マンションに戻ったのはもうすぐ日付が変わろうという時間だった。長宗我部さんと過ごす時間はあっという間に過ぎていった。最初に私たちが向かったのは繁華街のデパートだった。新しい化粧品を見たかったからだ。でも長宗我部さんと一緒になったから、フロアを変えようとした私に長宗我部さんは笑いながら言った。

「どこ行くんだ?の見たいモン見りゃいいじゃねぇか」
「え───────────?」
「さっきからアンタの眼は化粧品にくぎ付けだぜ。見たいなら行こうぜ」

その言葉に私は少しバツが悪くなってうつむいた。まさか気付かれるとは思わなかった。自分としてはちら見のつもりが長宗我部さんにはお見通しのようだった。彼もそう言ってくれているから、と結局化粧品売り場を一通り周り、店員の勧めで何色かのチークとアイシャドウを試させてもらった。長宗我部さんは別に嫌がるわけでもなくずっと私についてきてくれて、これが似合う、と言って気になっていたパープルを基調としたのアイシャドウのプレートを私にプレゼントしてくれた。最初は受け取れないと断ったけど、付き合ってもらってるからいいだろ、と押し切られてしまった。さすがに断るわけにもいかず、「ありがとうございます」と受け取れば、彼は「いいってことよ」と笑う。その屈託のない笑顔に私の警戒心はだんだん溶かされていった。

そのほか、服など一通りウィンドウショッピングを堪能してから、ぶらぶらと繁華街を歩く。ちょうど夜の店のかき入れ時の時間だからか、客引きも沢山外に出ていたけれど、長宗我部さんはそれらを断って、大通りから一本外れた提灯のついている店へと私を連れていった。明らかに居酒屋という門構えで中も想像通りだったけれど、予想外だったのは入口を入ったところに生け簀があり、中で泳いでいる魚は注文があり次第調理されているようだった。貝類などを焼くのは炭火。いい香りが漂ってきていた。

「いらっしゃい!2名様で?」
「ああ」
「2名様ご来店!いらっしゃいませ!」

口ぐちに「いらっしゃいませ」と威勢よく店員が告げている雰囲気も悪くない。こういう店だから当然出てくる刺身も焼き物も絶品だった。日本酒を手にしている長宗我部さんにつられるように私も何杯か口にしてタクシーで帰ってきた。

車の中で気が付いたのだけど、小十郎からメールが入っていた。管理人が帰る時間だから鍵は自分が預かっている。部屋に寄るように、との内容に私たちは顔を見合わせて肩をすくめた。

インターホンを鳴らす時間でもないから到着する前にノックをしたら開けてほしいとメールを送っていたからだろう。三度鳴らしたドアからすぐに小十郎が姿を見せた。作務衣ということはもう休む準備もできていたのだろう。ほらよ、と渡された鍵を長宗我部さんに渡して、私たちはそれぞれの部屋へと帰ったのだった。

 土曜日。本当なら東京に帰るはずで、そのためのチケットも買ったんだけど、私は仙台に残ることになった。勿論理由は長宗我部さんだ。平日は一人であちこち出かけているらしく、私が仕事に出ている間は部屋にいないらしい。だけど私が帰る時間には部屋に戻ってきていて何故か三人分の食事が用意されていて、小十郎を含め、三人で夕食を食べていた。最初の日は小十郎も眉をしかめていたけれど、出てきた料理が美味しくてついつい長宗我部さんに甘えてしまっていた。彼は「ここの台所は充実してるな。包丁もいろんな種類があるしよ。これは独眼竜の好みかい?」と言って、小十郎が頷いていたけれど、長宗我部さんは部屋を気に入ってしまったようだった。数日後には「俺っちに譲ってくれっつってもダメなんだろうなぁ」と言っていたのには思わず笑ってしまった。

せっかくの休日。松島に観光に行きたいと長宗我部さんが言っていて、私も便乗させてもらうことにした。仙台に来て観光にも行っていなかったのだし、一人で行くよりも誰かがいてくれた方が心強い。仙台から松島まではそう遠くない。電車で30分という近さに驚いた。小十郎は社長のお供でいったことがあるらしく「ま、そんなもんだろ」と言っていたけど、そんな近くに観光地があるなど思ってもみなかった。そんな話をしていたら、何故か小十郎が車を出すという話になっていて、彼は渋面のままだったけど、駅まで私たちを送り迎えだけしてくれるらしい。駅まで、というのは小十郎は何やら仕事が残っている、と言っていたからだ。本当は松島までついていきたいんだがな。と言いながらしぶしぶ頷いたのには正直驚いた。彼なら絶対についてくる、と言い張るかと思っていたからだ。

「だったら二人でデートと洒落込もうや」
「いえ、デートと言われても・・・・・・」

冗談交じりに告げる長宗我部さんに口ごもると、小十郎はそんな彼をじろ、と見やったけど、何も言わなかった。ただ「気を付けて行って来い」とだけ言っていたのだけど。

その日に松島の観光は歩く、と聞いていたから、私はTシャツにジーンズにスニーカーというラフな格好を選んだ。長宗我部さんはデートだと言っていたけれど、私にはそんなつもりはない。ただ、二人きりで出かけるのがデートだというのならそうなんだろうとは思うけど、正直彼をそういう対象としてはまだ見ることができなかった。

そして時間より少し早く駐車場に降りたけど、すでにそこには長宗我部さんが来ていた。私を見て軽く手を上げてみせる。その仕草がどことなく色っぽいと思ってしまった自分の気持ちにびっくりする。

「よう、おはようさん」
「おはようございます」
「いいねぇ」
「は?」
のそういう私服。いっつもスーツを見てたからな。新鮮だぜ」
「それは・・・・・ありがとうございます」

そういえば最近はこういう格好をしたことがなかったな、と思いながら返事を返す。長宗我部さんを見てみれば、彼はいつも通りの恰好のままで、並んで歩いてもさほど目立つことはなさそうだ。どこかほっとしている気持ちが私の中にあるのは何なのだろう。そうしているうちに小十郎が降りてきた。

「よう」
「お早う」
「ああ」

挨拶らしい挨拶をする前に小十郎が車のカギを開けて乗れ、とばかりに顎をしゃくる。私たちは頷いて後部座席に落ち着くと彼はそのまま車を駅へと向けたのだった。


駅で飲み物やお菓子を買いこんで電車に乗り込む。観光に行くのは私たちだけではなく、どうやら同じ目的らしいカップルや女性グループがちらほらと見える。彼らもどこか浮ついたような表情を浮かべていて、私たちも談笑しながら席についた。他愛のないことを言っているうちに電車は駅を離れていった。

は松島には行ったことはねぇって言ってたな」
「ええ。初めてです。長宗我部さんは?」
「待った」
「え───────────?」
「元親だ」
「はい?」
「いつまでも長宗我部さんなんて他人行儀はよしてくれや。元親でいい」
「でも」
「でもじゃねぇ。仕事とは関係ないときぐれぇ元親って呼んでくれよ。それから敬語も禁止な」
「ええと・・・・・・・・」
「ええとじゃねぇだろ。返事は「はい」だろ?」

強引な言葉に頷くことしかできなくなってしまう。そんな私の逡巡すらわかっている、とばかりに横に座っている長宗我部さんが身を乗り出してくる。

「いやだって言うなよ」
「わ、わかりました」
「わかりましたじゃねぇだろ?」
「わ、わかったわ元親さん・・・・・これでいい?」
「まぁ・・・・・70%ってとこだな」
「な、70%ってどういう」
「そりゃ自分で考えるこったな」

くつ、と笑う長宗我部さんの声に私は苦笑しながら考えることをあきらめた。そんなことよりも今日一日目いっぱい楽しもうと気持ちを切り替えて、私は買ってきたお菓子の袋に手を伸ばした。



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