「ここを・・・・・・・こう、して・・・・」
しゃらん、と腕につけた飾りが音を立てる。の特訓はあれから毎日のように続いていた。振りそのものは一日目の特訓で何とか(それも稽古ができるぎりぎりまで粘って)覚えたものの、舞えるか、といえばNoである。あの日の政宗が舞った振りはもともと知っているのかと思っていたが、それが間違いだったことに気が付いた。翌日、違う振りを楽師たちに舞わせた政宗は一度見ただけで本当に覚えてしまっていたからだ。元々の素養もあるのかもしれないが、「こんなの余裕だろ?」と小憎らしい勝ち誇った笑みを向けられて、は悔しさにぷるぷると震える羽目になった。何せ最初に習った振りでさえ、まだ一人でちゃんと踊れたためしがないのだから。
翌日からは何故か喜多を連れた愛姫が見学に来て、一度振りを見た愛姫が妙な顔をしているのにちょっと傷ついた。そして愛姫は舞のことには何一つ触れずに手にしている飾りに鈴をつけた方がいいのでは、と言い出して、政宗が「It's cool」とにやりと笑って決定してしまった。ちなみに、愛姫が何故鈴と言い出したのかというと、手の位置のずれを指摘するためだそうだ。同じ振りなのに、手の位置が違うと鈴が教えてくれるから、という理由にはもう呆れるよりも脱力してしまった。
「で・・・・・・」
手首を返して人差し指と中指をそろえて型をなぞる。いわゆるピストルの形の手に中指も一緒に立てたようなものだ。手を一緒に足を踏み出して───────────
「うわっ・・・・・!」
つる、と足元がすべってそのまま開脚のように転げ落ちようとした途端、トン、と後ろから支えられる。ふわりと鼻腔をくすぐるお香の香りで一番来てほしくない人に支えられることを悟る。
「Hey、kitty。まだそんなモンか?」
くつ、と喉の奥で意地悪く笑う政宗が逆にの身体を引き寄せて背中に彼の体温を感じて慌てて身体を離そうと暴れるのに、逆に抱き込まれる形になってじたばたと手を動かした。
「Ah?そんな振り、なかったよなぁ?」
「は、離してってば!」
「Ha!相変わらず色気のねぇ。後ろから抱きつかれたらもっと色っぽい声あげろよ」
「え、遠慮させていただきます!って、何しに来たのっ!?」
「Breaktime」
「ってことはまた小十郎さんから逃げてきたってコト!?」
「逃げたとは口が悪ぃなぁ。口が悪いkittyにはお仕置きが必要か?Ah?」
抱きつかれたまま耳元に吹き込まれる声にふる、と身体が震える。自分の声が女性にとってどういう効果かを知り尽くしているから性質が悪い。さらに口元に伸びてきたしなやかな指先で唇をつままれる。
「ん〜〜〜〜〜〜っ!!」
「で、ゴメンナサイは?」
「ん〜!」
唇をつままれてあひる口になってしまうと言葉らしい言葉も出てこない。そんなの抵抗すらあざ笑うように耳元で政宗の声が響く。
「そうか、じゃお仕置きといくか」
「ん〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
する、と腰を抱く腕が帯の中に入ってきてどく、と体中の血が逆流する。悪戯だとわかっていても気持ちいいものではなく、必死で暴れるに政宗はくつ、と笑って抱きしめる腕に力をこめる。じたばたと暴れてみるが、どこをどう押さえているのか政宗の腕はぴくりともしない。細身に見えても大の男を何人も吹き飛ばすほどの力を秘めているのだ。のように体術など何もできない女一人押さえ込むのにそれほど力を必要としない。
「んん〜〜〜〜〜!!」
「Ha-ha!何言ってっかわかんねぇな。で、謝る気があんのか?」
政宗の声にこくこくと頷くと、ち、と舌打ちしながら唇から指が離れて自由になる。
「す、すみませんでした!!」
「Okey。今日は許してやる。だが毎回許してもらえると思うなよ?You see?」
「は、はい・・・・・・」
ちゅ、とリップ音を響かせて耳元から離れた政宗の唇に首をすくめる。腰に回された腕が離れ、はへなへなと地面に座り込んだ。
「Ah?どうした?」
「ちょ、ちょっと・・・・・心臓に、悪い・・・・・・」
「何だ、もうgive-upか。だらしねぇ」
「誰のせいよ!」と怒鳴りつけたくなるのをぐっとこらえて政宗を睨む。ここにいるのはほんの数日だというのに、毎回繰り返される政宗のセクハラに対する忍耐力を総動員するのに必死だ。これが元の世界なら完全に訴訟になっているレベルだろうに、ここでは政宗に対しては面と向かって文句を言うのは小十郎と喜多だけで、それも小十郎は政宗に対しては「仕方のないお方だ」で片付けられ、正直、相当甘い。
「で?」
「は、はい・・・・・?」
「舞は?できたか?」
「ま、まだです・・・・・・・・・」
「出陣は二日後だぜ。間に合うのか?」
「う・・・・・が、頑張ります・・・・・」
間に合わないかも、と心中で呟いてちら、と政宗を見上げる。政宗にとって今が覚えている舞など手慰み程度なのだということぐらいわかる。政務をほったらかすのは日常茶飯事だが、本気になればほんの短い時間で終わってしまうらしい。「毎日ちゃんとやる気になっていただければ時間もかからないのだが」と小十郎が本気で額を押さえていた。政宗にとっては政務などはやりたくないだけで彼にとってできないことなどないんじゃないだろうか、とは本気で思い始めていた。
「おい」
「は、はい?」
「見てやる。舞ってみろ」
「げ・・・・・・・」
「Ah?」
「す、すみません。オネガイシマス」
ぴく、と政宗の眉が動くのに『政宗に逆らうべからず』の精神であっさりと負けを認めて立ち上がる。政宗に見てもらうのが嫌なのはからかわれるからであったが、自分ひとりで通していても何が違うのかがよくわからないのは事実だから、ありがたい申し出であった。但し、後に訪れるセクハラタイムと、にやにやとからかわれることさえなければ。
はじめからゆっくりと心の中でリズムを刻みながら一通り舞って見せると、珍しく茶々を入れずに黙ってみていた政宗がち、と舌打ちを漏らすのが聞こえてくる。
「ええと・・・・政宗さん」
「Ah?」
「下手なのは自覚があるけど、舌打ち、やめてほしいんだけど」
「テメェ、二日後までに仕上げる気あんのか?」
「う・・・・・・・これでも一生懸命やってるつもりなんですが」
「───────────」
無言のままの政宗にはしゅんとなって座り込んで自己嫌悪に陥ってうつむいたの頭にぽんと手が乗せられる。
「え・・・・・・」
「頑張ってんのだけは認めてやる」
「・・・・・・ありがと・・・・・でも余計みじめになるんだけど」
後半は口中で呟いて、「Ah?」と聞き返してくる政宗に首を振った。確かに彼にとってはそれほど難題ではないのかもしれないのだが。そのとき、廊下で足音がしてスパーンと勢いよく障子が開かれた。見なくてもわかる。小十郎が政宗を探しているときの癖だ。
「政宗さま、ここにおられましたか」
「Ah、小十郎、いいところにきた」
「は?」
「合わせろ」
「・・・・・・・承知」
「、Stand up」
入ってきたのはやはり小十郎だった。額にうっすらと青筋が浮かんでいるのを見て、は思わず逃げ腰になったが政宗はちら、と彼を見ただけで立ち上がる。そしてぐい、と腕を引かれて立ち上がると、政宗は両手での腕をつかんで二人羽織のような形になってぴたりと後ろにくっついた。
「え・・・・・」
「始めろ」
「は、はい」
先ほどと同じように手を伸ばす。だが、先ほどとは違い政宗につかまれた腕はさっきよりも遠くを目指して伸ばされる。腰を落とせ、とばかりに膝をつつかれ、背筋がぴんと伸びるところで身体を止められた。
「わ・・・・・・」
「Keep it」
きつい、と思わずこぼれそうになる態勢で支えられる。そのまま次の振りへと続けていき、舞に合わせて小十郎が笛を奏でる。そうして一曲が終わると、政宗は目を丸くするの腕を離して座り込む。
「同じことをやってみな。今ならできんだろ」
「う、うん」
狐につままれたような気持ちになるが、確かに先ほどの政宗が支えてくれていた態勢は身体が覚えている。最初からもう一度、できるだけ先ほどの感覚を思い出して舞い終わると、政宗の隻眼が嬉しそうな笑みを浮かべた。
「Very good」
「え・・・・・・」
「悪くねぇ。だろ?小十郎」
「は、これでしたら」
「ホントに!?」
「ああ。最初はどうなることかと思ったが、今のは良かった」
普段からお世辞など言わない小十郎の言葉に飛び上がる。その喜びように二人を見比べて政宗はち、と舌打ちを漏らす。明らかに小十郎との二人に通じるものがあるようで、自分だけが置いていかれたようで面白くない。教えたのは自分だというのに。
「政宗さん!!」
「Ah?」
「ありがとう!やっぱり政宗さんはすごいね」
「Ha・・・・・・・ま、そういうことにしておいてやる」
満面の笑みを浮かべるに政宗は軽く肩をすくめて告げると、小十郎がくす、と自分の気持ちなどわかりきっているというように笑みを漏らす。何だよ、と睨みつけるが、他の者ならともかく彼にそんなことなど通じるわけもなく、「いえ」と生真面目に告げながら微笑む小十郎に政宗はもう一度舌打ちしてそっぽを向いた。