仙台の街を出てしばらくすると海岸線に出たらしく、車窓には海が映し出されて私は思わず歓声を上げた。無論それは私だけじゃなくて、ほかの観光客も同じように歓声を上げていた。中には早くも車窓をバックに写真を撮り始めるグループもいたけど、私たちはさすがにそれは恥ずかしくてじっと車窓を見ながら朝食代わりのサンドイッチをつまむことに専念していた。適当に買ったものだったけど、景色も味の一つになったのかもしれないけど、とてもおいしく感じた。そうこうしているうちに車窓にはたくさんの島が見えてきた。思わず景色にくぎ付けになっているうちに、松島に到着していた。

電車を降りると、長宗我部さんはまずは、と言いながら遊覧船のチケット売り場で夕方近くのチケットを2枚買ってくれた。最後の楽しみな、といたずらっぽく笑う彼に私も笑う。それから私たちは山側へと足を延ばしていくつかのお寺を参拝した。戦国武将が作ったらしいどうみてもお城にしか見えないお寺の広さにひたすら感心している私とは違い、長宗我部さんはそれらは頭に入っているらしく私に説明をしてくれた。長宗我部さんが歴史を好きだとは思わなかっただけにちょっとしたギャップに驚いた。仕事中は何かわからないモノに向かい合っている印象が強いだけに、それが一番驚いた。

「腹減ったなぁ」という長宗我部さんの声にびっくりして腕時計を見る。もうお昼近くになっているのに驚いた。私はそれほど時間が経っているとは思わなかった。

は腹減らねぇか?」
「あ・・・・・言われてみればお腹すいてきたわ」
「ってことは今まではそう感じなかったってことかい?」
「ええ。長宗我部さんに」
「元親」
「元親さんに言われるまで気付かなかったわ」
「アンタもよぉ、いい加減慣れろや」

指摘されて慌てて言い直す。でも初めて会ったときからずっと長宗我部さんで通しているから、元親さんとは言いにくい。プライベートだから、と線引きをされているからまだしもだけど、仕事でそう呼んでしまうのはまずいのではないかしら。

「と言われても・・・・・・ずっと長宗我部さんで通してたから」
「あぁ?右目は小十郎って呼んでんじゃねぇか」
「それは・・・・・・でもプライベートなときだけですから」
「だったら俺もプライベートなときに呼んでくれてもいいだろ?」
「ですから、そう努力はしてます」
「努力ね。アンタ、そういって逃げんのはうまいよなぁ」
「───────────処世術と言ってください」

冗談交じりの口調に軽く肩をすくめて言い返す。彼とのやりとりの距離感を探りながらだけど。ファーストネームで呼べ、ってことは砕けた物言いをしてもいいのかと見上げてみるけど、長宗我部さんは「アンタのそういうとこ、かわいくねぇ」と軽く額を小突いてくる。その自然な仕草に私は口ごもることしかできなくなる。

「なぁ、ちっと歩くけどいいか?」
「え、ええ。構いませんけど」

「はい?」
「言っただろ。敬語禁止」
「え───────────」
「覚えられねぇなら賭けをしようぜ」
「賭け・・・・・?」
「アンタが俺のことを長宗我部さんと呼ぶか、敬語を使ったら俺に100円寄付な」

にやにやと楽しそうに告げる彼に、私は思わず絶句した。それは賭けとは言わないんじゃないだろうか。

「その代わり、今日一日、アンタから100円もせしめることができなきゃ豪華な食事をごちそうしてやるよ。乗るか?」
「乗らない、と言わせてもらえるのかしら」
「やってみるかい?」

す、と動いた彼が私の視線を遮った。すぐ目の前には彼の胸があって、意外に筋肉質なんだ、と変なことを考えてしまう。慌てるよりも早く私の動きを封じるように、長宗我部さんの手が私の顎にかかる。

「言えるもんなら言ってみな」

小十郎に言うような軽い気持ちで言ったけど、一瞬で言わなきゃ良かったと後悔した。陽の光を浴びた彼の右目は危険な光を反射して私の瞳を覗き込んでいる。まるで金縛りにあってしまったような感覚。髪の1本でも動かそうものなら、ぴりりとした空気を引き裂いてしまいそうな感覚に陥ってしまう。私はゆっくりと深呼吸をすると、小さく頷いた。

「わかったわ。乗るわ」
「いい返事だ。だったら今から開始な」
「───────────ええ」

私がそういうと、長宗我部さんは上機嫌になって先導するように歩き出す。はめられたんじゃないか、という気がしなくもないけど不思議と嫌な気持ちにはならなかった。寺を出て海の方へと向かって歩き出す。少し歩く、と彼は言っていたけれど、参道を出て海沿いを歩くのは楽しかった。海を見れば素敵な風景。松島といえば私でも見たことのある海に突き出したお堂を見ていると、それを感じ取ったのか、長宗我部さんは「後でな」と笑って告げてくれる。それ以外にも土産物屋や、食事のお店など頷いて並んでいるお店を楽しみながら歩いていると、『さかな市場』と書かれている場所へとたどり着いた。

「いいねぇ」
「そうね。新鮮な魚がたくさんありそう」

中を少し覗き込むと、威勢のいい声が飛び交っていて、その雰囲気に長宗我部さんが目を細める。数日付き合ってみてわかった。彼はこういう人の活気のある場所が非常に好きだということに。小十郎とは正反対。小十郎はどちらかというと、雑踏よりも静かな場所を好んでいた。そういえば私は彼と付き合っているときもこういう場所に行くことはあっても、買い物をするだけで、フードコートやこういった開けっ広げの場所で一緒に食事をした記憶はない。いつもちゃんとしたレストランか、もしくは彼か私の部屋で二人きりの時間をとれる場所に行くことが多かった。

「寿司もいいし、刺身も捨てがたいねぇ。あぁ、そうなると酒が欲しくなるな」
「飲んでもいいんじゃない?車の運転はしないんでしょ?」
「そうだなぁ・・・・・いや、やめとく」
「どうして?」
「アンタとの時間をもっと楽しみたいんでね。酔っちまうのは勿体ねぇ」
「長宗我部さん・・・・・・」

笑いながらさらりと告げられた言葉に一瞬絶句する。少女じゃあるまいに長宗我部さんの物言いにどくん、と心臓が音を立てる。好意を寄せられているのはわかっているけど、どう答えていいのか逡巡したままだ。だけどそんな私の言葉に、長宗我部さんはしてやったり、という風ににや、と口の端を上げた。

「おっと、賭けは俺の勝ちだな。100円寄越しな」
「え・・・・・・あ・・・・!」

はめられた、と目を丸くした私に彼は面白そうに手を出してくる。まんまと引っかかってしまった自分に情けないと思う反面、悔しさに唇を噛むと、彼はくつりと笑ってみせる。

「何だよぅ、そんなに悔しがるようなことかい。アンタ、意外に負けん気が強ぇんだな」
「違います。自分が情けないだけです」
「ほらまただ。敬語が出てるぜ」
「・・・・・・知りません!」

図星をさされてぷいとそっぽを向く。恥ずかしさと悔しさでいっぱいになってしまう。そのまま違う方向へ歩き出そうとする私の腕を長宗我部さんがつかむ。

「おい逃げんなよ。分が悪くなったら逃げるのは卑怯者のすることだろ?」
「───────────」
「さっきのでもう一回。んじゃ飲み物でもおごってもらうとするか」

からからと笑って腕をつかんだままさっさと売り場に連れていかれる。上機嫌で売り場を眺めながら店員と交渉をはじめ、一つ一つを丁寧に見て楽しそうに話をする。その表情はとても楽しそうで、また一つ、長宗我部さんの新しい面を見た気がする。

「で、はどれにすんだい?」
「・・・・・・・・・・」
「うまいもんを前に何て顔してんだよ。機嫌直せ」

そんな長宗我部さんを見上げていると、彼は私の顔を見てからむに、と頬をつままれる。突然のことに驚いて目を丸くする私に、長宗我部さんはくつくつと笑う。そんな子どもっぽいことをされるとは思わなかった。頬を引っ張られる痛みに彼の手をつかもうとするけども、私の手が届く前に頬から手が離れていった。

「何だよ、そんな顔をして」
「・・・・・・・・・子どもじゃありませんけど」
「はぁ?」
「私は子どもじゃないです」
「わかってるよ。ただ、アンタといると忘れちまうな。仕事ん時とは違い、アンタの表情はコロコロと変わるからな」
「私は」
「ほら、行くぜ」

反論する前にぐい、と腕を引かれて連れていかれる。強引なのに何故か逆らうことができない。それに嫌だとは思えない。長宗我部さんの性格だからなのかしら。そしてレジに連れていかれると、長宗我部さんは並べてあるメニューに軽く口笛を吹く。「うまそうだなぁ」と子どものように目をキラキラさせる彼に、私は怒るのがバカバカしくなって小さく笑う。

「お、笑ったな」
「───────────ええ。本当に、子どもみたい」
「俺がか?」
「ええ」
「ま、俺は楽しむときゃ楽しむと決めてるんだ。その方が楽しいだろ?そうだなぁ・・・・・・は何にするんだ?」
「そうね・・・・・せっかく松島に来ているんだから、松島の名産がいいわ」
「だったらあっちに牡蠣のバーガーがあったぜ。松島といえば牡蠣だろ?」
「ええ・・・・で、元親さんは?」
「俺はこれだな」

そういいながら彼が指差したのは「北海大漁丼」と書いてあった。うに、いくら、まぐろなど全部入ったよくばりな丼ぶりだ。もちろんお値段もそれなりにするけど、彼はさっさとチケットを買ってしまった。結局私は丼ぶりよりもお寿司を選んで特選上にぎり寿司にした。こういうところのお寿司と丼ぶりは当然とてもおいしかった。



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