「最低・・・・・・・」

終わった後、ソファでにやりと笑う小十郎を睨みつけてから身を起こす。久しぶりに男を感じてしまった身体はけだるさと少しの痛みが下腹部に残る。一応ゴムを使って避妊してくれたことだけは評価してやれるが、私は乱れた服をかき集めてから立ち上がった。

「シャワー借りるわ」
「ああ。そこを右に行った突き当りだ。何だったら洗ってやるぜ」
「結構よ」

にべもなく告げて立ち上がる腕を捕えられる。

「帰るつもりなら泊まってけ」
「・・・・・・・・・これ以上何もしないならいいわ」

ちら、と時計を見れば午前4時。この時間ではタクシーを捕まえるのも骨だし、身体のけだるさが動くことを拒否していた。でもすぐに応じるには私のプライドが許さなかった。条件を突きつけると小十郎は軽く頷いて奥の部屋を指差した。

「わかった。但しベッドは一つしかねぇぜ」
「いいわよ別に。どうせダブルサイズでしょ」
「何故わかる?」
「あなたがシングルベッドに寝るような殊勝さはないでしょ」
「テメェ、もう一度ヤられたいのか?」
「・・・・・・・冗談よ。別に私はソファでも構わないし」

脅しとは思えない一言に思わず口ごもる。正直これ以上抱かれるのは勘弁してもらいたい。明日(もう今日か)も仕事なのだ。私の一言に小十郎はたくましい身を起こして立ち上がる。何をしに行ったのかと思えば毛布を一枚持って自分はソファに身を沈めた。

「ベッドはお前が使え」
「いいの?」
「ああ。お前、仕事は何時からだ?」
「9時よ。でも少し早めには行きたいけど」
「だったら8時に出りゃ間に合うな。少し寝ろよ。起きたらシャワーは勝手に使え」
「そうさせてもらうわ」

シャワーを浴びたいという欲求と今にも落ちてしまいそうな眠気とが私の脳をよぎり、私は睡眠をとった。携帯のアラームを7時にして小十郎が示したベッドに横になる。睡魔は数秒もしないうちに訪れた。そして私は闇に落ちるように眠りに落ちていった。


翌朝。アラームで目を覚ますとベッドの横にタオルがおいてあった。どうやら小十郎が置いてくれたらしい。それを持って勝手にシャワールームで汗を落とす。見れば小十郎はまだ眠っているようだったが、起こすつもりもない。泊まるつもりなんてなかったからボディソープやシャンプーも勝手に拝借した。そしてシャワーを終えて浴室から出て来ると、いつ起きだしたのかわからないが、小十郎が用意しているらしい挽きたてのコーヒーとソーセージが焼ける香りが充満していた。

「パンでいいだろ?」

台所で手際良く卵を溶かしてフライパンに流し込みサラダを作りながら小十郎が聞いてくる。正直二日酔いと無理矢理抱かれたけだるさで食欲なんてものはなかったけれど、適当に頷いておく。髪を乾かしている間に出来上がったらしく、彼は自分の席の対面に引いたランチョンマットを顎で指した。それを見て私はちょっと驚いた。ランチョンマットなんてかわいいものを小十郎が持っていたなんて。

「小十郎にしてはかわいいことするのね」
「うるせぇ。前の女が置いていきやがったんだ」
「あらそう」

さらりと言われた言葉に肩を竦める。学生の時から女にはモテた小十郎だ。その肩書きに株式会社伊達の専務なんてついた日にはそれは女は放っておかないだろう。だからと言って出て行った女が置いていったものを他の女に出していいものかどうかは少しは考えてほしいものだけど。

「いいから座れ。冷めちまう」

トーストとスクランブルエッグ、ソーセージ、サラダにコーヒーという私の朝食とは比べものにならないホテルのようなメニューを並べた机を顎で掬う小十郎の言われるままに腰掛けて、食べ始める彼を見ながら、箸をつける。食欲がないと思っていたけれど、身体は欲していたらしい。あっという間に平らげてしまった私に小十郎がくつくつと笑った。

「いい食べっぷりじゃねえか」

からかい半分の言葉に私は片付け始める小十郎の背中にたっぷり刺の入った口調で応じてやる。

「そうね。無理矢理にでも男に抱かれれば体力も消耗するもんだわ。言っときますけど、同意のないSexはただの婦女暴行よ。私がこのまま警察に駆け込めば、あなたは犯罪者になるわよ。株式会社伊達の専務が今から接収しようとする会社の社長を家に招いて暴行なんて週刊誌が好みそうな煽りだわ」
「何言いやがる。その男の腕ん中でいい声で啼きやがったのはお前だろ?」
「私は抱いて欲しいなんて言った覚えはないわね。大体、ああいうのを実力行使って言うんじゃないの」
「その気がねぇならほいほい男のマンションに上がり込むんじゃねぇよ。上がり込んだ女にその気がねぇなんて言うのはナシだろうが」
「そんなの身勝手な男の理屈だわね」

バサリと斬り捨ててコーヒーを口に運ぶ。いい豆を使っているらしくそこらのカフェよりもおいしかった。だが何か言おうとする小十郎から視線をそらすと、彼はそのまま無言になった。私もそれ以上は何も言わなかった。警察に行くつもりもない。わかっている。ただの一夜の過ちだ。小十郎が指摘した通り、私に警戒心が薄かったことも事実だ。それに───────────、私の身体を知り尽くした彼の手は的確に私の弱いところを突いてきて、久しぶりに感じてしまったのも事実だったから。抵抗するつもりならできた。でも身体をなぞる小十郎の指先がどこか心地よくて、私はそれに身を任せてしまった。非は私にもある。だけど無論それは小十郎には言うつもりはないけれど。


「何?」
「ヨリを戻さねぇか?」

ぽつりと告げられた言葉に、とっさに何も反応できなかった。こういう時の小十郎はずるい。必要以上なことは言わない。あとは私にすべてを委ねる口調に私が弱いのは知っているはずだ。だけど。

「寝言は寝てから言ってちょうだい。同意もなしに無理やり抱いてくるような男はご免だわ」
「俺たち、別に嫌いで別れたわけじゃねぇだろ。やり直さないか?」
「・・・・・・・・・・お断りよ」
「どうしてだ?好きな男でもいるか?」
「いたらこんなことをするあなたを許さないし、即行で警察に駆け込んでるわ」

彼がいたらきっと私は家に来いという小十郎の誘いも乗らなかったし、そこまで尻軽な女のつもりはない。独りだから一夜の過ちで済まそうとしているのに、この男の言葉に溜息が漏れる。

「小十郎」
「なんだ?」
「私たち、もう終わってるのよ」
「アァ?」
「懐かしいとは思うけれど、今あなたとこうしていてもあの時のようなときめきはないの。あなたの隣にいたいとも思わないし、側にいて幸せだとは思わない。私にとっては懐かしい友人に会った程度なの。わかって」
「気が変わることはねぇか?」
「・・・・・・・その予定はないわね。それに・・・・・・」
「なんだ?」
「私は私の大切なものを奪った会社の人間となれ合うつもりはないの。今はね」

私がそう言うと小十郎はしばらく無言になった後、「わかった」と言った。私の気持ちを察してくれたのだろう。ちら、と時計を見れば7時50分。「ごちそうさま」と告げて立ち上がって鞄を持って勝手にベッドルームを占拠する。化粧をしてここを出ればいつもより早めにつくだろう。一応意思確認はしたが社員たちの個別面接も始めなければいけない。待遇の詳細は昨日原田という社員が送ってくれていた。取引先へのあいさつも待っている。手を抜くわけにはいかなかった。

「それじゃ」
「ああ」

「送ってく」という小十郎の申し出を断って玄関を出る。駅までは徒歩5分。小十郎が書いてくれた地図を片手に彼に手を振った。もう会社で会っても他人だから、という私に彼は無言で頷いた。そして私は会社へと向かった。



電車で10分ほどで会社に着いた。ラッシュ時の電車だが、逆方向というのは思っていたよりも空いていた。鍵を開けようとすると、すでに誰かいるようだった。中に入ると、すでに美緒が出勤していて机を拭いていてくれた。掃除に入ってもらう経費が無駄だから、と言って私も入れて持ち回りでこういった雑用をこなしているが、今日は美緒の当番らしい。「おはよう」と言って椅子に座ると、美緒がふと顔を上げた。

、シャンプー変えた?」
「え・・・・・・・?」
「いつもと違う香りがする。それにスーツ昨日の・・・・・・」
「ストップ。ごめん、何も言わないで。店が開いたらスーツ買ってくるから」
「・・・・・・・・、もしかして朝帰り?」
「・・・・・・・・昨日飲みすぎてホテルに泊まったのよ。ごめん」
「別にいいけど。だったら家に帰ってきたら?まだ社員たちが出てくるまでに時間あるよ。一時間ぐらいなら何とかしのげるから」
「でも・・・・・・」
「店が開いてから買い物に行ってる時間の方が無駄。ほら、行った行った」

親友とはいえ、さすがに本当のことは言えなかった。だけど彼女の鋭い指摘によくとっさにごまかせたと思う。追い出しにかかる彼女に甘えて一度家に戻る。私の家はここから歩いて10分の小さなアパートだ。社長がアパートってどういうこと?と美緒にはよく言われるのだが、私はこの部屋を気に入っていた。木造で隙間風もひどいけど、いい意味で昔ながらのご近所付き合いがあるのだ。それにマンションよりも広くて安いし、大家がきちんとリフォームをしてくれているので、下手なマンションよりも中は綺麗だし過ごしやすい。着ていたスーツをまとめてクリーニング行きの籠に放り込んで汚れものを洗濯機に入れる。シャツにアイロンをかけて着替えてもう一度ちゃんと化粧をし直そうと鏡の前に座る。鏡の中に映る私は明らかに睡眠不足だと告げている。できるだけ明るい色のファンデーションを使って濃いめにメイクを済ませると、別のスーツを着込んでからクリーニングに出す服を持って家を出る。途中のクリーニング店でそれを出してから会社に戻ると、美緒が笑って時計を指差した。見れば出勤時間を30分回っただけで社員たちは仕事を始めていた。どうやら30分遅刻で済んだ、と言いたいらしい。私も美緒の心遣いに笑って席についてメールを確認する。その中の一通に私は思わず手を止めた。

『大丈夫か?』

名前も何もないメール。見れば昨日の小十郎からのメールアドレスと同じアドレスだった。心配してくれているらしいとはわかるが、私は何も返信せずに昨日のそれと一緒にゴミ箱に放り込んだ。ほかの仕事のメールに返信をしているうちに、また新着のメールが来た。今度はちゃんと名前があった。株式会社伊達の原田という昨日の社員からだった。

『この先のスケジュールについて』という題名で接収されるまでのスケジューリングの確認だった。社員の受け入れは来月からできるらしい。今月中には彼らの身の振り方を決めて、来月中には全員残務を終えた者から新しい部署への異動をしてほしい、というのが主な内容だった。了解した旨を返信して私は社員たちに声をかけた。

「時間のできた方から面接を行います。時間を見て声をかけてください」

その声に社員たちが一斉に私を見る。頷く者、うつむく者、目をそらす者───────────、だがひと段落ついた社員が私のデスクにやってくるのに私は面接をするべく立ち上がった。



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