それからいくつか見て回った小十郎に付き合わされ、陣に戻った時はかなりの時間が経っていた。ちょうど夕餉に差し掛かる時間。糒を使う兵士たちもいれば、炊き出しをしている者もいる。彼らの最敬礼を受けながら政宗のいる本陣に向かった二人を、不機嫌そうな顔の政宗が迎えてくれた。
「so late!」
「申し訳ございません」
「で───────────?」
「いくつか、興味深いものがございました」
「Ham・・・・その顔じゃ何か思いついたな?」
「は。の提案にて少々」
「私?」
「そうか。任せる」
「かしこまりました」
名指しされてきょとんとするに、小十郎は頭を下げて政宗の許可を得てさっさと退室していった。何をするのか、と聞こうと視線を走らせるが、じろり、と睨みつけられる政宗の視線に慌てて座りなおす。
「小十郎と何をしていた?」
「何って、別に。景色を見に行っただけだけど・・・・・・」
「景色?」
「うん。ちょっと小高い丘に行って、景色が綺麗だった。小十郎さんは戦場がどうのって言ってたけど」
「何か話したか?」
まるで尋問のように矢継早の質問に目を丸くする。何かを警戒するような政宗の言葉遣いには意を決して政宗を見上げる。
「政宗さん」
「Ah?」
「あの、何が聞きたいの?」
「何だと?」
「それから・・・・・・何で、怒ってるの・・・・・・・?」
不機嫌、というオーラをまとう政宗に小さく聞いて首をすくめる。いつも彼を待たせていると「so late!」と怒られはするが、今回のそれは何か今までのものと違うように感じるのだ。
「怒ってねぇ」
「お、怒ってるよ。目が怖い・・・」
「Ham・・・・・・・」
すっと瞳を細める彼に、嫌な予感がして目をそらす。こういう顔のときの彼にはあまりいい経験をした試しがない。身体が逃げ出したいという衝動を抑えきれずに立ち上がろうとするが、政宗の視線に金縛りになってしまったかのように動けない。どうしよう、と冷や汗をかくに政宗はち、と舌打ちをして視線を外した。
「」
「は、はい・・・・・・?」
「お前が小十郎と出ていったことに怒ってるって言ったらどうする?」
「え・・・・・・・・・?」
「お前は俺の『巫女』のはずだろう?」
す、と両頬に手が触れて、逃げられないままにびくん、と身体を震わせたに政宗はにや、と笑うが早いか、彼女の頬をむに、とつまみあげる。
「いひゃっ・・・・!!」
「く、くく・・・・・・・」
の頬を容赦なく引っ張りながら瞬間で涙目になる彼女の顔に笑う政宗にはつままれている手を外そうと叩く。
「お前の顔はよく伸びんなぁ。クックッ・・・・・」
「ひ、ひど・・・・・・!!」
「Ah?何か文句でもあんのか?」
「ん〜〜〜〜!!」
びろん、と頬を引っ張られて政宗の手を外そうと自分の腕でつかんで見上げると、政宗はくつくつと笑いながらをじろりと見下ろした。
「で?ごめんなさいは?」
「ご、ごめんにゃさ・・・・・・」
何で自分が謝らなければならないのかと思いながらも逃れたい一心で謝ると、「Okey」と言いながらようやく解放される。ひりひりと痛む頬に手をやって熱を冷ましながらそっと政宗から距離を取ろうとするが、逃げた分を政宗に追いつめられる。
「こ、来ないで・・・・・!」
「Ah?お前が逃げるからだろ?」
「だって政宗さんがいじめるから!」
「Ha!俺は逃げる者はとことん追いかけるpolicyなんでな」
にや、と笑いながらどんどん本陣の隅に追いやられる。とうとう陣幕を張ったところまで追いつめられて身体を反転しようとした途端、ぐい、と腕を引かれてしまう。勢いに任せて身体がぐらりと揺れる。倒れる、と目を閉じた瞬間だった。なにかぽて、と温かいものに当たって支えられる。え、と恐る恐る目を開くと、目の前に上等の着物があった。そしてペタペタと背中から肩に触れるのは、政宗の腕で。
「Ham・・・・・俺の好みとしてはもうちっとふくよかな方がいいな」
「よ、余計なお世話ですっ!!」
そのまま失礼なことを告げる政宗の腕から逃げ出そうともがくが、彼の腕はぴくりともしない。がしりと抱きしめられたままする、と腰に手が降りる感触に頬がかっと熱くなる。
「や、やだ・・・・・!」
「Ha・・・・・jokeだ。本気にすんな」
とん、と彼の胸を押すと、今度はすぐに解放される。真っ赤になった頬と恥ずかしさでうつむくの顎をもってくいと自分の方に向けさせる。
「くく・・・・変な顔しやがるなお前」
「だ、だって政宗さんが・・・・!」
「Ah?俺のせいか?そもそもお前が俺のquestionにちゃんと答えねぇからだろ?」
「うう・・・・・政宗さんの意地悪・・・」
「何か言ったか?」
「な、何も言ってません、ごめんなさい」
「Good、kitty」
にやと笑われるのにはすっと政宗から視線をそらす。政宗が意地悪なのはわかっていたが、いじめられる側になると洒落にもならない。そして逃げれば逃げるほど追いつめてくる彼が完全に面白がっているのに、憮然とした表情でそっぽを向く。そして政宗に気づかれないように少しだけ距離を取った途端だった。
「で?」
「はい?」
「お前は明日どうするつもりだ?」
の頭上から声が落ちる。政宗がが取った距離分を縮めてきたのはわかっていたが、その内容に思わず硬直する。今朝自分で決めると言った自分を試すつもりなのは明白だった。
ちらと見上げるとわずかに引き上げられた唇は笑みの形に引き上げられているが、案の定ひとつしかない彼の瞳は一切の感情が削ぎ落とされていた。ここで答えを間違えば何をされるかわからない。そんな緊張が背筋に伝わってじわ、と汗がにじむ。そしてごく、と唾を飲み込んでは恐る恐る聞いた。
「戦は、いつから始まるの?」
「明後日だ。敵軍の到着が遅れている。明日の夜半には相手方も到着するはずだ」
「じゃあ、明日は政宗さんたちは準備するだけだね」
「Yes」
「・・・・・・・・わ、私に出来ること、何かある?」
政宗の言葉にしばらく考えていたが小さく聞くと、政宗の瞳がふっとやわらかく微笑んだ。
「Good answer」
その表情に何とかこの場を切り抜けたことを悟る。やわらなくなった彼の表情と一緒に追いつめられているという緊張感も解ける。どっと襲ってくる安堵と疲労に座り込みそうになるが、そんなことをすればまたどんな意地悪をされるかわからない。膝に手をついて何とかやりすごすに背を向けた政宗が背中越しに声をかけた。
「」
「は、はい」
「明日は俺の側にいろ」
「はい・・・・・」
「どうせ準備は小十郎がやんだろ。暇潰しに付き合え」
「うん、わかった・・・・」
頷いたに政宗は満足そうに笑って陣幕の外から入所の許可を求める兵士に「入れ」と声をかけ、何やら報告を受ける政宗はもう先ほどまでの意地悪な彼ではなく、ひとりしかいない奥州筆頭の表情を浮かべていて、は大きく息をしてまだバクバクと音を立てる心臓をなだめて用意されている床几に腰を下ろす。前途多難、と思いながらもきちんと仕事をこなす政宗の姿をつい目で追いかけてしまう自分の感情に戸惑ったようにぎゅっと手を握りしめた。
二日後───────────。にらみ合った両軍の戦端は伊達軍の突撃から始まった。自身の飾り立てた馬に乗り、軍の一番前で両腕を組み、不敵に笑う政宗は一軍の将たるに相応しい貫禄だった。すぐ後ろには小十郎が馬に乗り、引っ切りなしに伝令を走らせながら全軍の指示を出す。
「psyche up guys!」
「「「「「「Yeah!」」」」」」
「Okey!お待ちかねのPartyだ!存分に楽しめよ!!」
「「「「「「Yeah!」」」」」」
「Let's party!!」
そう告げて後方に控える兵士たちの声を受けて飛び出した政宗を追って小十郎も駆け出した。
「すごい・・・・」
その光景をは先日小十郎と訪れた小高い丘の上で見守っていた。すぐ側には成実とわずかな兵が守っているのみだが、成実がいれば大丈夫だ、と小十郎が頷いていた。今本陣には自分と同じ着物を着た政宗の小姓と兵がいるだけだ。昨日の夜になって小十郎が気になることがあると言って念のため自分と成実をこの丘へ避難するように伝えたのだ。
眼下では政宗が腕を一振りするだけで数十を数える兵士たちが宙に舞った。その後ろにぴたりとつけた小十郎も政宗に襲いかかろうとする敵を屠りながら全体の戦況を見ながら指示を出す。この二人の動きは戦というよりも上質な舞を見ているようだ。
「政宗さん、強い・・・!」
「当たり前だ。伊達軍の中でも殿に勝てるのは数人しかいない。雑兵ごとき敵うはずもない。」
「あ、また!!」
すぐ近くに兵がいるせいか、硬質の声で答えた成実に頷きながら政宗が右腕を振り上げた。
「あ、あれ!政宗さんの手、刀が三本も」
「ああ、殿は六爪流の達人だ」
「ろ、六爪って・・・・」
「まぁ、こんな敵に六爪を使うまでもないが」
「すごい・・・」
ひらりひらりと政宗の腕が振るわれるたびに竜巻のような風が巻き起こる。風と同時に兵士たちが飛ばされてゆく光景に言葉を失う。
「これが、政宗さんの戦───────────」
「さすが、梵だな。その爪で竜の巫女を魅了してしまった」
ぽつりと呟いたの横顔がわずかに上気しているのを見遣った成実は苦笑して政宗に視線を戻す。
「だが、先走りすぎだ」
眼下にはほかの軍たちから遥かに先行した政宗と小十郎の二人の姿が見え、さらに先に進もうとする政宗にわずかに首を振る。二人とも一騎当千の強者でもあるし、小十郎がついているから大丈夫だと思うが。こんな時に彼女のお守りとは張り合いがない、と思いながらも、成実は夢中で体を乗り出そうとするに苦笑してそっと彼女の身体が落ちないように支えてやった。
「WER DANCE!!」
腕を振って兵士たちを宙へ飛ばした政宗は軽く舌打ちした。
「Ha!てんで歯ごたえがねぇ。温い戦だぜ」
「政宗さま、ご油断召されるな」
「つってもこんな雑兵ばっかりじゃなぁ。小十郎、本陣はあれか?」
「なりません!我ら二人は突出しております。一度本陣に戻り、体勢を立て直しましょう」
「Ah?んな温いことやってられっか。それよりこのまま本陣まで駆けていった方が───────────」
抜いていた刀の血を軽く振って落とす政宗が不満そうに唇をとがらせる。だがその時だった。遥か後方で鬨の声が上がったのは。
「何だ・・・・・!?」
「───────────やはり、か」
「Ah?」
瞬間自分の本陣を振り返った政宗の背を狙って敵兵が斬りかかってくるのを小十郎が地に沈める。それを瞳の端にとらえながら政宗は無言のまま無造作に刀を横に薙いだ。数十人の兵士たちがそれによって宙に吹き飛ばされる。
「小十郎、お前こうなることを予測していやがったのか?」
「敵陣の情報があまりにもこちらに漏れておりました故、もしかしたらわざとそうしているのかもしれないと思っておりました」
「Ham・・・・・・」
「情報をわざと漏らすということは、別の狙いを隠すためでもあります。先日がこう言っておりました。『陣のすぐ後ろから突撃すれば勝てる』と。それを聞いてもしやと思ったものですから」
「───────────そうか。後で聞く」
「は───────────」
「戻るぜ!どけぇっ!!」
馬に飛び乗った政宗に続いて小十郎も馬に飛び乗って陣まで駆け戻る。邪魔をしようとする兵士たちは片っ端から斬り捨てながらの行軍に敵兵は震え上がって進路を譲る。そうして本陣まで駆け戻った政宗が見たのは、壊滅した敵兵の姿だった。小十郎はこうなることを予測していただけでなく、対処法まで考えていたのだ。本陣をぐるりと囲うように掘られた落とし穴に落ち命を失った者たちが多数。それを乗り越えて来た兵士たちを待っていたのは、小十郎が選別した精鋭の兵士たち。当然ながらあっという間に制圧されてしまったのだった。
「殿!」
「殿のお戻りだ!」
そして敵兵の死体を片付けている間に政宗が駆け戻ってきてしまったのだから、兵士たちは手をとめて主君に最敬礼をするが、政宗は軽く手を振って作業を続けるように告げる。
「そのままでいい。被害は?」
「軽傷の者が数名。大きなけがを負った者はおりません」
「そうか」
小さく頷いて用意された床几に腰掛ける。そして馬をつなぎ、各兵士たちに指示を与えて戻るはずの小十郎を待ったのだった。
政宗と小十郎が本陣に駆け戻るのを見ては思わず身を乗り出した。ここからでは政宗の本陣に何があったのかまではわからないが、その方面から鬨の声が起きたのはわかった。
「な、何があったの・・・・?」
「、ここを動いてはならん」
「でも成実さん!」
そのまま駆け出しそうなを押しとどめ、眼下に視線をやる。
「大丈夫だ。景綱がついている。殿なら心配ない」
「でも・・・・・!」
「それよりも、、俺から離れるな」
「え───────────?」
すっと瞳を細めた成実の背にかばわれる。と同時に成実を守っていた兵士たちに緊張が走る。刀を抜いて構える彼らの視線の先に、わずかに人の影が見える。
「おや、見つかってしまったか。思っていたよりもやるな。君は」
男性にしてはやや高い声と丁寧な口調が逆に怖さを駆り立てる。そして姿を見せないままの男に成実は刀に手をかけながら問うた。
「誰だ?」
「名乗るほどの者じゃない。君は・・・・・・誰かな?」
「人に名を聞く前に自分が名乗れ」
「あぁ、そうだったね。別に君たちと事を構えたいわけじゃない。独眼竜とその右目がどういう風に動くのかを見てみたかっただけだ。じゃあ、失礼」
「待て。俺の前から逃げられるとでも思ったか?」
「───────────ふぅん。だけど僕には君とやりあう理由はない。じゃあね、伊達成実くん」
「待てっ!!」
ざ、と足を踏み出す成実が抜刀する間もなかった。影のまま声だけを残して今度こそ男は姿を消した。後に残された成実は慎重に気配を探って誰もいなくなったことを確認して刀から手を放す。そして不安そうな表情を浮かべるに笑いかけて戦場に視線をやる。そこには怒りをまとった政宗の軍の突撃により、ばらばらになった敵兵たちが逃げ惑っていて、戦が終わったことを知る。
「成実、さん・・・・・・」
「大事ないか?」
「う、うん。ありがとう」
「戦は終わったようだな」
「え・・・・・・?」
「戻るか」
「はい」
笑ってみせる成実にぎこちなく笑い返して、ちら、と下を見る。政宗も小十郎の姿も見当たらないが、成実が何も言わないということは二人とも無事なのだろう。それに安堵しながらも先ほどの男が誰なのか気になりながらもその場を後にした。