「だって舞だけだって言ってたじゃない!」
「You fool。んなわけあるか」
「で、でも覚えられない・・・・デス・・・・・」
「Ah?」
翌日。ようやく舞が合格レベルになったと喜んでいたが安心したのも束の間。出陣の儀式の練習をするから、と言われて政宗についていってからの言葉である。
「『竜の巫女』のハッタリかますためには舞だけじゃダメだ。俺に向かって託宣しろ」
「む、無理・・・・・!」
「テメェ・・・・・・・」
「無理ったら無理!!これ以上覚えたら覚えたこと全部忘れてしまいそう」
「やれ」
「ちょっ・・・・・痛・・・・・」
ぐい、と猫のように襟元をつかまれてぽい、と政宗の目の前に転がされる。人間というよりも動物に対する扱いに怒鳴り返そうかとするを見下ろして政宗が仁王立ちになっていた。け、蹴られるかも・・・・とおそるおそる見上げると、政宗はち、と舌打ちをして控えている修験者を呼びつけてなにやら相談を始めるのが見える。
「ま、政宗さんの鬼・・・・・・・」
というのも、政宗に対して「あなたが勝ちます」といえばいいだけではなく、修験者がやっている祈祷を丸々やらされそうになったのだ。にとっては日本語に聞こえない呪文を唱えているとしか思えない彼らと同じことをやれ、と言われて「はいわかりました」といえるほど器用ではない。
「」
背を向けた政宗の代わりに小十郎が差し出してくれる手を握って立ち上がる。泣きそうになっているに小十郎は渋面を浮かべたままだ。
「本当にできねぇか?」
ちら、と政宗に視線をやりながらこちらを見ることなく問うた小十郎にはひとつため息をついて頭ひとつ以上大きな彼を見上げて言った。
「私の舞がどれだけ時間がかかったのかわかってて小十郎さんまでそう言う?」
「───────────悪ぃ」
「・・・・・・・・それもそれで傷つくんですけど」
そういわれるだろうとは思っていたが、そこまで即答しなくても、と肩を落としたの頭に小十郎の大きな手が乗せられる。
「頑張ってるのは認めてやる」
「・・・・・・・・・政宗さんと同じことを言うんだね」
「そうか?」
「うん」
なでられる感触が悪くないと思い始めたのはいつごろだろう。最初はいくらなんでもいい年の自分に、と思っていたが、自分の年齢を知っていても小十郎はこうやってなでてくることもある。それが妙に心地良くて、は小十郎にこうされると何故かほんわかと心があったかくなった。
そして政宗は話をしている修験者たちともめているらしい、と思いながらちら、と見上げる。
「で・・・・・出陣って小十郎さんも行くの?」
「ああ」
「そう、なんだ」
「心配するな。お前は留守番だ」
頭に乗せられたままの手が軽く叩いて離れてゆく。
「え・・・・・・・・?」
「愛姫さまと待ってろ」
「う、うん」
「戦場に女を連れて行くわけにはいかねぇ」
「あ、そう・・・・だよね」
「それに、お前は人が死ぬのを見たことあるか?」
「・・・・・・・・ううん」
小十郎の視線にゆっくりと頭を振った。正直『戦』と言われてもピンとこない。にとっては戦争はどこか海の向こうの国で行われるものであり、お年寄りの戦争体験として人づてに聞くものだった。それに『死』もにとってはそれほど身近なものではない。会社の付き合いで葬式に参列したことなどはあるが、それだけだ。人が死んでゆくということも日常で考えたことはほとんどなかった。自分が死にたいと思ったことはあるけれど。
だが、それ以上に今のにショックだったのは小十郎が当然のように自分を置いていく、と言ったことだった。ここに来てそれほど経っていないのに彼らと離れるのはさびしいと思う自分の心に驚いた。今までどんなに忙しくても政宗は政務の間に自分をからかいに来たり、小十郎が声をかけてくれたりしてくれていたのはわかっていた。だから今回は連れていってくれるものだと思っていた自分が恥ずかしい。ここの戦というものを知らない自分がついていけば迷惑になることなど最初からわかっていたことなのに。
「そんな女が戦場にいるだけで足手まといだ」
そのの沈黙に追い討ちをかけるような小十郎の厳しい言葉には逆にちょっと笑う。彼は必要ではない嘘はつかない。厳しくてそして優しい。
「・・・・・・・うん。そうだね」
「何だ?」
「ううん。やっぱり小十郎さんって優しい」
「んな訳ねぇだろ。テメェがもうちっと使えたらさっさと託宣をやらせてる」
「ぐ・・・・・ぶ、不器用で良かったかも・・・・・・」
そして少しだけにやりと笑った顔が政宗と重なる。意地悪なところは主従そろってなのか、と疑いたくなるが、綱元は優しいからきっとこの二人だけだろう。
「」
「は、はい?」
そんなことを考えていると、くい、と政宗が指先で自分を呼ぶ。嫌な予感がしながらも近寄ると、政宗は舞いの最後の部分をやってみろ、と告げる。それに従って舞うと、政宗は少し考えてもう一度、と言った。但し、最後は自分を指差せ、と命じて。言われるままに舞ってみせると、また考えての腕を持って修正する。それを何度か繰り返すと、政宗は修験者たちに視線をやる。慌てて頷く彼らに政宗も頷いて、ひら、と手を振った。
「それでやれ」
「あ、は、はい・・・・・・」
「政宗さま?」
「小十郎。練り直しだ。Come on。それと綱元を呼べ」
「は。重臣方はいかが致しましょう?」
「後だ。おい!」
「は、はい───────────」
「いいな、舞のLast、俺を指すことを忘れんな」
「はい」
もう一度念を押して小十郎を従えて去った政宗を見送って、はほぅ、と大きなため息をついたのだった。
その日の夜。かなり遅くなっても政宗たちは姿を現さなかった。いつも彼らとわいわいと取る夕食も打ち合わせをしているから、といって愛姫と一緒に食べるように、と言われ、愛姫の部屋に移って食事をする。愛姫と一緒に食事をしたのは始めてだったが、さすが姫、と感心するほどの作法を見せ付けられて自己嫌悪に陥りそうになる。可愛くて女らしく優しい。こんな可愛い女性があの政宗の近くにいて大丈夫なんだろうか、と人事ながら心配になってくる。そして食事が終わって愛姫にねだられて翌日の舞を披露すると、今度ばかりは愛姫はとても素敵だと太鼓判を押してくれた。それに気を良くしたと愛姫はしばらく話をしていたが、やがて喜多がそっと耳打ちしてきた。曰く、「本日殿が愛姫さまのところにいらっしゃいますので、そろそろお部屋にお戻りください」と。その言葉には慌てて立ち上がって八重に送られて自室に戻る。
「八重さん、すみません」
「いえ。これも私の務めですので。それよりさま」
「は、はい?」
「お顔が真っ赤でございますよ」
くす、と笑う八重には慌てて頬に手を当てた。
「も、もう!八重さん!!」
「いいえ、さまがあまりにもお可愛いらしくて」
笑う八重を睨んでぺたんと座り込む。夫婦であるのだから当然夜のことがあって当然なのに、喜多に言われるまで想像すらできなかった。あの瞬間、幸せそうな笑みを浮かべた愛姫と政宗の姿を思い浮かべてしまった自分が悪いのだが。
「殿はいつもご出陣の前夜は愛姫さまと過ごされます」
「そ、そうなんだ」
「ええ」
にこりと笑う八重が着々と就寝の用意をしていくのを眺めながらは頬を押さえながらぼうっと外を眺める。
「お似合い、だなぁ」
「まぁ、殿と愛姫さまがですか?」
「あ、うん。政宗さんってあのセクハラがなければいい人なんだけど」
「まぁ───────────。殿は私たちにとても人気がありますのに」
「そ、そうなんだ」
「ええ。とても凛々しくていらっしゃいますし、私たちにはとてもお優しいんですよ」
「ふーん・・・・・・」
正直女中たちに優しい政宗など思いつかなかったのだが、八重がそう言うんだからそうなんだろう、と結論付けて適当に相槌を打つ。そのときだった。「失礼」と声がして小十郎が姿を見せたのは。
「あ、小十郎さん」
「いたか。、政宗さまがお呼びだ」
「私?」
「ああ。来れるか?」
「うん。じゃ、八重さんすみません」
「行ってらっしゃいませ」
にこりと笑って送り出す八重に手を振って小十郎の後について廊下を歩く。ほてほてという小さな足音だけが響くのに小十郎がちら、とこちらを見下ろした。
「休むところだったか?」
「あ、ううん。ちょっと八重さんと話をしていただけだから」
「そうか」
「それで、私に何か用?」
「ああ。明日の件だ。最終的な内容がまとまったのでな。お前にも覚えてもらいたい」
「・・・・・・・・・・・・・」
「心配するな。段取りを覚えてくれればいい」
「う、うん。頑張ります」
心配するな、と言われてもとごにょと口中で呟いて広間へと向かう。とりあえずできることをやるしかないのだろうが、いよいよ明日だと思うと緊張してしまう。の今までの人生、目立つことは極力避けてきたのだ。クラスの発表会でさえ、一番端っこを目指していた自分が皆の前で舞を舞うと考えただけでも身がすくむ。
「失礼します。連れてまいりました」
そんなことを考えている間に広間にたどり着いてしまっていた。膝をつく小十郎に倣って慌てて座り込む。すっとふすまを開けると、そこには大森城に戻っていたはずの成実の姿があって、はぽかんと口を開けた。
「成実さんも来られてたんですか?」
「ああ。明日は出陣だ。殿の従兄弟たる俺が来ないでどうする」
ちら、と向けられた視線と態度で今の成実は『お仕事モード』だと理解する。それならばあまり近寄るのをやめよう、と心に決めて、政宗に指された場所に腰を下ろす。政宗と成実の前には酒が置いてあり、二人はのんびりと楽しんでいるように見えた。小十郎が頭を下げて末席に座ると、すぐに女中たちが小十郎の席にも酒を運んでくる。対してのすぐ側の席の綱元の盃はほとんど干していないように見えた。
「綱元、説明してやんな」
「は───────────」
政宗と成実が酒を酌み交わしながら綱元に命じ、綱元は大まかな流れをに説明してくれた。
「つまり、修験者さんたちの後で舞えばいいわけですね?」
「ああ。合図はこちらで出すから心配しないでいいよ。但し、今日殿に言われたことは必ず守るように」
「はい。ええと、最後に政宗さんを指せばいいんですよね?」
「All right。しくじんなよ」
「ど、努力します」
酒を飲みながらじろ、と見やる政宗に思わず頭を下げる。本当にそれしかいえない自分が情けない。だが精一杯のことはやるつもりだから、と慌てて付け足したに政宗はにや、と笑ってみせる。そして盃を置くとおもむろに立ち上がる。
「さて、そろそろ俺は休むぜ」
「は───────────」
「お休みなさいませ」
「綱元、お前ももういい、屋敷に戻って休め」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
唐突な言葉に目を丸くするを置いて本当にさっさと休んでしまった政宗を見送って綱元も立ち上がる。
「では私も休ませていただきます」
「ああ」
「お休みなさいませ」
そうして、成実、小十郎と三人で取り残されたは、ちら、と二人を見やってどうやってここから逃げ出そうか、と算段を始めた。はっきり言って二人の間の険悪な雰囲気に身がすくみそうなのだ。
「成実さまもそろそろお休みになられてはいかがでしょうか」
「お前に言われる筋合いはない。第一、お前こそ早く下がって出陣前の別れを済ます家族ぐらい作ったらどうだ?」
「この小十郎は無作法者なれば」
「左門は、どうしている?」
「───────────は」
「は、ではわからん」
「寺に、預けております故」
「会いには行ってやらないのか?」
「あれも武門の嗜みは存じております」
「冷たい父親だな」
始まった、と首をすくませるをよそに舌戦を始める二人にそろそろと後ろに下がって様子を見る。だが最後の成実の言葉に思わず顔を上げる。
「は!?父親!?小十郎さんが!?」
「テメェは黙ってろ」
「は、ハイ・・・・・・」
だが、それ以上に冷たい視線と態度で小十郎に睨まれてうつむいた。本気で殺されるかと思うほどの殺気に身がすくむ。何も言うな、との無言の圧力に膝を抱えるのを、成実はにや、と口の端を上げる。その獰猛な笑みは政宗にそっくりだ、と思いながらもは何も言わずに二人を見つめるだけだ。
「いつまで寺に預けるつもりだ?」
「わかりませぬ」
「景綱、あれから何年になる?」
「───────────」
「いつまでお前は」
「成実さま。もう夜も遅うございます。とて明日の準備がございます。この小十郎も政務が残っておりますので、これにて失礼」
成実には何も言わせず一礼して立ち上がると、小十郎は有無を言わせずの腕をぐいとつかんで歩き出す。痛い、と抗議の声を上げるのも忘れて引きずられるままに歩き出したには、小十郎の背がすべてを拒絶しているように見えて何もいえなかった。