翌日は雲ひとつない晴天に恵まれた。出陣の下知を受けた各地に散らばる家臣たちが兵士たちを連れて米沢城に集まってくる。その数およそ5千人。無論米沢城だけでは収容しきれないので、近くに陣を張り野宿する者たちもいる。そして巫女装束に着替えさせられたは、興味本位でちら、と外を見て目いっぱい後悔した。人、人、人の大洪水。新宿や渋谷なんかメじゃないほどの人間が押すな押すなと集まってきている。

「ね、ねぇ・・・・・・一体どのくらいの人が来てるの?」
「Ah?さぁな」
「恐らく2千あたりだろう」
「に、2千人!?」

愛姫に手伝わせて甲冑を着込んでいた政宗が小十郎に視線をやる。その視線に頷いて答えた小十郎が素っ頓狂な声を上げるをちら、と見やる。だがは小十郎の視線にも答える余裕がなく、また外を見て落ち着かない様子できょろきょろとせわしなく視線を動かした。今の小十郎はいつもの軽装ではなく、こちらも甲冑を身につけ、陣羽織をつけ、右腰には二本の刀を差した勇ましい姿で、思わずは見とれそうになった。聞けば小十郎の甲冑の下はいつ死んでもいいとの覚悟を表す左前で着物を着付けてきているらしい。それを聞いて小十郎らしい、と思わず感心してしまった。当初は昨日のことを聞こうかと思っていたのだが、政宗の側に控えている彼はいつもどおりの鉄面皮で、とてもではないけどそんな雰囲気ではない。あの人数を見てしまってはそんな疑問は頭から吹っ飛んでしまった。どうしよう、ときょろきょろとする彼女にやってきた綱元がにこりと笑う。

「おや、は緊張しているのか?」
「つ、綱元さん・・・・・・って、あれ?綱元さんは鎧は着ないの?」
「私は留守番だよ。戦は戦場だけで行うものではないから」
「それって・・・・・・」
「補給路を確保しなければならないし、軍勢が出払った後のもぬけの殻の城を襲おうとする輩がいる可能性もある。そのためにも留守番が必要なんだよ。何せ殿は稀に見る戦好きでいらっしゃるからね」
「Shut up。綱元、俺に喧嘩売ってんのか?」
「いえ。事実を申し上げたまでですが」

じろ、と睨む政宗に綱元は軽く笑って政宗の前に座り、手をついた。

「殿、整いましてございます」
「Okey。愛、行ってくる」
「はい。無事のお戻りをお待ちしております」
、行くぞ」
「う・・・・・・・・ぅぅ」

その報告にちょうど甲冑を着終わった政宗が愛姫の手に唇を落として軽く抱きしめてからを促したがは落ちつかない様子で頭を抱える。

さま、大丈夫ですわ。昨日見せていただいた舞はとてもお綺麗でした」
「め、愛姫ぇ・・・・・」
「おい、行くぞ。失敗したらわかってんだろうな?」

そっと手を握ってくれる愛姫の優しさにうる、としながらも、容赦のない政宗に追い立てられる。そして最後の言葉は愛姫には聞こえないように告げて、思わず背を伸ばすの頬をむに、と摘み上げる。

「ま、まひゃむねひゃん、い、いひゃい!」
「Ha!いい顔だ」

突然つねられたが目を丸くして抗議するのを笑い飛ばす。ひとしきり笑ってから離してやると、は政宗の馬鹿力でつねられた頬に手を当てながら睨みつける。

「ひ、ひどい・・・・・・」
「Ah?何か言ったか?」
「い、いえ、何でもアリマセン」

じろ、と睨まれて首をすくませる。そして連れて行かれた場所はだだっ広い大広間だった。そこから広大な庭が広がっており、いつもなら景色を楽しめるはずだが今日はびっしりと兵士たちが政宗の姿を一目見ようとわんさと押し寄せている。彼らにとって政宗はカリスマであり、たった一人の奥州筆頭なのだ。広間にも武装した家臣たちが座って政宗の入来を待っていた。成実も甲冑姿でその中にいる。そして右に小十郎、左に綱元を従えた政宗が上座に座り、は政宗の隣に腰を下ろす。小十郎は入り口にごく近いところに腰を下ろし、綱元は政宗の近く、成実は政宗のすぐ目の前だ。

「あ、そっか・・・・・・」

小十郎は涼しい顔をしていたが、彼に言い含められていたことが頭をよぎる。彼自身の身分は決して高いものではない。ただ政宗の信頼だけによって右目として側にあるだけだ、と。だから今日は側にいてやれないが、頑張れ。そう励ましてくれた彼にはごく、とつばを飲み込んだ。多分一番政宗の近くに来たいであろう小十郎が末席に座り、ただ落ちてきた自分が政宗の隣にいる。その理不尽さにちら、と当の政宗を見上げれば、彼は重臣たちの一礼を受けて鷹揚に頷くと、綱元が手を鳴らす。その音に女中たちが酒を運んでくる。それぞれに配り終えると、政宗の音頭で乾杯をし、口をつけた盃を地面に叩きつける。これは出陣前の作法、と予め聞いていなければ悲鳴を上げていたかもしれないが、黙って座っていると、政宗は不意に立ち上がって庭先へ歩き出す。そして大音声で集まった兵士たちに告げた。

「Are you Ready Guys?」
「「「「「「Yeah!!」」」」」」

政宗の声に答えるように波のように声がうねり、は音の圧力というものを思い知らされる。どっと一気に押し寄せる声に思わず目を閉じるが、政宗はその声を気持ちよさそうに浴びて腕を振り上げた。

「All right!テメェら、覚悟はできてんな!?」
「「「「「「Yeah!!」」」」」」
「Okey。今日はちっと趣向を変える。実は俺の元に面白ぇモンが落ちてきやがった。お披露目、と行きてぇがその前に俺たちの戦勝の祈祷をさせる。テメェらもしっかり祈っとけよ!」
「「「「「「筆頭!!筆頭!!」」」」」」

兵士たちが政宗を称える声を上げる中、修験者が出てきて祈祷を始める。政宗自身はそれほど信仰が厚いわけではないが、彼らが祈れば勝てると思っている兵士たちも少なくない。だからいつも戦場に出る前にはこうやって修験者に祈らせる。とはいえ、負けるときは負けるのだが。そして彼らの声が途切れた瞬間、は綱元に促されて立ち上がると、その場に集まった約二千人の視線がに集中する。

「大丈夫」
「───────────うん」

綱元が小さく励まして肩を叩いてくれた。そして、舞を舞う。何も考えない。政宗に教えてもらった通りゆっくり、自分にできることをするのだ。そして舞が終わった瞬間、今まで晴天だった空が急に雲に覆われ、ざぁっとスコールのような雨が落ち、雷鳴が轟いた。もうすぐ終わる、と緊張感を保っていたときだったからだろうが、悲鳴を上げなかったのは上出来だった。

「It's great・・・・・」

雨に濡れながら無言のまま呆然とを見つめる兵士たちと同じように、を見つめたままの政宗が小さく呟いた。ここまでは予測していなかった。彼女を拾ってきたのは偶然だったのかもしれない。だがこのとき、政宗のを見る瞳が今までとは違うものだと自覚した。『運命』という言葉は嫌いだった。自分の右目を失うのも、家族を失うのも、『万海上人の生まれ変わり』である自分の『運命』だと周りの人間は言った。自分の手で切り開いたものではない『運命』などくそくらえ、と思っていた。だが、今彼女が自分の掌中にあることに、生まれて初めて『運命』だと思った。

「『竜の巫女』さまの加護は政宗さまにあり!天も政宗さまに味方している!!テメェら、気ぃ抜くんじゃねぇぜ!!」

そしてしんと静まり返る兵士たちに小十郎が立ち上がって拳を突き上げる。突然のスコールや雷鳴に驚いたのは小十郎も同じである。だが軍師を務める彼にとって軍の士気の高揚が戦にどれだけのものをもたらしてくれるかはよくわかっていた。軍師としてはこんな千載一遇の好機を見逃すはずもない。その声に従うように兵士たちのを見る視線が畏敬に変わる。

「『竜の巫女』さまぁっ!!筆頭っ!!勝てる・・・・俺たち、勝てるぞぉっ!!」

誰か一人がせきを切ったように小十郎に倣って拳を突き上げると、隣の男もそれに倣う。そしてその叫びは大きなうねりとなって米沢城を包み、やがて全兵士たちの元に『竜の巫女』の存在は知れ渡っていった。



 儀式が終了すると、政宗と小十郎、成実、綱元の4人とそれには奥へと戻る。そして儀式をそっと見守っていた愛姫が待っていたが、政宗は愛姫を下がらせてどっかと座る。


「はい?」
「お前、何者だ?」

低く告げる政宗には首をかしげる。あまりにも漠然とした内容に答えられるはずもない。

「政宗さん?」
「俺に隠していることがないか?」
「・・・・・・・・・・・政宗さんは何が聞きたいの?」
「Ah?」
「ごめん、質問の意味がわからないの。隠してることって、何について?」
「何、だと?」
「うん。ええと・・・・・突然雨が降ったのは私もびっくりしたけど、政宗さんは私が雨を降らせたって本気で思ってる?」

めったに見ることのない政宗の真剣な表情にはじっと彼の隻眼を見つめる。きっとそれが知りたいのだろうとはわかっていたが、だって何故あんなことが起こったのか、などと説明もできないし、もう一度やれといわれてもはっきり言って無理だ。

「俺は運命なんて信じねぇ」
「はぁ・・・・・・・」
「だが、お前と会ったのは運命かもしれねぇ」
「は?はぁっ!?」

『運命』と告げる政宗に目を丸くする。いつだって自信たっぷりの彼らしくもない言葉に真剣な瞳。まっすぐに見つめられての心臓がどくん、と跳ねる。ああ、政宗さんってやっぱりカッコいいな、と思いながらも目が離せない。

、俺の側にいろ」
「え・・・・・・・?」
「殿、まさか」
「ああ。を連れていく」
「政宗さま!?」

綱元と小十郎が目を見張る。だが政宗は二人を視線だけで制しての腕をぐい、と引いた。

「こいつは、俺の『巫女』だ。You see?」
「え、ちょっ・・・・・政宗さん!?」
「今からこいつは俺の預かりとする。異論は認めねぇ」
「しかしながら───────────」

政宗の爆弾発言に綱元が反対しようとするのを成実が制した。そしてにや、と政宗とどこか似た笑みを浮かべて告げる。

「わかった。『竜の巫女』は俺が守ろう」
「Ha、成Coolじゃねぇか」
「景綱もいいな」
「は、異論はございません。『巫女』殿が政宗さまのお側におられましたら否が応でも士気が高まりましょう。政宗さまの軍師として申し上げますと、成実さまが『巫女』のお側でお守りいただければ万全と申すもの」
「小十郎さんまで何を・・・!昨日まで足手まといって・・・・・!」
「今のお前は『竜の巫女』だ。昨日までのただの女とは訳が違う。兵たちにあれほどの人望を植えつけられては連れていかねぇ方が支障が出る」
「そういうこった。、心配するな。俺たちが守る」

じっと見つめてくる政宗がの身体を抱きしめる。今までのセクハラまがいの抱きしめ方ではなく、まるで愛しい女性を抱くような優しい抱擁には何も言えなかった。まして政宗のぬくもりが嬉しいなどと口に出せるはずもなく、『守る』と約束してくれた政宗にこくんと頷いて身を預けた。



<Back>     <Next>