戦は政宗の軍の大勝利で終わった。結局敵陣の大将を討ち取ることは適わなかったが、すでに敵兵は戦力と呼べるような兵力はない。小十郎は使いの者を走らせ敵将の首を条件に降伏するよう敵軍に呼びかけ、敵軍はその申し出を受けて翌日には敵将自らが政宗の本陣に赴き切腹して果てた。そのことをは政宗から預けられたままの成実の陣で聞いた。戦後処理は無慈悲であることが多い。それを見越した小十郎が政宗にを成実に預けるか米沢に先に戻すかを進言し、政宗は成実に預けることを決めたからであったが。

そしてその翌日にようやく政宗たちは帰国の途につくことになったが、それを前にして成実とが政宗に呼び出され本陣にいた。そこにはあらかたの指示を出し終えた小十郎も同席しており、政宗はやってきた二人を迎えねぎらいの言葉をかけた。

「成、Thanks」
「いえ、それよりも終わりましたか?」
「ああ。何とかな。、大丈夫か?」
「あ、うん。成実さんがよくしてくれたから」
「Ham・・・・ならいい。お前らを呼んだのはほかでもねぇ。戦のLast、何があった?」
「それはこちらも聞きたい。景綱。何があったのか説明してもらおう」

成実自身は何があったのかは政宗から聞いていたが、の耳には入っていないのだろう。そう思って告げると、小十郎は視線だけで政宗の決断を仰ぐ。小さく頷いた主君に小十郎は二人に向き直った。

「敵兵が戦場に到着するまで妙に遅かったのはご存じのとおりですが、その情報があまりにもこちらに筒抜けになっておりました。もしやと思い探っておりましたら正面から当たる本陣とは別に政宗さまの陣を裏から突く部隊がいる可能性があり、念のために巫女どのと成実さまには避難いただいた次第」
「なるほど。お前らしい慎重なやり方だな」

軽く口の端を上げて揶揄ともとれる口調で告げる成実に小十郎は何も言わずに頭を下げる。

「して、お話を───────────」
「俺たちがいた丘で伊達軍のやり方を監視していた男がいた。その男は『独眼竜とその右目がどういう風に動くのかを見てみたかっただけだ』と言った」
「男?」
「ああ。姿は見えなかったがかなりの腕だと見た。俺が名乗る前に俺の名を言い当てた。景綱、心当たりはあるか?」
「と申されましても。成実さまの武名は轟いております故」

眉を寄せた小十郎が深く考える瞳になる。聡明な彼のことだ。きっと頭の中でいろいろな可能性を手繰っているのだろう。

「あのぅ・・・・・」
「何だ?」

小十郎の思案とそれをじっと見つめる成実には恐る恐る口を開く。

「その男の人なんですけど」
?」
「声が男の人にしては結構高かったと思うんです。それに」
「気が付いたことがあるのか?」
「う、うん・・・・・多分、なんだけど」
「何でもいい。言え」
「その男の人、姿は見えなかったけど、影だけちょっと見えて・・・・・すごく細い人に見えたの。み、見間違いかもしれないけど・・・・・・」

三組の視線が集中するのに居心地が悪そうに身じろぎする。小十郎がの言葉を受けてさらに眉を寄せる。

「小十郎、成の風貌をどんくらいの人間が知ってる?」
「わかりませぬ。しかし、普通の人間ならば武の成実がまさか戦場から離れた場所で女ひとりを守っているとはよもや思いますまい」
「ってことは───────────」
「成実さまの力量を見てすぐにそれと悟るだけの腕とこちらの動きを見て策を弄するだけの知恵を持った者・・・・どこぞの軍師かもしれません。可能性があるのは、武田、上杉、毛利、もしくは豊臣あたりでしょうか」
「Ham、武田は除外できんだろ。あそこの軍師は今は臥せってるはずだ。それに上杉も外せ。軍神がそんなやり方をするとは思えねぇ」
「は・・・・もしくは、まったく別の勢力の可能性もございます。政宗さま、今回の戦自体がもしかしたら罠やもしれません」
「罠、ね・・・・・楽しくなってきたじゃねぇか」
「政宗さま」

にやり、と危険な笑みをひらめかせる政宗に渋面の小十郎が釘をさす。無論そんなことで止まる主君でないことはわかっているが、言わずにはおれなかったのだ。

「毛利に、豊臣か───────────面白い。西国にも独眼竜の名は轟いているということか」
「成実さままで何を言われます。ご自重召されよ」
「お前ごときに言われる筋合いはない」

政宗と同じ表情で成実が笑えば、小十郎は頭が痛い、とばかりにじろり、と成実をにらみつけた。だがそれも鼻で笑う成実に小十郎は小さく首を振って溜息をついた。「この二人は」という心の声が聞こえてきそうな彼の溜息には思わず小十郎に同情した。

「とりあえずここはもういいだろ。米沢に戻る」
「かしこまりました」
、Come on」
「う、うん」

話は終わりだ、とばかりに立ち上がる政宗がを手招く。慌てて立ち上がった彼女を小十郎が呼び止める。


「何?」
「その男の声、覚えているな?」
「多分」
「アァ?」
「だって一言二言だったんだもん。私だけじゃなくて成実さんだって聞いていたわけだし・・・・・・」
「まぁいい。政宗さまをお待たせするな」
「うん」

先を行く政宗を追いかける彼女の姿が見えなくなると、小十郎は深く息を吐いて成実を睨みつけた。

「成実さま、わざとですな」
「別にいいだろ?梵が楽しんでるなら」

先ほどとは違う容赦のない視線に成実も今までの態度をかなぐり捨てて伝法な口調で返してやる。完全に二人きりのときにしか見せない成実の本来の姿に小十郎も軍師ではなく兄として口を開く。

「よくありません。まったく・・・・・・・」
「って言うがな、あの男、実際に腕は立った。捕まえることもできたが、戦いながらを守れたかどうかは保証しない」

苦労性の小十郎の言葉にあきれたように肩をすくめてみせる。実際、あの場でがいなければ力ずくでとらえることもできただろう。だが、あの状況で笑って話せるだけの度胸のある男を敵に回すには、成実のまわりの人間の武力が足りなかっただけの話だ。そして自分が戦っている間にを人質に取られれば彼女を守るために本陣から離れたというのに本末転倒の謗りは免れない。

「で、実のところは?」
「わかるわけないだろ」
「───────────」
「小十郎、お前の読みは?」
「恐らく豊臣の軍師、竹中半兵衛でしょう。他に条件に合致する人間は思い当たりません」

政宗の前ではのらりくらりと押し通していた小十郎があっさりと告げた人物に成実は顔をしかめる。わかっていて政宗には隠していたということは彼なりの考えがあるのだろうが、成実としては従兄弟に隠し事はなるべくしたくない。

「で、梵には隠すわけか?」
「・・・・・・・・・まだ狙いがわかりません」
「狙い?」
「伊達軍を狙っているのか、政宗さまご自身なのか、ありえないことですがを狙ったか、もしくは成実さまを狙ったものか、軍師であればなおのこと言葉を鵜のみにはできません」
にはしばらくお前がついていてやれ。ま、梵のことだ。お前が隠したところですぐに気づくだろ」
「成実さまは?」
「俺はしばらく様子見だ。小十郎」
「は?」
「お前、のことをどう思ってんだ?」

ズバリと聞いてくる成実に小十郎は思わず息をのんだ。何故そうしたのかも、いつもならさらりとかわせるはずの成実のからかいを何故正面から受けてしまったのか、この時の小十郎は考える余裕すらなかった。

「・・・・・・・・・別にどうも思ってはおりませんが」
「にしてはお前にしては構いつけているよな?」
「政宗さまより後見を申し付けられております故、仕方ありません」
「ふぅん・・・・・・・」
「何か?」
「いや、お前が気づかないなら別にいいけど」

口中でつぶやいた成実がちら、と兄を見る視線で小十郎を見上げる。少しずつ、だが確実に小十郎のに対する態度が変わってきているのを感じるのは自分だけなのだろうか。いや、おそらく政宗も気づいている。気づいていて、何も見なかった振りをしているのだ。それ以上に政宗自身の気持ちもまだ整理できていないのだろうが。

「さて、じゃ軍をまとめて帰投すっか」

伸びをして立ち上がった成実に小十郎は軍師の顔に戻って頭を下げる。休憩は終わり、とばかりに成実も伊達一門の表情に戻って自身の軍をまとめるために去っていき、ひとり残された小十郎は人知れずはぁ、と溜息をついたのだった。





政宗の軍が米沢に戻ったのはその翌日のことだった。

さま!ご無事でいらっしゃいましたか!?」

政宗の無理な馬術に揺られていたが気持ち悪いと訴えたため、小十郎に抱えられて部屋に戻った途端、待ち構えていた愛姫がに駆け寄った。最初は自分で歩く、と言い張っただが、ふらふらとまっすぐ歩けない彼女を見かねて小十郎が抱え上げたのだ。抵抗したに小十郎は彼女にしか聞こえない声でこういったのだ。「断るなら、政宗さまと愛姫さまに無様な姿をさらすんじゃねぇぞ。それができるなら下ろしてやるが、できねぇなら縛って連れてくが、どっちがいい?」と。無論は無言で抱きかかえられる方を選んでしまったのだが。

「め、愛姫ぇ・・・・・・只今・・・・・」
「おい愛、俺よりもを心配するか?」

抱きかかえたままの小十郎を視線だけで射殺しそうな愛姫に小十郎はの身体を丁寧に畳におろし、自身は部屋の下座に着座する。ちら、と喜多に目配せをすれば、それだけで心得た彼女は奥に引っ込んでいった。すぐにの部屋で休めるようにしてくれるだろう姉の手際の良さに感謝しながら、真っ先にに駆け寄った愛姫に政宗が憮然とした表情で上座につく。

「違いますわ。殿の勝利は愛は確信しておりましたもの。ですがさまは女性の身でありながら戦場へなどと。愛は心配で心配で・・・・」

そういいながらの手を握りしめる愛姫には思わず彼女の手を握り返した。こんなにも自分のことを心配していてくれたという事実に胸が熱くなる。

「愛姫、ありがとう・・・・・」
「何をおっしゃいますの。さまは愛の大切なお客人ですもの。心配するのは当たり前です」
「チッ・・・・・・」

そう告げる愛姫に向かって政宗の舌打ちが響く。思わず首をすくめたとは対照的に愛姫はの手を握ったまま、政宗に向き直る。

「殿のご無事のお戻りをお待ちしておりました」
「Ah」

憮然とした表情を崩さない政宗に、は思わずくす、と噴出した。まるで愛姫が自分の世話を焼いているのに嫉妬している男の表情そのもので、政宗にもそんな感情があるのか、と妙に感心してしまったせいでもあるが。


「は、はい?」
「で、お前これからどうするつもりだ?」

噴出したに向かって政宗の絶対零度の声が響く。完全に八つ当たりとわかる表情で告げる彼に、思わずぴたりと動きを止めたが政宗を見上げれば案の定まったく笑ってもいない左目が自分を貫いていて、思わず身震いしてしまう。何か言わなければ、と口を開こうとした瞬間だった。

「殿!何ということをおっしゃいます!さまはご自身でお歩きになれないほどお疲れなのです。殿とは違い、さまは女性でございます!数日お休みになられてもよろしいではありませんか」
「め、愛姫・・・・・・」

いつもは政宗と睦まじい愛姫が政宗に対して口をとがらせる。さすがにその言い方はまずいんじゃ、と止めようとしたが口を開こうとする前に、政宗が小さく「All right」と告げて、ちょうど部屋の用意ができた、と伝えにきた喜多と八重に手を振ってを部屋から追い出した。気持ち悪いのは本当だから逆らわずに二人について退室してしまった彼女に、愛姫はほっと胸をなでおろして政宗の側に寄って、そっと彼の手を握る。

「殿、お帰りなさいませ」
「Ah・・・・・・・戻った」
「はい」

にこりと笑う愛姫に憮然とした表情のまま政宗が告げ、頷いた彼女のまっすぐな瞳に政宗はなぜか心がざわつくのを感じ、戸惑ったように視線を泳がせた。



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