本来なら留守番要員だったため、が出陣する用意などしてあるはずもなかった。政宗の爆弾発言に喜多と八重が二人で慌てて着替えなどを用意して、付きの女中である八重も外出の用意を整える。だが政宗は八重の同行は頑として認めなかった。身の回りの世話など自分でできる、とちら、とが言ったのをそのまま八重に伝え、米沢城で待つように告げたのだ。不服そうな八重にはごめんなさい、と手を合わせて、せかされるままに城の入り口へと向かう。
そこでは御大将の出陣を今か今かと待ち構えた将兵たちがいた。武装した政宗がを伴って姿を見せた瞬間、その場に歓声が沸きあがる。それに答えながら騎乗した政宗はに手を伸ばす。
「」
名を呼ばれて手を差し出されたのはいいが、当の本人はその馬を見た瞬間、固まってしまっていた。真っ黒な馬だった。毛並みはつややかで隣で主の騎乗を待っている小十郎の馬とは比べ物にならないほどいい馬であろう、というのは素人の自分ですらわかる。だが、馬の顔の横ににょきりと生えたまるでバイクのハンドルのようなものは一体何だろう。鐙は一応あるが、政宗は軽く足をかけているだけでちゃんと乗っているようには見えない。それよりも───────────他の人間が持っている手綱が見当たらないのは気のせいなのか。
「おい、ぐずぐずすんな!」
「で、でも・・・・・・・・」
「ったく、世話の焼ける」
「きゃぁっ!?」
見れば小十郎もすでに騎乗を終えており、最後は自分のようだった。迷うの腰にぐい、と政宗の手が伸ばされたかと思うと、一気に引き上げられる。片腕だというのにの身体を支えてびくともしない。腰だけを馬の背に乗せて両足がぶらぶらする感覚に思わず政宗の腰にしがみつく形になる。
「ちょっ・・・・政宗さん!?」
「しっかりつかまってろ!」
「って、どこに!?」
「俺にに決まってんだろ?」
「えぇぇぇっ!?」
「そのままでいい!テメェら、乗り遅れんなよ!Let's Party!」
「「「「「「Yeah!!」」」」」」
「ちょ、ちょっと待ってぇぇぇぇっ!!」
政宗の声に一斉に声が上がる。そしていきなりかかる重力で政宗の胸に身体が押し付けられる。そのの腰を軽く支えて政宗はあろうことか片手を上げてみせる。手綱さえ持たずに完全に足だけで馬を走らせる政宗にの悲鳴が重なった。
「し、死ぬかも・・・・・・・」
ふらふらと木の根元に座り込んだに小十郎が苦笑しながら水筒を差し出してきた。ちょうど良い川の近くで休憩、と告げた小十郎の言葉に頷いた政宗はを下ろして川へと馬を走らせていった。一人取り残されたに気を使ってくれたのだろうとわかる彼にお礼を言って一気にその中身を飲み干す。馬に乗ること数時間。今までのの人生の中で馬があんな風に跳躍したり、走ったりするなど初めての経験だった。深い谷を平気で飛び越え、脱落してゆく兵士たちに対してはあっけらかんと「後でこい」と告げる政宗に角が生えているんじゃないかと錯覚する羽目になった。
「あ、あの谷を越えたときは、ホントにダメかと思った」
どっからどう見ても五メートルは離れている向こう岸に向かって跳躍したときは、本当に死ぬかと思った。深さはどこからどうみてもの勤めていた10階建てのビルよりも深かった。それを本当に楽しそうに越えてゆく政宗にいっそ気を失った方が楽なんじゃ、と思ったものだ。
「う、馬って・・・・・あんな風になるもんなの・・・・・・」
「まぁ、政宗さまだからな」
飲み物をもらってようやく一息ついたが呆れて小十郎を見上げると、彼は苦笑しただけだった。
「って言いながら、小十郎さんってちゃんとついてきてますよね」
あんな無茶な乗り方をしているのだ。脱落している兵士たちは数十では利かない。通常行軍というものはもう少し地味にやるものだと思っていただけに、あれだけ派手な乗り方をしていてもいいのだろうか。
「俺はあの方の無茶には慣れているからな」
「く、苦労しますね・・・・・・」
思わずついたため息に小十郎は笑っての手から水筒を受け取って中身がなくなっていることを確認すると、ち、と舌打ちを漏らした。
「あ、すみません」
「いい。注いでくる」
「あの・・・・・・!」
「何だ?」
「小十郎さん、ありがとう」
「・・・・・・・ああ」
そういって馬を連れてさっさと川へ向かう小十郎の背中に声をかけて、は呆然と空を見上げる。何でこんなことになってるのかなぁと思いながらも、留守番をしているよりも嬉しいと思う自分にびっくりする。こんな積極的な考え方など、今までしたこともなかったのに。
「Hey、kitty、無事か?」
小十郎と入れ替わるように政宗がやってきてこちらも水を補給してきたのだろう。うまそうに飲んでから、ぺたんと座り込んだままのの頬に水筒を当ててくる。
「ひやぁっ!」
「ったく、相変わらず色気がねぇなぁ」
「な、なくて悪かったですね」
「飲めよ」
思わず悲鳴を上げたに笑いながら小十郎と同じように水筒を差し出されて、は小さくかぶりを振った。
「ありがとう。でもさっき小十郎さんからもらったから」
「Ah?小十郎が?」
「うん。心配してくれたみたい」
「Ham・・・・・・・・・」
ちら、と政宗は小十郎が去っていった先に視線をやってから、が座り込んでいる木にとん、と手をついた。
「」
「何?」
「この態勢もダメか?」
「え・・・・・?」
「今俺はお前を見下ろしてる」
「い、言われたらそう意識してしまうんですけど・・・・・・」
視線を上げれば政宗の見下ろしてくる瞳がじっとこちらを捉えていて、見上げる首が痛い。の目の高さにちょうど政宗の差している六本の刀がある。怖いか、と聞かれれば怖い、と答えるが、彼の真剣な瞳にふる、と身体を震わせる。
「だったら、これは?」
「え───────────?」
かがみこんだ政宗の瞳がごく近くにあって、とん、との顔の横に手をつきながら逆の手でぐい、と顎をつかまれる。
「ちょっ・・・・政宗さん?」
「怖いか?」
政宗の真剣な瞳で見つめられて、どくん、どくん、と急に心臓が早鐘を打つ。キス、されるかも、というぐらい近くにある彼の端正な顔は何の表情も浮かべていない。心臓の音も政宗に聞かれているんじゃないかと思うぐらいに大きく響くのが恥ずかしい。どうしよう、と視線を泳がせようにも政宗の瞳は自分をじっと見つめて離そうとしない。
「こ、怖い・・・・・よ・・・・・」
「・・・・・All right」
ごくん、と唾を飲み込んで小さく呟くと、政宗はからすっと身をひいた。いつもならからかってくる彼の真剣な態度にバクバクと音を立てる心臓をなだめて大きく息を吐く。だから政宗の顔は凶器になるんだ、と思いながら火照った頬に手を当てて落ち着かせようとするが、政宗はそんなににやりと笑って言った。
「顔、真っ赤だぜ。俺に惚れたか?」
「───────────っ!?政宗さんの意地悪!!」
からかわれた!と睨みつけるにククと笑って政宗が少し離れたところに腰を下ろす。
「で?小十郎と何の話をしていた?」
「別に。馬ってあんな風に走るんだって言ったら笑われちゃった」
「そうか」
「うん」
「だが俺に馬術を教えたのはアイツだぜ」
「え!?」
「小十郎が俺の守役だったってのは聞いただろ?」
「うん」
「アイツ、俺に対しても容赦なくてな、綱元なんかは俺と相撲をとってもわざと負けたりしてたのに、アイツだけは一度も勝たせてくれなかった」
「そう、なんだ」
どこか懐かしむ視線になる政宗の表情がふっと柔らかくなる。これが恐らく本来の彼の姿なのだろうとは思うが、はそんな政宗の横顔に微笑んだ。政宗の表情の中でこの優しい表情を向けられる小十郎との絆が少しうらやましい。
「ねぇ政宗さん」
「Ah?」
「小十郎さんって、結婚してないの?」
「───────────ああ」
「じゃあ左門って、誰?」
「お前!?それをどこで・・・・・」
「成実さんが言ってた。小十郎さんのこと父親だって言ってた。でも」
の言葉に目を剥いた政宗が慌てて彼女の言葉を手でさえぎった。見れば小十郎がこちらに戻ってきているところだった。
「」
「何?」
「約束しろ」
「え・・・・・・・?」
「この戦が終わったらちゃんと話をしてやる。それまでそのことは忘れろ」
「え・・・・・?う、うん。わかった」
訳がわからないながらも、真剣な政宗の表情に頷いたに、ほっとした表情になる政宗に、小十郎はの後ろから声をかけた。
「政宗さま。にまた無体なことをなさっているわけではございますまいな?」
「こ、小十郎さん!?」
いきなり低音が背後から響くのに、何もしていないのに思わず首をすくめる。小十郎の低音は時に破壊力抜群の兵器になる。それも超弩級の低音にはおそるおそる振り返る。
「見りゃわかんだろ。してねぇよ。な、?」
「う、うん。今は・・・・・」
「『今は』ですと?」
ぴく、と小十郎のこめかみが動くのを政宗が慌てて手を振った。
「し、してねぇって!!」
「ならよろしい。もうすぐ戦場に到着いたします。それを総大将が女子と睦んでいた、などと噂が出ればどれほど影響するか、お分かりですな?」
「わかってるよ。だからしてねぇって。少しは主を信用しろ」
「それは失礼しました」
慇懃に頭を下げる小十郎に政宗は小さく舌を出して「機嫌悪すぎだろ」と呟くのが耳に届いてが思わず噴出した。どちらが主従かわからないやり取りは信頼があるからこそで、笑うに小十郎はじろりと睨みつける。
「、テメェも心しておけ。ここから先へは戦場だ。何があっても補償はできねぇ。ましてお前は女だ。どんな間違いがあるかわからねぇ。出来るだけ俺と政宗さまの目の届くところにいろ。いいな?」
「は、はい」
頷いたに小十郎はひとつ頷いて政宗にもう少し先への進軍を進言し、政宗もそれを了承した。順次休憩が終わったものから出立させ、今日は戦場近くに陣を張って様子を見ると告げて、小十郎はその下知を告げるために立ち上がる。どこかピリピリした小十郎の背に首をすくめたままのがため息をついた政宗をちら、と見やる。
「ったく、アイツ、何を怒ってんだよ」
「さ、さぁ・・・・・・・・。でも小十郎さんって忙しいんですよね?」
「Ah?軍師なんだから当然だろ」
「軍師って、あの計画っていうか、戦争をどうやってやるかって決める人ですよね?」
にとって「軍師」といえば、この間映画でやっていた「三国志」の軍師の姿が思い浮かぶ。そう告げるに政宗はすっと瞳を細くした。
「何でそう思う?」
「えっと・・・・・・なんとなく・・・・・・」
「・・・・・戦をどうするかは筆頭たる俺が決める。小十郎の役割は俺をどうやって勝たせるかを考えることだ」
「勝たせる・・・・・・・?」
「ああ。小十郎の策に沿って伊達軍は動く。それを勝たせるのがアイツの役目だ」
その言葉にの瞳は小十郎の背中を追いかけた。小十郎の双肩に伊達軍全てがかかっているとは思わなかった。だから「勝たなければならない」と告げる政宗の言葉に心臓が音を立てる。小十郎が担うものの大きさに一瞬息が止まる。今までが見てきた兵士たち全ての命が小十郎の肩にかかっているのだ。
「でも・・・・人が死ぬんだよね・・・・・・」
「当たり前だ。それが戦だ」
厳しい言葉にはっとする。出陣してもまだは実感がわかなかったが、ここに来て突きつけられた現実にめまいがする。
「さて、そろそろ行くか」
「・・・・・・・うん」
「?」
「ううん。戦争って、やっぱり現実なんだね」
「ああ。お前は俺の『竜の巫女』だ。しっかりしろ」
「うん」
ぐしゃ、と頭をなでられて歩き出す政宗の背を追って歩き出す。騎乗して手を伸ばしてくる政宗の腕につかまりながら、は突きつけられた現実にまだ覚悟を決められずにいた。そしてそんな自分を心底情けないと自己嫌悪にうつむいたのだった。