活をしなければいけない事実には違いない。私は自分の荷物から明日使うスーツを取り出してアイロンをかけ、化粧品など最低限のものを取り出してしまうと私はバスルームにお湯をためて疲れを落として明日に備えて早めに就寝した。
翌朝、時間通りに部屋を出ると小十郎が待っていた。初日だから一緒に行く約束をしていたけれど、小十郎はいつもと雰囲気が違っていた。顔つきも違う。確かに精悍な顔つきの彼だけど、臨戦態勢とばかりにどこか危険な雰囲気に私は思わず後ずさりそうになった。無言のまま彼に促されるままに歩き出す。歩いて五分程の会社に到着すると、彼は私を連れて会議室へと向かう。始業時間はすでに過ぎているから数人の社員とすれ違う。その社員たちは小十郎の顔を見て一瞬絶句してから道を空けるが、その後ろにいる私に向かっては皆揃ったように眉をひそめていく。私の恰好がそんなに変だったのか、もしくは化粧を失敗しているのか、と不安になってしまうけれど今からお手洗いに行くだけの時間もない。勝手知ったる、とばかりに小十郎は勝手に会議室に入って椅子に座る。その隣に腰を下ろすと、無言が部屋に満ちた。それから何分待っているのかわからない。小十郎から発せられる危険な雰囲気に何もできるはずもなく黙って座ったままの私たちだったけど、やがて小十郎は腕時計を見て、くつ、と喉を鳴らした。
「専務?」
「舐められてんな」
「はい・・・・・・・?」
「」
「はい」
「俺がいいと言うまで黙ってろ。それから今日一日俺から離れるな」
「───────────わかりました」
横目で私を見て、『』ではなく『』と私を呼ぶ彼に頷く。こういう顔つきのときは逆らわない方がいいのはわかっている。だけどどんどん危険な雰囲気が膨らんでいくのに、私も腕時計を覗き込む。約束の時間はとうに過ぎていた。会社に到着したのは約束の時間の10分前。会議室まで歩いたとはいえ、私たちは既に30分近く待たされている計算になる。ちら、と彼を伺うが無表情のままの小十郎に私は無言のまま下を向いた。これほど彼を怒らせて無事に済んだ人間を私は一人しか知らない。無論それは社長のことだけど、この怒りを向けられるここの社員たちに少し同情してしまうけど、まぁそれは自業自得というものだろう。それから少しして唐突に扉が開いた。
「お待たせして申し訳ないな───────────」
現れたのは壮年の男が二人と、老年に差し掛かった男が一人だった。小十郎を見て愛想笑いを浮かべるが、隣に座っている私を見て表情が凍りついた。
「片倉、何故女などを連れている?お前ひとりだと聞いていたが」
「政宗さまからの指図でしてな。こちらは。今の政宗さまの懐刀の一人だ。能力が俺が保障する」
「お前などの保障など当てになるか。若社長にも嘆かわしい。女などを側に置いているなどと汚らわしい」
その男だけではなく異口同音に三人の男たちが私を見て聞くに堪えない雑言を浴びせてくる。知らなかった。まだ女である、というだけで攻撃の対象になるような企業があるなんて。そして小十郎が私を止めた理由と、社長が私に対して挑戦状をたたきつけてきた理由に納得した。社長は私がここで音を上げるか、それとも実績を上げるか、もしくは小十郎に泣きついてしまうか、楽しんでいるだけなのだ。そのことにく、と唇をかみしめる。その私の表情に小十郎は手を下げて我慢しろ、とばかりに合図を送ってくる。その優しさに思わず彼を見返した。
「を選んだのは政宗さまだ。今の言葉を政宗さまの前で言えるものなら言ってみてもらいたいものだな。無論、政宗さまは女であることだけでそのような罵詈雑言を浴びせるような小さな男を野放しにされるようなことはしねぇだろうがな」
「そ、それは───────────」
「それから、俺は10時に約束をしたはずだが、30分近く待たされた理由を文書にして提出してもらう。、お前がそれを検閲して俺に報告しろ」
「かしこまりました」
「な・・・・・・!?女ごときに提出しろと言うのか!?」
黙って頭を下げる私に三人は私に指を指して反論する。だけど私は小十郎との約束を守って必要最小限だけを告げて黙っていた。
「もう一つ、政宗さまからの辞令だ。今日ただいまを持ってこの会社の社長並びに役員全員を罷免する。一時的に俺が社長及び役員を担う。副社長及び補佐はに一任する。あなたたちは今日を持って退職扱いとなる。だが荷物の整理もあるだろう。今週中に荷物を整理するように。明日部長以下、役職付きの者たちを全員集めてもらおう」
「罷免だと!?」
「どんな権限があってそんな暴挙を・・・・!」
「片倉!たかが成り上がり者の分際で何を言う!?」
「先日この会社の決算書類を拝見しましたが使途不明金が多すぎますな。あとで説明してもらいましょう。で、依頼しておいたものは出来ているのでしょうな?」
「い、いや、それは・・・・その・・・・・いろいろ我らも忙しくて」
「だったらちょうどいい。明日から暇になるんだ。明後日までには用意しておいてくれ」
「き、貴様・・・・・・!!」
「話は以上だ。、行くぞ」
「はい」
「ちょっと待て!」
立ち上がる小十郎に従って立ち上がる。残された三人が血相を変えて小十郎の前に立ちふさがろうとするけど、それよりも小十郎の動きの方が早かった。その中の一人の腕をつかんでひねりあげる。情けない悲鳴を上げた男を一瞥して手を離すと、彼はじろりと三人を睨みつけた。
「言っておくが俺は今までの奴らのような温い真似は好きじゃねぇ。闇に葬れるとは思うな。俺は政宗さまの代理ではあるが、あの方のご意志に沿って大掃除をしに来たんだ。わかったらとっととテメェのやるべきことをやるんだな」
獰猛に笑う小十郎に気圧されたように道を空ける。そしてできた空間に悠々と歩き出した。