〜現在〜

翌月の一日から私は伊達の社員になった。一応、新設される部の部長扱い、美緒は副部長扱いになり、結局私の会社の社員のうち、二人は伊達の子会社を希望した。子会社とはいえ、社員だけでも数千人規模の大会社だ。入社試験を一度受けたが落とされてしまったがずっと憧れの会社だったんです。と言う社員に、私は笑顔で頑張って。今までありがとうと言うことしか出来なかった。

初出勤は全員が本社の会議室に集合した。そして始業の鐘がなるとほぼ同時に扉が開いて原田という社員と小十郎、そして見たことのない男が二人入ってきた。一人は私よりも年上だろう。線は細いけど、なよっとした感じはない。小十郎と並んでも見劣りしないほどの長身に高いスーツを着こなしていて洗練された印象を受ける。もう一人は驚くほど若かった。多分新入社員とそれほど変わらない年齢と思うが、どこか人の上に立つことに慣れているように見える。もしかしたら小十郎が大切にしているお坊ちゃんかと思ったけど、他の人間が社長に対する態度とは違うようだ。だったら誰なんだろうと思いながらも全員が席に着くのを待って原田が口を開いた。

「おはようございます。本日よりウェブ開発部に勤務していただく皆様との顔合わせを始めます。まずは私は総務の原田と申します。しばらくの間皆様との橋渡しをさせていただきます。環境が変わられお困りのこともいろいろとあると思います。その際は私まで何なりと相談下さい。初顔合わせになりますので、紹介させていただきます。取締役の伊達成実、同じく鬼庭綱元、専務の片倉小十郎です」

頭を下げて行く彼らに私たちも倣う。だけど株式会社伊達の重役のお出ましに社員たちに緊張が走るのがわかる。普通接収される会社の人間であれば、お目にかかることのない雲の上の人間ばかりだ。

「後ほど部長と藤田副部長には社長に目通りいただきますが、我々は皆様の類い稀なる能力に期待しております。弊社の方針などは事前に文書でお送りしておりますが、ご不明な点は・・・?」

ぐるりと社員たちを見回す原田に誰も口を開かなかった。それも当たり前だ。送られてきた文書はいわゆる対外に向けられる美辞麗句を並べるものではなく、彼らがどのようにしてのし上がってきたか、という生々しい記録とこれから自分たちが割り振られる仕事が事細かに書いてあった。彼ら曰く、私たちの部署には子会社の進む先のプロモーションを任されるらしい。らしい、というのはそんな部署、私が社長なら必要だと思わなかったからだ。子会社にだって営業はいる。ただウェブを構築するだけの会社など昨今では通用しないから、どこも優秀な営業を抱えているだろう。ましてそれが伊達カンパニーであれば。

「では、顔合わせは終了させていただきます。続きまして部長と藤田副部長以外の方はフロアにご案内いたします。お二方は片倉がご案内します」

それだけを告げて原田は社員たちを連れて部屋を出て行き、取締役の二人がそれに続き、小十郎は私たち二人を手招いた。

「案内する。こっちだ」

美緒と二人で無言で小十郎の後をついていく。集合した会議室は一般職員も使う場所にあったから、出てくる小十郎に職員たちがぎょっとして頭を下げて、後ろを歩く私たちに不審そうに見ていった。どうやら小十郎は職員たちにとっても恐ろしい存在らしい、とわかる態度に私は内心で苦笑した。エレベーターホールを通り過ぎ、人気の少ない奥のエレベーターに乗って最上階へと向かう。この場所と誰も乗ってこないところを見ると社長もしくは重役の専用のエレベーターなのかもしれない。ふわ、と軽い浮遊感を伴ってエレベーターが止まると降りるように、と小十郎が促した。逆らわずに先に降りて彼が先導するまで待つ。そのフロアは一度美緒と一緒に訪れたフロアだった。やっぱり、と肩をすくめる美緒と視線だけで笑い合ううちに社長室の前に到着していた。小十郎がノックをすると、中から若い男の声で「Come in」と聞こえてきた。妙に耳に残る低音だった。

「政宗さま、お連れしました」
「Ah、入んな」

ガチャ、と扉を開いた小十郎が頭を下げる。しかもかなり丁寧に。こんな小十郎を見たのは初めてだった。目を丸くする私を彼は視線だけでたしなめて中へと視線を走らせる。入れ、という無言の圧力に私は無言のまま中へと入った。

「よく来たな。待ってたぜ」

窓際でにや、と不敵な笑みを浮かべる男を私はまじまじと観察した。背は高い。きっと小十郎とあまり変わらないぐらいあるだろう。だけどずっと細身でどこか危険な香りがする男だった。人の上に立つ、ということが身についている目で私たちを値踏みするような視線を当ててくる。それよりも印象的だったのはその瞳だ。彼の右の目には眼帯があった。左目しか残っていないのに、そこからの視線は鋭いというよりも視線だけで人を射殺せそうなほどの強烈な印象を残すのだ。

「社長の伊達政宗さまだ。ご挨拶しろ」
「今日からお世話になります───────────」

小十郎の視線を受けて頭を下げようとした私を彼は手で制した。探るような目で私たちを見るとにや、と笑ってみせる。その曲者の笑いがよく似合う。

「Ham・・・・アンタが、か?で、こっちが美緒か?」
「失礼ですが、ここは会社です。ファーストネームで呼ばれるのはどうかと思いますが」
「当たり、か?」
「ええ。よくお分かりで」
、名前ってのはそのためにあるんだろ?悪ぃが俺は全員ファーストネームで呼ぶって決めてんだ。アンタも俺の部下になるんだったら慣れろ」

私の抗議を一蹴して笑う彼に私はしんと心が澄んでいくのを感じる。「彼は、違う」理屈じゃなく身体が震えそうになる。彼は私たちとは決定的に何かが違っていた。それが何であるかはわからなかったけれど、彼には迂闊なことを言わない方がいい、と心を決めた。

「しばらくには俺と小十郎の側でウチの流儀を学んでもらう。その間、美緒には実務的なことを任せる。困ったことがあれば綱元に相談しな。Okey?」

ちらりと美緒を見ると、彼女は度肝を抜かれたみたいでぽかんと社長を見つめたままで、「Okey?」と聞かれて反射的に頷いてしまう。そんな美緒を楽しげに見た社長に小十郎が声をかける。

「政宗さま、今日の予定ですが」
「Ah、わかってる。、同行しろ」
「は・・・・?」
「美緒は部署に戻れ。小十郎、案内してやんな」
「は・・・・・・」

黙って頭を下げた小十郎がぽかんとしたままの美緒を促して本当に退室していった。びっくりしていたのは私も同じだけど逆に何故小十郎があれほどこの社長を崇拝していたのかが腑に落ちた。確かにこの気性では一筋縄ではいかないだろうし、こんな人間がいたのか、という新鮮な驚きでもあった。アメリカでいろんな人と出会っている私でさえ、彼のような人間は初めてだったから。

「アンタの会社、すまなかったな」
「───────────本当にそう思ってらっしゃいますか?」
「Ah・・・・・まぁ、な」
「とお思いでしたら何故」
「アンタが欲しかった。アンタだけじゃない。アンタの会社全員が欲しかった。小十郎がアンタにそう言ったはずだぜ」
「申し訳ありませんが、伊達ほどの大きな会社になるとトップの思惑がそのまま伝えられることなどほとんどないと思っておりましたから」

ちく、と嫌みを交えて言ってやれば社長は少し目を細めて私を見る。彼の隻眼の射るような視線に知らず背中にぞくりと悪寒が走る。多分私より随分年下だろうにこの威圧感は何だろう。ここに来るまで私は彼を過小評価していたらしいと反省した。居心地の悪さに何か言ってやろうかと思っていた私に、社長は軽く口の端を上げてみせる。

「Ha!気の強ぇ女だな。嫌いじゃねぇ」
「それは・・・・・・ありがとうございます」

何といっていいのかわからずにそう言うと、社長が楽しげに私を指先で手招いた。あまり行儀のいいとはいえない仕草も彼がやると妙にカッコよく見えてしまう。

、アンタ秘書をやったことあるか?」
「いえ」
「Ham・・・・・だがSchedule管理はお手のもの、だろ?社長?」

ぐい、と私の腰に手を伸ばして引き寄せられる。あ、と思うときには彼の顔が息のかかる場所にあった。慌てるほど初心じゃないつもりだけど、さすがに今のは焦った。

「Ha・・・・・・ちっとは焦ろよ。面白くねぇ」

焦ってはいたけれど表情には出なかったらしい。私の腰を抱き寄せたまま「ち」と舌打ちを洩らした彼がようやく手を放す。スーツの裾を直す振りで距離を取った私にもう一度舌打ちの音が聞こえてきたけれど私は綺麗に無視することにした。

「ひとつ、お聞きしてよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「何故そこまでして私たちのことを欲しいと思われたのか、私にはわかりません。理由をお聞きしても?」

見上げる私に社長はふ、と息を吐き出して自分の机に軽く腰掛ける。長い脚と腕を組むとまるでモデルのようだ。天は二物を与えず、というのは嘘だ、と思う。でもその仕草にはぐらかされるのかと思ったけれど、彼はゆっくりと私を見た。

「───────────アンタ、誰に経営術をならった?」
「───────────はい?」
「アンタたちの会社のやり方は俺のよく知ってるヤツのやり方によく似てた。悪ぃがアンタのこと、調べさせてもらったぜ。小十郎と同じ大学だな。当時あいつには好きな女がいた。まだ餓鬼だった俺は小十郎がその女より俺を選ぶのかどうか、よく試したモンだ。あいつが大学を卒業して親父の会社で働き始めてしばらくして別れたって聞いたが、もしかして、アンタか?」
「───────────」

じっと見つめてくる社長に、私は答えられなかった。小十郎が私のことを好きでいてくれたんだ、と逆に驚いた。好きなのは私の方で小十郎は仕方なく付き合ってくれていたと思っていたから。

、答えろ」
「・・・・・・・・・プライベートなご質問はお答えできません」

喉に何かがつっかえたような感覚からようやく抜け出してそれだけを答える。だけどその答えに社長はにやり、と獲物を前にしたライオンのような顔で私を射抜く。

「その答えは『Yes』って言ってるのと同じだぜ。そうか、アンタだったのか」
「───────────私は、何も」
「Ha!アンタ、嘘が下手だな。ま、そういうとこも嫌いじゃねぇ」

しまった、と私ははぐらかさなかったのを後悔した。この社長を甘く見てはいけないのはわかっていたけれど、さっきまでの自分を怒鳴りつけてやりたい気分だった。だけどここで怒鳴る訳にもいかず、ただ唇をかみしめることしかできなかった。



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