「う・・・・・・・」
身体が痛い、頬が痛い、そして瞳が───────────。そう考えた瞬間飛び起きる。そして自分の手で右目をまぶたの上からなぞって・・・・そこにあるべきはずの眼球がまだはまっていることを確認してから大きく息を吐き出した。
「Ah?やっとお目覚めか?」
「───────────っ!?政宗さんっ!?」
「ああ」
ごく近くから響く声にはびくんと身体をすくませた。その反応に一瞬目を丸くした政宗が差し出した手をパン、と払いのける。
「・・・・・・・・や、やめ・・・・・こないで・・・・・・!!」
「Ah?」
「こないでぇっ!!」
「Damn it!小十郎のヤツ、やりすぎだってんだ」
そしてそのままずるずると後ろに逃げ出そうとする彼女に政宗がひとりごちる。小十郎の名が出た瞬間、びくりと反応するに政宗はもう一度手を伸ばした。ただし、今度は彼女の前で握手を求めるように。
「落ち着けよ。今は俺しかいない。俺だけなら怖くねぇだろ?」
ゆっくりとあやすような口調で告げる政宗をちら、と見てから、小さく頷いて差し出された手を眺める。その猫のような仕草と、「怖くない」と頷かれたことにぴくりと頬が引きつるが、政宗はその手をゆっくりとの右目の前へ持ち上げて人差し指を立ててゆっくりと左右に揺らした。
「見えるだろ?お前はどこも何ともない」
「ぅ・・・・・・・」
「ほら、右の目も左も、ちゃんとあるだろ。だから少し落ち着け」
「ま、政宗さ・・・・・・」
「おい、頼むから泣くなよ。怖がらせて悪かった。アイツにはちゃんと言っとく」
「う・・・・・・うん・・・・・」
そして視線を下げた彼女の頬にそっと触れて肩を抱き寄せる。今回は抵抗せずにぽふり、と政宗の腕の中に落ち着いたの背中を軽くなでてやって、落ち着いたところで身体を離す。「泣くな」とは言ったがぐすぐすと鼻を鳴らすの涙を軽く指先で掬い取る。
「だが、お前も悪い」
「え・・・・・・・?」
「小十郎に何を言った?」
「別に、何も」
「何もなけりゃあいつだってあそこまでやらねぇよ。大体右目を抉り取るなんて普段のアイツなら絶対にやらねぇ」
「───────────別に、大したことは言ってないよ。ただ私はいらない人間だから」
「What?」
「だって小十郎さんにとっての私は政宗さんのための『巫女』っていう名前のモノだし、別にもうどうでもいいって言っただけだよ」
諦めたような口調の彼女に、政宗は思わず絶句した。そしてしばらく沈黙した政宗がはぁ、と息を吐き出した。
「」
「何?」
「お前、何がしたい?」
「・・・・・・・何って?」
「だからテメェがやりてぇことだ。別にここじゃなくていい。あっちでもやりてぇことはなかったのか?」
「・・・・・・・・別に。何もないよ」
「Ham・・・・・」
その言葉にまた沈黙する政宗に、そんなに変なことを言った覚えはないんだけど、と思いながら思わず膝を抱えると、彼は姿勢を変えてぽつりと口を開く。
「『誰にも愛されねぇ、必要とされねぇ、生きてる意味がわからねぇ、何もかも、どうでもいい』」
「え・・・・・・・・?」
普段の政宗とは正反対の言葉に、どくん、と心臓が音を立てる。抉り取られるような痛みに、ぎゅっと目を閉じる。
「『飯を食うのも惰性で食って、腹いっぱいになりゃ眠くなる。いつか死ぬ時までだらだらと過ごせばいい』」
「───────────やめて」
ぐさ、と言葉が胸に突き刺さる。まさにここに来る前の自分の姿だった。まるで見透かしたような言葉に感情が沸騰する。
「『近寄れば疎まれる。いっそ殴るとか蹴るとかすりゃいいのに、ただ遠くから見てるだけ───────────』」
「やめてよっ!!人の気持ち、代弁しないで!!」
とつとつと語る政宗の言葉に耳を塞いで絶叫する。見たくない、一番見たくない自分の心の底辺をいやおうなく突きつけられる。だから諦めている方が楽だから。何があっても期待しないでいられるから。そうしてきた自分の姿を突きつけられる痛みには頭を抱えてうずくまった。
「代弁なんかじゃねぇ」
「───────────え・・・・・・・?」
「まだこの右目があったときの、俺だ」
やはり、か。と思いながら政宗は苦笑しながら言葉を打ち切った。小十郎と喜多の二人が突きつけてくる現実から逃げていた自分とまったく同じリアクションをする彼女に、あの時の小十郎のため息の意味がようやくわかる。
「うそ・・・・・・」
「嘘じゃねぇ」
「嘘、だよ・・・・・」
「俺はアン時、何もしなかった。やりたいこともなかった。ただだらだらと流されていればそれで良かった」
「うん」
「だが、それは甘えてるだけだ」
「───────────」
じろ、と睨まれる感覚に口をつぐむ。そんなことは政宗にいわれなくてもわかっている。だが今はそんなことは聞きたくなかった。
「それが、悪いこと?」
「Ah?」
「私、そんなに強い人間じゃないもん」
「そうか・・・・・・・」
「───────────うん」
そんなの横顔を見やって、政宗はぐい、と彼女の顎に手をかける。の瞳を覗き込もうとすると、する、と視線をはずす彼女にすっと瞳を細くする。
「じゃあ何で俺の顔を見ない?」
「───────────」
「答えを教えてやろうか。お前はただ逃げてるだけだ。自分には出来ないから、強くないから、そんなモンを言い訳にして自分を甘やかせるために現実を見ようともしねぇ」
「やめ・・・・・・・・」
「でもテメェにはわかってるはずだ。自分が逃げてることも、やりたいことが見つからないのを言い訳にしてることも」
「やめてよっ!!いいじゃない!何が悪いの!?だって私が何もできないのは事実じゃない!どうしろっていうの!?やったってダメに決まってるんだもん。流される方がいい───────────」
政宗に突きつけられる言葉に耳をふさいで首を振る。聞きたくない、と頭を抱える彼女に、政宗はとん、との肩をついて背中から地面に落ちるを一転した冷酷な瞳で見下ろした。
「だったら、一生流されてろ」
「───────────」
「小十郎の言うとおり、流されんなら別に何をされてもいいって訳だろ?」
「え───────────?」
「お前をここでどうしようと、俺の勝手だな。小十郎!」
「は───────────」
あの時の小十郎の瞳と同じ色を浮かべた政宗の瞳がを貫いた。思わずびくりと身体を震わせるを視線だけで射抜いて側近を呼ぶと、すぐに声がして小十郎が陣に入ってくる。それを視線の端に捕らえて、政宗は小十郎に命令した。
「小十郎、を押さえてろ」
「かしこまりました」
「や・・・・・こ、小十郎さっ・・・・・」
ぐい、と腕をつかまれて頭上で戒められる。いや、という叫び声は小十郎の大きな手が顎にかかって消える。そして自分に覆いかぶさってくる彼の意図をようやく悟って逃げ出そうと身をもがく。
「ちょっ・・・・・政宗さっ・・・・・!?」
「だったら、俺に抱かせろよ。女が欲しくてたまらねぇんだ。別に誰でもいい」
「い・・や・・・・・!」
だが男の力は圧倒的だった。ざわ、と首筋に触れられて鳥肌が立つ。その反応に政宗はにや、と笑みを浮かべての襟に手をかけた。頭上で腕を戒めている小十郎も無表情のまま、暴れようとする身体を押さえつけられる。
「Ha!男に抱かれたことくらいあンだろ?楽しもうぜ」
「や、やめて・・・・・!」
「やめねぇ。お前は流されたいって言っただろ?だったらやめろとか言うな。これもお前が選んだことだ。心配すんな。今まで感じたことのない天国に連れてってやるよ」
「政宗さま、兵たちが外で待っております」
「Okey、後でやつらに払い下げてやる。『竜の巫女』が抱けるんだ。士気も上がる」
「や、やだ・・・・・っ!」
「これもお前が選んだことだ。泣き言は聞かねぇ」
「───────────ぁっ」
ぐい、と襟を開かれる力の強さに「叶わない」と思った瞬間、あきらめて目を閉じ抵抗していた腕から力を抜いた。衝動に駆られた男の怖さと力の強さは自分が一番よくわかっている。抵抗すればするほど痣が増えるだけ。暴れても乱暴されるのなら暴れるだけ損だ。ここでも諦めようとするに、政宗の我慢の緒がぷつりと切れた。
「テメェ・・・・いい加減甘えんじゃねぇっ!!」
「───────────ひっ!?」
聞いたこともない大喝だった。身をすくませたの顎に手をかけてぐい、と自分の瞳と視線を合わせる。
「、今選べ。自分の意思で前に進むか、諦めて俺の奴隷になるか、選べ。但し諦めたんだったら、お前は俺のモンだ。泣き言は許さねぇ。小十郎の言うとおり、お前の右目をつぶして『巫女』として一生俺の奴隷として隣に侍らせてやる。身も心も俺に尽くせ」
「そん・・・な・・・・・・」
「どうする?時間はねぇぜ。選べ」
傲慢に告げる口調は奥州筆頭のそれで、選べ、と言いながらする、と袴の結び目に手をかける政宗を見上げて懇願する。
「───────────やめ、て・・・・・」
「Ah?聞こえねぇ」
「やめてぇっ!!わかったわ。自分で決めて、選ぶから・・・・だから・・・・やめて・・・・・・」
とにかく今はやめて欲しかった。力ずくで逃げ道を探すように告げるに政宗は「Good answer」とだけ言って、の上から降りてこちらも戒めていた腕を解いた小十郎に声をかける。
「All right。聞いたな、小十郎?」
「は───────────しかと」
「がその言葉をたがえたときは、わかってんな?」
「は。その右目を対価として伊達に尽くさせます」
すっと身体から離れていった二人には目を見開いた。最初から自分を追い詰めることが目的なだけで本気で乱暴をするつもりはなかったのだ。だ、騙された・・・・・と気付いたときにはもう遅かった。広げられた襟をかき集めて睨みつけるに、政宗はにや、と小十郎に笑いかける。
「小さい頃の話も、嘘・・・・・・」
作り話にしてはよく出来ていたが、今の政宗を見る限り、そんな過去など笑い飛ばすだろう。悔しそうに唇をかみ締めるに小十郎が少し妙な顔をしたが、政宗が視線だけで黙らせる。
「But───────────」
「な、何・・・・・・・・」
「お前が抱けなくて少し残念だな」
にやりといつもの笑みを浮かべた政宗の腕がの腰を抱き寄せて耳元で小さく告げられる。そのまま硬直するに政宗はち、と舌打ちを漏らす。
「何だよ。色っぽい反応ぐらいしろよ」
「政宗さま」
「Ah?」
硬直してしまったと政宗に咎めるような視線をやる小十郎に政宗は小さく笑って小十郎の肩を叩く。すぐは無理だろう。自分も立ち直るまでに随分かかったのだ。考え方など早々変わらない。だがまだ戻れるはずだ。そう告げるような主君に小十郎も頷いて、呆然としているを置いて二人とも陣を抜け出したのだった。