馬で連行された先はどこかの城のようだった。開門、という声に重そうな扉が開き、馬のまま中へと入ってゆく。何を警戒されたのかはわからないが、うつぶせにされたまま小一時間近く揺られたのでは気持ちも悪くなる。嘔吐感はないが、下馬した男に引き摺り下ろされた瞬間、ぐらりと身体が揺らぐ。そのまま座り込んでしまいそうなほど疲れていたが、の目に入ったのは、先ほど自分に白刃をつきつけた男だった。思わず身体を硬くするが、男はそんなをちらりと見ただけで、ふいと視線を逸らす。
「連れて来い」
「はっ」
先ほどからの態度を見るからに、この男が一番偉いらしい、というのはわかる。結局歩けないは男に背負われて城の中へと入る。広い、とはいえないのだろうが、絶対一人だと迷子になる。逆に歩けないのが良かったのかも、と思いながら揺られた先は和室だった。華美ではないが趣味のいい花が活けてあり、どこかほっとする。
「こちらです」
「は?はい」
畳に下ろされて思わずごろんと横になりたい欲望を押さえこみ、ちょこんと座った途端、障子の向こうで女性の声がして、そのまま違う場所へと連行される。訳がわからないながらも、先ほどの男とは違って危害を加えられそうにはないことに安心しながら、きょろきょろと周囲を見回して先に歩く女性に小さくため息をついた。
「着物って・・・・・・」
先ほどの男たちも着物だった。それに、城に、普通人が住んでいるものだろうか?どこかのテーマパークならいざ知らず、時代劇で見るような格好の人ばかり、しかも偉い人には絶対服従らしい、というのは運ばれてくるまでになんとなく理解した。圏外の携帯、着物の人たち。ビルも、コンクリートの壁も、アスファルトの道路も、今のところまったく見ていない。それ以上に移動手段が馬だ。まるで時代劇の世界に迷い込んでしまったようだ。と考えながら、まさかね、と小さくかぶりを振った。
案内された先はどうやら風呂場のようだった。どのくらい歩いたか、部屋からは相当離れているのだけはわかる。かなりさっき山の中で尻もちをついたり、膝をついたりして泥だらけだし、馬からはねる泥があちこちについているから、風呂に入れるのは嬉しかった。慣れた蒸気の香りに思わず頬が緩む。そんなの表情には気付きもせず、女性から着替えはこちらです、と置かれたのは見たこともないような立派な着物だった。実際に人の手が入っているのだろうプリントではない刺繍が施され、それとは別に重ねられた襦袢や何に使うのかわからない布に首をかしげる。
「え〜と・・・・すみません、コレ、どうやって着るんですか・・・・?」
「はぁ?」
「ってか、これ、ナニ?」
口中で呟いて布を広げるのに、案内してくれた女性が慌てての手をとった。
「そ!そのようなはしたない!!」
「はい?」
「それは、腰巻です!」
「こし、まき・・・?」
「左様です」
「で、これはどうするモノなんですか?」
名前がわかっても使い方はさっぱりわからない。首をかしげたままのに、女性ははしたないと連呼しながら慌てて去っていった。
「って、えぇ?説明してほしいなぁ・・・・」
ぼやきながらも風呂の誘惑には勝てなかった。泥だらけのストッキングを脱ぐと、伝線しているのを発見する。あれほど地面に這っていたのだから、伝線ぐらいするだろうなぁと思いながら、これはもう使えないな、とため息をつく。スーツを脱いで下着も脱ぎ去って湯殿に向かう。満々とたたえたお湯からはわずかに硫黄の香りがして、は目を輝かせた。
「うっそ!温泉!?」
軽く身体を洗って湯に身体を沈める。ほわりと頬に当たる蒸気が気持ちいい。肩まで浸かってゆっくりと身体を伸ばすとようやく一息つけたような気がする。
「気持ちいい〜〜〜!」
う〜ん、と身体を伸ばして天井を見上げる。腕を上げるごとにちゃぷん、と音を立てるお湯の感触を確かめながら、はぼんやりと考える。さっきはまさか、と否定してしまったが、時代劇の中、否、どこか古い時代にやってきてしまったのかもしれない、と埒もない考えが浮かぶ。馬に着物を着た男たち、先ほどの女性、この城。そうでもなければ説明できないことばかりだ。それに、あの白刃。
「やば・・・・・思い出しちゃった」
ぶる、と震わせて両手で自分の腕を抱いた。あの何も映さない瞳。人ではなく、すでになにもないモノを見るような視線に思い出すだけで震えが止まらない。あれは、あの男の目と似ていた。毎日、気に入らないことがあると自分に乱暴を働いていった男。逃げようにも逃げられなかった。だが、先ほどのあの男の目は暴力、というレベルではない。人を殺すことに慣れた目だ。
「怖いよ」
だが逃げ出そうとは思わなかった。どうせ自分は非常階段から落ちて一度は死んだ身だ。あの山頂で飢え死にしていたのかもしれない。偶然が偶然を呼んで不思議と命をつないでいる。言葉も自然と通じているようだから意志疎通はできる。だからとりあえず風呂に入って気持ちいいと感じることができる。殺すつもりならあの山で自分は死んでいるに違いない。それをこんなところまでつれてきたのだから、少しは望みがあるんじゃないか───────────。そう結論付けると、は純粋にお湯を楽しむことにした。
風呂から上がると、先ほどの女性が手ぬぐいを持って待っていた。予想外のことに裸身を隠すこともなくぽかんと口を開けたに、うやうやしく頭を下げた女性がの背中に回る。
「わ!待って、いたんですか?」
「はい。お体をお拭き致します」
「ええっ!?いいっ!!いいです!自分でできます!」
「しかしながら」
「いやっ!あの、ちょっ・・・・・!私の言う事聞いてっ・・・・・くすぐった・・・・・!!」
「下が濡れております。足を滑らせませぬように」
「って、ちょっ───────────!!」
背中に乾いた手ぬぐいがのせられて、は思わず悲鳴を上げそうになった。子供のころならいざ知らず、誰かに身体を拭いてもらった記憶などほとんどない。例外はつきあっていた彼と風呂に入っていたときぐらいで。だがの意思とは関係なくてきぱきと身体を拭き終わった女性は、の身体に換えの着物を着付けてゆく。半分ほど終わったところで、は居心地が悪そうに身じろぎする。ショーツをはかないままだとスースーするし、胸もブラジャーをつけていないと、どこか気持ち悪い。ちら、と女性を覗き見て、風呂に入る前の服を探したがそれは見当たらず。
「え〜と、その〜」
「はい?」
「さっきの私の服は?」
「汚れていたようですので、洗濯に回させていただきました。そのほかのお道具も濡れるといけませんので、お預かりしております」
「あ、そ、そう・・・・・で、あの」
「はい?」
「下着って」
「は?」
「下着は?ショーツとか、ブラとか」
「・・・・・・・・・・・・申し訳ございません。何の、ことでしょうか?」
「え〜と、その・・・・・言いにくいんですけど、下が、スースーして気持ち悪いんですけど」
「は?」
「だってこのままじゃ下から覗かれたら全部見えちゃうし!」
としては下着をつけないのは論外で。当然のことを告げただけなのだが、女性は何故かぽかんとして自分を見上げてくるだけだ。
「それが、着物でございますけど」
「は───────────?」
ということは、が今までテレビの時代劇で見ていた着物を着ている女性たちってショーツはいてないってこと?と聞いてみたいが、女性のぽかんとした顔を見れば、答えはわかりすぎていて。はひとつため息をついてあきらめることにした。絶対、今日は一日おとなしくしておこう。と決めて。
「じゃ、じゃあ洗濯が終わったら、服着替えさせてください」
「・・・・・・・・・・え?ええ。では成実さまにその旨、お伝えいたします」
「え〜と、服着替えるのって伝えることなの?」
げんなりとして呟いた声には答えなど戻ってくるはずもなく。大人しく着付けられると、はまた女性に連れられて部屋へと戻される。すでに床が用意されていて、「今は何時?」とツッコミそうになるのをぐっとこらえる。風呂に入った後から「本日はお疲れでいらっしゃると思いますので、どうぞお休みくださいませ」とお茶を淹れてくれてから一礼して去ってゆく彼女に、どうすることもできずは部屋を見回して、はぁ、とため息をついた。多分、布団が敷いてある、ということは「外に出るな」という無言の圧力なのだろう。そっと障子を開けてみれば、こちらを監視しているらしい男が複数人いる。下手に逃亡などしようものなら、また刀を突きつけられそうで。仕方ない、と覚悟を決めて部屋に戻って、お茶をすする。
「あ、おいしい」
思っていたよりも上等なお茶なのかもしれないな、と思いながら飲み干してしまうと、やることなどほとんどなくなってしまう。部屋を見回してみても、興味を引くものなどほとんどない。諦めてさっさと布団に入ると、すぐに睡魔が襲ってくる。あれ、おかしいな───────────。まぁ、いいか。と思いながら、に意識は闇に沈んでいった。