「うう〜!良く寝た〜〜!!」

が目を覚ましたとき、部屋には眩しいほどの太陽の光が溢れていた。布団の中で大きく伸びをして目に映る天井にまだ政宗たちのいる世界だと教えられる。帰れないかもしれないな、と今更ながらに思う。だけどあの世界の平和すぎる退屈すら今は愛しくなる。戦があり、人が死んでいくのが当然のこの世界にまだ感覚が慣れない。きっと小十郎が気を使ってくれたのだろう。戦場から戻ってくるときに出来るだけ戦死者の遺体は自分の目に触れないようにしてくれてはいたが、それでも目に飛び込んでくる戦争の爪痕にずんと腹の中に沈み込んでくるものを感じていた。だがそう思いながら身体を起こすと、くるるる、と腹の虫が鳴いた。

「今何時・・・・?」

結局あの日は部屋に戻り、食事も部屋でとった。それからあまりの眠気に我慢できず「後はお任せいただき、どうぞお休みください」と言ってくれた八重の言葉に甘えて布団にもぐり───────────、どのくらいの時間が経っているのかはわからないが、かなりの時間寝込んでいたらしいとは思う。起きだして布団をたたみ、夜着の上に着物を羽織る。そのまま廊下に顔を出して視線を巡らせると、どうやらこちらに向かってきていたらしい小十郎と目があった。

、起きたか?」
「きゃ、きゃぁぁぁぁっ!!」

きびきびと歩いてくる彼の声に、一瞬茫然としたの口から悲鳴が飛び出した。思わず足を止める小十郎が困ったような表情になるのを視線の端でとらえながら部屋に戻ってぴしゃりとふすまを閉める。

さま!?」
「どうかなさいました!?」

その悲鳴を聞きつけて駆けつける喜多と八重の声が響き、押し入ってきた二人が部屋の隅でうずくまっているを見て顔を見合わせる。そしてすぐに喜多が踵を返した。どうやらそのまま棒立ちになってしまっている小十郎の困惑した「声をかけただけなんだが・・・・」という低音に喜多はあきれたような溜息をついて「小十郎、こちらにいらっしゃい」という声と遠ざかる足音が聞こえてくる間に八重はの着物をきちんと着つけてやった。

「や、八重さん、ごめんなさい。ついびっくりして・・・・・」
「いえ、私よりも片倉さまにそういって差し上げてください。きっと今頃姉君に絞られていると思いますわ」
「そ、そうですよね・・・・・・。で、あのぅ、私どのくらい寝ていたんですか?」
「もうお昼が過ぎました。朝に殿が起こしにいらっしゃいましたが、よくお休みでしたので」
「げ・・・・・・政宗さんが、来たの?」
「ええ。喜多さまに追い返されましたけれども」

くす、と笑う八重には頭を抱えそうになった。きっと政宗に会ったらまた何かいじめられるんじゃないかという予感に溜息が漏れる。

「大丈夫ですわ。恐らく片倉さまが避雷針になってくださいます」
「え・・・・・?」
「殿が片倉さまの弱みを見逃すはずがございませんでしょう?」

悪戯っぽく笑う八重にもつられるように笑顔になる。確かにあの政宗ならやりかねない、と思いながら小十郎に向かって心の中で詫びた。彼が悪いわけではないのだが、あの悲鳴を聞きつけた誰かが政宗に話している可能性が高い。

「できました。さま、お食事になさいますか?召しあがられるようでしたら準備いたします」
「あ・・・・はい。お願いします。って、今から食べて大丈夫かな・・・・」
「では少し軽めのものを作りましょう。少しお待ちください」
「は〜い」

八重が去っていくのを見送りながら小十郎の姿を探す。さすがに悪いことをしてしまった、と思ったからだが、きょろきょろとしていると、ちょうど部屋から出てきた喜多を見つけて駆け寄った。

「喜多さん。あの、小十郎さんは?」
「小十郎なら殿のところへ戻しました。さま、本当に弟がとんでもないことを」
「い、いえ!私こそすみません。つい・・・・・」
「よろしいんですのよ。あの朴念仁にはきつく言ってやるくらいの方が効果がありますから」
「あ、はは・・・・そうなんですか・・・・・」

喜多らしい言葉には返す言葉をなくして適当に相槌を打つ。小十郎にここまではっきりと言えるのはやはり姉だからなのだろうが、自分には絶対に真似ができない。というよりもあの強面の小十郎を捕まえて「朴念仁」だのと言えるのは政宗か喜多ぐらいだろう。政宗に関してはその倍以上小言で返されているから、さすがというしかない。

「それよりも、さま、お食事がすまれてからで結構ですから殿のところにお顔をだして差し上げてください。心配なさっておいでですから」
「政宗さんが?」
「ええ。ずっと眠ったままお目覚めになられないのはさまがいなくなってしまう前兆では、などと申されて」
「───────────」

予想外の言葉に思わず押し黙る。政宗が自分を心配してくれた、ということに戸惑いながらも嬉しいと思ってしまう。そんなの表情に微笑んで喜多は自分の仕事をこなすために戻っていった。そういえば小十郎は自分に何の用だったんだろう、と思いながら自室へと腹ごしらえのために戻ったのだった。


食事を済ませ、八重とともに政宗の部屋に顔を出したとき、彼は政務の真っ最中だった。不機嫌を絵に描いたようなオーラを発しながら小十郎と綱元に見張られているらしい彼には声をかけようかどうしようか迷ったのだが、自分の姿を見つけた綱元が手招いた。

「おや、身体は大丈夫か?」
「あ、はい。ご心配おかけしてすみません。それから・・・・あの・・・・小十郎さん、さっきはごめんなさい」
「いや、いい。姉上から聞いた。俺の方こそ、すまん」
「Ah・・・・何があった?」
「うんちょっと・・・・」

相変わらず優しく声をかけてくれる綱元に頭を下げてから、政宗の側近くで筆を動かしていた小十郎に詫びると彼は軽く手を振るだけでこの話は終わりとするが、政宗は意地の悪い笑みを張り付けてを小突く。そんな政宗と小十郎を交互に見上げて小さく首を振った。だが当然のように政宗はにやにやと笑いながら小十郎に視線を向けた。

「夜着のの元に通うようになるたぁ、小十郎もやるじゃねぇか」
「・・・・・・・・・政宗さま、あれは事故のようなものです。第一、この小十郎に他意はございません」
「Ham、そうかよ。せっかく朴念仁のお前に春が来たかと思ったんだけどなぁ」
「何を期待されておられるのかはわかりませんが、にも小十郎にもそういった感情はございませんし、何より、もう二度と妻を娶るつもりはございません」

ぴしゃりと言って机に置いてある書類を問答無用で政宗の前に積み上げた小十郎に政宗は眉を上げた。

「おい、増やしすぎだろ!」
「いえ、すべて今回の戦の間にたまった書類です。お目通しを」
「テメェ、俺に嫌がらせたぁいい度胸じゃねぇか・・・・・・・」
「嫌がらせなどと聞こえが悪い。すべて奥州筆頭たるあなたさまへの陳情書でございます。しばらくは外出もお控えください」
「───────────Shit」

舌打ちをしてその中の一枚を無造作に拾い上げると目を通して筆でサインをしていく。仕方なしに仕事を再開した政宗と無表情のままの小十郎の二人からそっと距離を取っては綱元に視線をやる。だが綱元はの方を見もせずに小十郎と同じかもしくは少し多い紙の束を持つと、無言で政宗の前に置いた。

「おい綱元!What's this!?」
「ご出陣中の書類です。私が一度目を通しておりますが、ご確認を」
「テメェら・・・・・・・・・・」

どす、という音に顔を上げた政宗は綱元をにらみつけるが、彼は涼しい顔のままで席に戻り、次の仕事を再開する。彼らにはいつもの光景なのだろうが、にとっては三つ巴の中心に放り出されたような居心地の悪さに身じろぎする。とりあえず義理は済ませたことだし、部屋に戻ろうかと逡巡しているうちにの動きを察した政宗が先手を打つように口を開く。

「おい!」
「な、なに・・・・?」
「こないだの約束だ。明日は城下に行くぞ」

憮然としたまま告げる政宗に間髪入れずに小十郎と綱元が視線を上げる。

「なりません」
「仕事が終わったらご存分に」

断固とした口調の小十郎と、柳に風と流す綱元の二人に睨まれて政宗がたまらず悲鳴を上げる。

「これが一日で終わるわけねぇだろ!どう考えても十日分はあんだろ!」
「でしたら外出はそのあとで。もいいね?」
「う、うん。別にいつでもいいけど」

綱元のやんわりとした声に思わずうなずいてしまったがちら、と政宗を見上げれば、彼はじろ、とこちらを睨みつける。

「Hey!裏切んな!」
「えぇ、私のせい?」
「何でこいつには休みがあって、俺にゃねぇんだよ。おかしいだろ!?」
「おや奥州筆頭のお言葉とは思えませんね。それをご承知で戦をなさったのでは?」
「───────────綱元、テメェ覚えとけよ」
「はて、なんのことでしょう。最近年のせいか物忘れが激しくていけません。あぁ殿、逃げ出されたりなさいませんように。、殿が仕事をなさっている間、姉上と城下に行ってきたらいい。女性同士の方が気兼ねもないし、女性が行きそうな店は姉上と一緒の方が楽しいと思うよ」
「あ・・・・・はぁ・・・・・」
「───────────おい!!そりゃねぇだろ!!を連れてくのは俺だ!」
「城下は何度行っても逃げはいたしません。仕事が終わればご一緒にお出かけになられればよろしい。小十郎、お前もいいね?」
「無論。政宗さまに決裁いただく書類は山のようにありますからな。逃げ出せないように見張りを立てましょう」

まったく顔を上げないままの義兄弟の会話に大きく舌打ちした政宗が二人を睨みつけて筆を投げ出した。やってられるか、という意思表示ではあったが、立ち上がろうとする政宗に小十郎がぴく、と眉を上げる。

「政宗さま、どちらへ?」
「・・・・・・・厠!」
「なら結構。お早いお戻りを。城の出口にはすべて見張りを置いております故、抜け出されればすぐにこの小十郎の元に注進が走りましょう。まもなく夕餉の時刻になります。本日の夕餉には戦勝の祝いに奥州秘蔵の酒を出すとのこと。城の者にもふるまってよろしいですか?」
「・・・・・・・任せる」
「かしこまりました。ではそのように」

憮然としたまま頷いた政宗に小十郎は人を呼んでその旨を伝えると、政宗に向かってさも意外そうに問いかける。

「厠はよろしいのですか?」
「Goddamn!」

わかっていて目を丸くする小十郎に今度こそ殺人的な視線を向けて政宗は観念したようにどっかと座って仕事を再開した。



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