───────────で、ここはどこでしょう?
そう聞きたくなるのは無理もない。確か眠っていたはずなのだ。で、目が覚めると、狭いところに押し込められていて、なぜか繰り返しやってくる浮遊感の中。まるで馬に乗せられたような感じがする。嫌な予感に身体を起こそうとした途端だった。
「静かにしていろ。もうすぐ到着する」
「は・・・・・・・?」
「お前は駕篭に乗っているだけだ」
「は・・・?駕篭?」
「暴れればもう一度薬を飲ませて眠らせるが、どちらがいい?」
「薬───────────っ!?」
まさか、と思って立ち上がろうとした途端、ぐらり、と駕篭が揺れる。重心がずれて思わずへたり込んでしまうに、男の声が追い討ちをかける。
「茶に睡眠薬をいれさせてもらった。お前は3日間眠っていた」
「3日!?」
「逃げ出そうとすれば斬る。大人しくしている方が身のためだ」
「どこに、行くの?」
「米沢城。我が殿にお目見えさせる」
「は、はは・・・・・殿って・・・・・・」
冗談でしょう?と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。声からして、あの山で自分に刀を突きつけた成実、という男らしい。耳を立てれば、パカパカと馬の蹄の音もする。ということは徒歩で逃げ出しても間違いなく連れ戻される、ということだ。馬の足の速さはこの間で身にしみている。もうこうなったらどうにでもなれ、とため息をついた途端だった。ぐぅぅ、と腹の虫が鳴いた。男の言葉が正しければ自分は3日間何も食べていないことになる。お腹も減るのが当たり前といえば当たり前なのだが、はちら、とうっすらと見える外の景色に視線を投げた。やはり見覚えのない景色に、綺麗な田んぼに田植えが終わったばかりの苗が風で揺れる。働いている農民と思しき者たちも着物を着て、自分たちの行列に頭を下げている。その間ものお腹は不満を訴えるばかりで、ええいと思いながら、は御簾(というものだと後で知ったが)を軽く上げた。
「あのぅ」
「何だ?」
「ぶしつけなんですが・・・・・何か食べるもの、ありません?」
「───────────」
「お腹、すいちゃって・・・・・・え・・・・と、だめ、ですか?」
「あと四半時もすれば米沢に着く。着けば宴になるだろう。それまで我慢しろ」
「四半時って、どのくらい?」
「まもなくだ。もうあそこに見えている」
成実が視線をやった先に視線を変えると、最初に見た城よりもさらに大きな城が見えていた。まもなく、というのは間違いではないらしい。もうすぐ城門に差し掛かっているようで、先頭をゆく馬上の男がなにやら門番に話をしている。やがて、ギィィという音を立てて城門が開き、一行は中へと入ってゆく。
「うわぁ・・・・・・」
思わず感心した声を出してしまったのは他ではない。門を入ってからの人の多さに驚いたのだ。出店もあちこちに出ていてどの店も客でにぎわっている。にしても、城門を一歩入っただけでこの違いは何なんだろうか。首をかしげるに、男は馬を寄せて小さく叱咤した。
「顔を出すな」
「え?」
「狙われる危険がある」
「へ?私が?」
「ああ。ここは城下だが、どういった素性の者がいるかわからん」
「そ、そうですか・・・・・・」
私も素性のわからない女だと思うんだけど、と思いながら、一応忠告してくれたようなので素直にしたがっておくことにする。その間ものお腹は空腹を訴えていて、とりあえず何か食べさせてくれるんじゃないか、という期待とともに男に従っておく方が利口だ、と自分を納得させる。それからしばらく揺られ、ようやく停止した、と思った途端だった。無遠慮にバサリ、と御簾がめくり上げられて目を丸くする。
「着いたぞ」
「はっ、はい・・・・・」
口ごもったのはいうまでもない。じっとこちらに向けられる視線があまりにも恐ろしかったからだ。とりあえず顔を知っている成実、という男に助けを求めようとしても、彼はそ知らぬ顔で自分に頭を下げる出迎えの人間たちに鷹揚に頷いただけで、その中の一人───────────。成実よりも背が高く、何故か頬に傷がある。髪はオールバックにしていて、自分を見る視線の鋭さに身をすくめる。や、やくざみたい・・・・・。という一言は恐ろしくて口にはできない。頭を下げたままのその男に近寄って口を開く。
「景綱」
「は」
「出迎え、大儀」
「成実さまこそ、お疲れではございますまいか」
「殿は?」
「奥へいらっしゃいます」
「そうか」
言いたいことだけを言ってさっさと歩きだしてしまった成実においてきぼりにされたは、先ほど『景綱』と呼ばれた男の視線にひく、と頬を引きつらせる。こ、怖すぎる。と後ずさりそうになるのを必死で押しとどめる。
「小十郎。女性に対してなんてぶしつけなことをするのです」
「しかし姉上」
「いらせられませ。奥をお預かりします喜多と申します。遠路はるばる、ようこそお越しくださいました」
「え、は・・・・はぁ・・・・・・」
強面の男とは裏腹のやわらかい声に、はようやく息を吹き返して声の主を見る。背は多分自分と同じぐらいだが、年齢はかなり上だろう。やり手のキャリアウーマン、という雰囲気の女性だが、物腰はごく柔らかい。にこりと笑う顔は人好きのする笑顔で、つられてこちらも笑顔になる。素敵な女性、という印象だが、さあ、と差し出された手に自分の手を重ねると、下に置かれた草履に足を入れて立ち上がった途端。ぐぅぅ、と腹の虫が鳴った。聞こえた、と瞬間で真っ赤になるに、喜多、と名乗った女性がころころと笑う。
「まぁ、では後ほど御膳を用意いたしますね。小十郎、何をしているのです。ご案内を」
「こっちだ」
「え・・・・あの・・・・」
「ご心配いりません。さあ、どうぞ」
「おい、さっさと来やがれ」
「はっ!はい!!」
「小十郎!」
頬に傷のある男のどすの利いた声に思わず飛び上がる。表情も憮然としたままだが、促されるままに足を進める。見れば喜多は男に活を入れながらも、こちらに対してはにこにこと笑っている。というか、この超強面の男にあんな風にいえる喜多は、相当の女傑なんじゃないだろうか。さすがにこの男に対して逆らう気も起こるはずもない。というより、逆らったら殺される、と本気で思ってしまったからだが。
「広・・・・・・・・」
草履を脱いで廊下をどのくらい行けばいいのか、最初につれてこられた城よりも遙かに広いことだけはわかる。思わずげんなりしてしまうほど、米沢城は広かった。前を行く小十郎とか景綱とか呼ばれていた男はこちらを見ることなく歩き続ける。だが廊下ですれ違う人たちは彼の姿を見た途端、端に寄って頭を下げているから、相当偉い人なのかもしれない。それに、とちら、と前を行く男を見やりながらは口元に手を当てる。気のせいじゃなければ自分の歩く早さにあわせてくれているような気がするのだ。慣れない着物に足袋。人事ながらぴかぴかに磨き上げられた廊下は歩きにくくて仕方ない。だが、彼は自分の歩調に合わせてゆっくりめに歩いているように感じるのだ。意外に優しい人なのかも・・・・?と俄然興味のわいた男に視線を当てる。腕は太く、胸板も厚く、がっしりとしたかなりの筋肉質だと思う。背も高いし足も結構長い。手も身体に比例して大きく、の頭はすっぽりと収まってしまいそう。だが、あれ?と前を歩く彼の腰に目を留める。確かほとんどの男性が左に刀を差していたのだが、彼は右に差している。左利きなのかしら、とちら、と男を見上げてみる。
「おい」
「は、はい?」
「じろじろ見んな」
「え・・・・き、気付いてた、んですか・・・・・」
「たりめぇだ。そんだけ不躾な目で見られりゃ誰でも気付く」
「そ、そうですか・・・・」
前を向いたまま気付くって背中に目でもあるんじゃないか、と思いながらもとりあえず「すみません」と謝っておく。また無言に戻る男にはあれ、と周囲を見回した。先ほどとは違い、ぐんと人の数が減った、ような気がする。ずんずんと奥につれていかれているが、かなり歩いている、ということは一番奥の部屋、ということなのかもしれない。城の奥といえば、一番偉い人がいる場所のはず───────────。
「失礼致します。連れてまいりました」
「おう。遅かったな。入れ」
「は」
そこまで考えて、突き当たりの部屋までたどり着いた男が足を止める。キチンと膝をついて声をかけた男に倣ってとりあえずちょこんと座り込む。そして障子を開けると、中へ、と言われるままに入ると、一番奥に座っている男の視線にびくん、と身体が震えた。肘掛にひじを預け肩膝を立てて座っているのが何とも様になる。色っぽい、とはこの男のことを言うのだろう。着物から覗く喉仏や、長い指、それに整った顔立ちに一瞬頬が熱くなった。だが、特徴的なのはその顔の右目を覆った眼帯と、人を射すくめるような鋭い左目に、他の男と何かが違う、と心の声が告げる。
「座んな」
自分のすぐ前を扇子で示してが座る間も視線をはずさない。何もかも見透かされるような強い視線にいたたまれなくなる。腰を下ろすと、彼の隣に座っている可憐な少女がにこりと笑って寄越すのに、どくん、と心臓が跳ね上がる。そんな趣味はないはずなのに、まるでかわいい日本人形のような可憐さと、どきりとするほどの艶っぽさとが同居している不思議な少女。そして自分を囲むように右手側には成実と、左側にはどこか線の細そうな初めてみる男性と、先ほど案内してくれた小十郎(または景綱)が、自分の後ろに腰を下ろす。
「アンタ、名前は?」
「、です」
「Ha・・・、俺は伊達政宗。この奥州を治めている」
「え・・・・・・・?」
「An?聞こえなかったのか?」
「伊達、政宗?」
「テメェ!政宗さまを呼び捨てにするんじゃねぇ!」
「ひゃぁっ!!」
鸚鵡返しに口にした途端、背後からの怒声に思わず首をすくめる。
「小十郎、落ち着きなさい」
「は、失礼を───────────」
「まったくだ。殿の腹心が客人を怒鳴りつけるなどあってはならぬ」
「おい成。相変わらず小十郎には絡みやがるな。いいからテメェら黙ってろ」
だが、その続きが聞こえるより早く、前に座っている少女が口を開く。その凛とした声はまさに鈴を転がす、というにふさわしい可愛さで、は思わず少女の顔を見やる。だが、成実がくつ、と喉の奥で馬鹿にしたように告げるのに、政宗がちらと視線をやっただけで黙らせる。そうして政宗が視線で少女に合図をすると、少女は心得ていたようにお盆のようなものを政宗に差し出した。
「あ・・・・・!」
そこにあったのは最初に着ていたスーツや、腕時計や携帯電話、最初に落としたと思っていたクリアフォルダまでが置いてあって、政宗は興味深そうにクリアフォルダを手に取った。
「おい、これは何で出来てやがる?」
「え〜と、プラスチックだと思います、ケド」
「Ha-An?プラス、何だと?」
「プラスチック、です」
「で、これは・・・・・・紙、か?」
じろじろと眺めて、中に入っている書類を取り出して目を走らせる。
「これ、どうやって書いてる?」
「は・・・・?」
「筆、じゃねぇだろ」
「パソコンで打ってプリンターで出したものだと思います」
「パソ・・・・・Hum・・・・・で、お前、これをどこから手に入れた?」
「仕事で、コピーしに行こうと思って」
「コピー・・・・・・・ね」
の言葉を繰り返してこちらをじっと見つめる政宗の視線は嘘をつくことを許さない。ぽつりぽつりと答えるに、不機嫌そうに黙る後ろからの視線も痛い。ついでに言えば、成実の値踏みするような視線も怖いし、左側に座っている細身の男の視線だって友好的とはいえない。いたたまれない、とはまさにこのことだろうが、政宗はこちらを見ながら、腕時計を手にとって手触りに眉を寄せる。
「何に使う?」
「時計、です」
「時計?」
「今の時刻を知るもの・・・・だと思います」
時計とは何ぞや、と問われるとは思わなかった。とりあえず間違ったことを言ってはいないが、政宗は興味深そうに裏にしたり、ねじをいじったりしている。
「あの・・・・・・私からも、聞いていいでしょうか?」
「Ah?」
「ここ、どこですか?で、今は、いつ?」
「今は天正18年4月20日。ここは米沢城。俺の城だ」
「てんしょう・・・・?」
「アンタ、どっから来た?」
「私・・・・・・わからなくて・・・・・・会社の階段から落ちて、気がついたら山にいて・・・・何が、どうなってるのか・・・・・」
聞いていいか、と言った途端、背後からの恐ろしいまでの殺気に背筋が凍る。だが思っていたよりも政宗の優しい言葉に、すがるように声を出す。だが、彼から返ってきた答えは、を打ちのめすのに十分なものだった。そして気がつけば、涙があふれて止まらなかった。泣き出してしまったに、成実と小十郎が困惑したような視線を送る。だが政宗はその少女と顔を見合わせてから、すっと立ち上がっての前に膝をつく。
「泣きな」
「ひっく・・・・・うぅ・・・・」
「我慢すんじゃねぇ。泣いたらすっきりするだろ。いてやるから、泣きたいだけ泣け」
政宗の優しい声が耳朶にとける。そして彼の伸ばした手がの背を包んでそっと抱き寄せる。それが合図だったかのように、は政宗にしがみついて大声を上げて泣いたのだった。