「ま、政宗さん、あの・・・・・」
「Shut up。黙ってついてこい」
「う、うん・・・・・・・・」

甘味屋を出たときにつながれた手はほどかれないまま。は片手に饅頭や団子が入ったお土産を持ち、片方の手は政宗の手の中にすっぽりと納まっている。手をつなぐ、という行為は政宗にとってはが思うような行為ではないのかもしれないが、知らず頬が赤くなる。それに、手を握る政宗の体温が直接響いてくるようで、どくん、どくんと心臓の音が早くなる。彼のことだ。自分の反応すらわかってわざとやっているのかもしれないが、正直いたたまれない。視線を動かそうにも、先ほどから周囲から『奥州筆頭の伊達のお殿様』という野次馬の声が聞こえてくる。政宗が知らない女を連れている、という陰口も聞こえてくる。政宗はそんな声にもびくともせずにずんずんと先へと歩いていくのを追いかけるだけで必死になる。

「ここだ」

そんな道行がどのくらい続いたのか。足を止めた政宗に知らず詰めていた息を吐き出したが見上げた看板は『呉服』と書いてあった。

「え・・・・・・?」
「行くぞ」
「ええと、あの・・・・・・?」

きょとんとするの手をぐいと引いて慌てる背中を中へと誘った。最初は入ってきた男女二人組に店の人間がぽかんとしていたが、すぐに奥から店主らしき壮年の男が駆け込んでくる。政宗を見て頭を下げると、周りの好奇な目を避けるように奥に入るようにと告げ、政宗は鷹揚に頷いての手を引いたまま奥へと進んでいった。

「こいつに似合う柄を頼む」

そして部屋の真ん中にを置きざりにしてそれだけを告げて部屋の隅にどっかと座りこんだ政宗に店主は心得たように女中たちを呼び、店中の素地を持ち出して床に広げる。金糸銀糸でふんだんに刺繍が施してある緋色の着物や濃い紫色にわずかに浮かぶ柄が光にあたると反射しての目を楽しませる。だが明らかにが今身に着けているよりも上等な素地に見えた。確かに綺麗な着物を見るのは好きだし、キラキラしたものも嫌いではない。だがここにあるのは、明らかにが今まで見てきたものよりも手が込んでいて、元の世界では一生手の届かないようなものばかりだ。さすがにこんなものを買ってもらうわけにはいかない、と困惑して視線を動かしたに政宗の「Don't move」と鋭い視線と口調が飛び、断ろうとするたびに身をすくませる羽目になった。そんなの心境など完全に無視してそれら10種類以上の素地に政宗は立ち尽くすと見比べながら、政宗はいくつかを指差して身体に当てさせる。

「政宗さん、あの、こんな豪華な着物似合わないよ」
「Ah?『竜の巫女』が何言ってやがる。別にお前に買えって言ってねぇだろ」
「いや、そうじゃなくて!私は別に着物がほしいとか思ってないか・・・ら・・・・・・」

最後まで言い切る前に政宗を取り巻く空気が不穏さを増してゆく。慌てて語尾をすくませるに政宗は一度店の人間を部屋から追い出して、頬をひきつらせたままのをじっと見つめた。


「は、はい・・・・・・・・」
「お前は『竜の巫女』だ」
「はい───────────」
「着物はそれなりのものを着るのも仕事のうちだと思え。You see?」
「で、でもこの着物、下手すると愛姫が着てるものよりも豪華に見えるんだけど・・・・・・」
「愛はこんな柄着やしねぇよ。第一、愛にはもうちっと愛らしい方が似合う」
「そ、そういう問題じゃないんだけど」

足元に散らばる上質な素地を視線で追いかけてうつむいたに政宗はイラついたように立ち上がって、ぐいとその顎に手をかけた。

、ひとつ言っておく」
「な、何?」
「『竜の巫女』である限り、お前に拒否権はねぇ。流されんのが得意ならこういうときぐらい何も言わずに男に従うのが利口なやり方だろ」

挑発的に告げる政宗の言葉に思わず息をのむ。ここで頷いてしまえばきっとまた意地悪をされてしまうのだろうという外れない予感に必死で逃げ出そうとする自分の感情を押さえつける。だがそんなの葛藤などお構いなしに政宗はにやり、と口角を上げるだけの笑みを張り付ける。

「それとも───────────。お前が嫌だという理由は愛か?」
「だって愛姫は政宗さんの奥さんでしょ?私の着物を買う前に愛姫に買ってあげてほしいと思うのは悪いこと?」

じっと政宗の瞳を見上げてくるに、政宗はにや、と不敵な笑みに変えて彼女の変化に目を細めた。初めてだった。がこの至近距離で恐怖を浮かべた瞳ではなく、断固とした意志でじっと自分を見上げてくるのは。ただ、その内容が気に入らない。どうして自分のことではなく、愛姫のことなのだろうか。心の中にたまる不穏さを押し殺して政宗は「I see」と小さく口中でつぶやいての顎を持ち上げる手を放して彼女の頬に当てた。

「だったら愛には今度お前に与えたのよりもいい着物を買ってやる。それでいいだろ?」
「・・・・・・・・別に私、着物は今ので充分なんだけどな」
「よくねぇ。少しは贅沢を覚えろ。お前は俺の『巫女』だろ」
「・・・・・・・・どうせ貧乏性ですよ」

逃げるに逃げられないまま立ち尽くすが頬にあたる政宗の手をどうしようか、と困った表情を浮かべながら呟くのに政宗は軽く一歩を踏み出した。自然との距離を詰める形になるが、詰められた分後ろへと逃げるをそのまま壁際まで追いつめる。さほど広くはない部屋の中だ。数歩後ろに下がっただけでコツン、と踵が壁に当たって軽い衝撃が背に走る。見上げてくるの瞳がみるみる恐怖に彩られていくのを政宗は無言で見下ろした。あの時、パニックを起こした状況とほぼ一緒の体勢に、自分を見上げる瞳が黒く染まり、何も映さなくなっていくのを、政宗はじっと見つめて片手はの頬に触れたまま、逆の手は壁について自分の身体での退路を塞ぐ。ひゅ、と嫌な音がの喉からこぼれ、震える身体を自分の両手で抱きしめる。殴られる、と反射的に防衛しようとする身体がこの状態は危険だ、と告げる。だが逃げ出せない恐怖に身体がカタカタと震えてくる。

「ま、政宗さ・・・・・・」
「逃げんな」
「い、いや・・・・・・ぁ・・・・・」
!逃げるな。俺を見ろ」
「や、やだ・・・・っ・・・・!」

見上げる視線が逆に怖くて外せない。じっと感情のない隻眼で見下ろされるのは居心地が悪かった。恐怖で彩られた瞳で拒否を告げてがくりと落ちそうな膝を必死で支えるに、政宗はゆっくりと言葉を乗せる。

「お前に暴力をふるった男と、俺は同じか?」
「ちが・・・・・・」
「だったら、逃げるな。俺の目を見ろ。心配なら約束する。お前がここにいる限り、俺はお前を守る」
「・・・・・・・」
、これでも、ダメか?」

ふわ、と頬に当てられていた手がの頬を包み込む。ゆっくりと伝わってくる少し高い政宗の体温がほわりと包んでゆく感覚にはぴたり、と動きを止めた。これは、違う、と心のどこかが告げて、今までと違う感覚にどくん、と心臓が跳ね上がる。だが暴力に震える心が早く逃げろ、と告げる。相反する内なる声には茫然と政宗を見上げたまま硬直する。

「お前を殴る男のことなんか忘れちまえ。いや───────────俺が忘れさせてやる」
「まさ、む・・ね・・・・さ・・・・ん・・・・・?」

壁についた手を外して、肩に触れて顎からゆっくりと上へと伸ばし、両手での頬を包み込む。耳朶にしみいるような政宗の低音はどこか安心するように響いて、そう意識をした瞬間の頬がぽっと紅く染まる。その変化を愉快な気持ちで見下ろしながら、政宗はもう一歩を踏み出した。


「え・・・・・・・・・・」

密着する身体に狼狽するにくつ、と笑ってゆっくりと顔を寄せる。驚きに満ちた表情で腕を動かすのも忘れ、そのまま見上げてくるの顔を両手で固定して、その唇にそっと自分のそれを重ねて触れるだけのキスを送る。何をされているのか、わからなかった。だが、政宗の唇が自分のそれに重なっていることに気づいて真っ赤に染まるの顔に政宗はこらえきれず噴出した。

「・・・・っ!!」
「クックッ・・・お前の顔、ゆで蛸みてぇ・・・・・・」
「ひ、ひどっ・・・・・!!」

とん、と密着しまままの政宗の胸を押し返せば簡単に彼の身体が離れ、そのまま爆笑する政宗には真っ赤になったまま自分の手で唇に触れて、ぐい、と触れたところを手の甲で拭い取る。キスを奪われただけでもショックなのに、無理やり奪った政宗はムードも何もなく爆笑しているのを許せるはずもなく抗議の声を上げた。

「し、し、信じられないっ!!」
「何がだ?」
「き、キスするなんてっ!!政宗さんのバカ!変態!!」
「おい、ちょっと待てよ。バカはともかく変態ってどういう意味だ?」
「変態だから変態なのっ!!」
「Ah?・・・・・・I see。何だ、もっとしてほしいならそう言えよ」
「遠慮しますっ!!」

ぐい、と腕を引いて冗談半分で抱きしめて身をよじって逃げ出そうとするの身体を閉じ込めようと力を込める。見れば彼女の表情に先ほどまでの恐怖の感情は消えてしまっていた。そのことに満足を覚えながらも予想以上に細いの身体に政宗は内心で舌打ちをもらす。真っ赤になった彼女の表情にぐらりと理性が揺らいでしまい、彼女が抵抗しなければそれ以上を求めてしまった予感に自嘲するしかない。『欲しい』と思う醜い感情がずん、と集まってくるのを政宗は軽く首を振っただけで払拭して、適当なところでを解放してやった。そうでなければ自分の理性で押しとどめられなかったかもしれない、という感情に眉を寄せる。愛姫にも、数多いる側室たちにも感じたことのない欲にじわり、と感情が侵食されていきそうで。

「Hey
「な、なに!?変態政宗さん!よ、寄らないでよ!」
「Oh・・・・・・・・テメェ今度は手加減しなくてもいいみたいだなぁ」
「手加減って何!?ちょっ、何する・・・・っ!?あっ!!あのぅっすみません!!この素地で着物お願いしたいんですけどっ!!」

政宗の魔手から逃げ出したは、追いかけてくる政宗を牽制しながら、ろくに見もせずに適当に落ちていた反物をひっつかんで外で待っているであろう店主を大声で呼んだ。「はい」と声がしてすぐに駆けつけてくる彼に反物を押し付けて、すぐに女中たちを呼んだ店主に政宗は行儀悪くどっかと胡坐をかいて座り込むと、面白くなさそうに鼻を鳴らしただけだった。だが、自分で言い出したことながらこの店の一番上等のそれを選んでしまい、その値段に目を白黒させているにクックッと喉の奥で笑い声を立てた。

「面白ぇ。もっとお前を俺の手で変えてやる。覚悟しろよ?」

そして政宗が小さく呟いたその声は誰にも届かないまま部屋に消え、採寸をしたままのはそんなことは知らないまま、誰でもいいから助けて、とこの先の道行でおこるであろう受難に心の中で祈ったのだった。



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