呉服屋から出たは、手をつなごうとする政宗から慎重に距離を取りながら後ろを歩く。何度か無理やり手を取ろうとする彼のそれをぴしゃりと叩いて拒否すれば、不思議と彼は無理強いはしてこなかった。だが行く先に関してはやはり自分に選択権はないらしく、先に歩く彼を追いかけるだけだった。それでも、見渡せば道の両脇を埋め尽くしている店はどこも繁盛しており、往来を歩く人の姿も多い。行きかう人の多さと、彼らの笑顔には少し驚いていた。他でもない、政宗の治世が彼らを笑顔にしているのだと往来を行く人々が政宗に向かって頭を下げて敬意を表していくのにはっきりとわかる。

「小十郎さんの言った通りかも」

口中で小さくつぶやいたが城を出る前、二人きりになったときにこういったのだ。

「人々を見てこい」

と。笑顔であれば、政宗が君主として政務をこなし、彼が頑張っている証左だから。彼はそれを自分に見せたい、とはっきりと言った。

「政宗さまは竜だ。あの方は後世に名君として名を残す。俺たちはそれを支えている。お前も『竜の巫女』としてその一端を担っていることを誇れ」

小十郎らしい言葉に、喜多は苦笑しながらも頷いて、行ってらっしゃいませと手を握ってくれた。但し、政宗には内緒にしてほしい、と二人が口をそろえて告げたのには、政宗がそう意識をすると手を抜いてしまうから、という理由には苦笑するしかなかったのだが。

「Hey、。どこ見てる?」
「ううん。すっごく人が多いって思ってるだけ・・・・・って、政宗さん!それ以上近寄らないで!」
「Ah?」
「半径1メートル以上近寄ったら悲鳴あげるから」
「テメェ・・・・・・・」
「凄んでもダメ!元はといえば自分の責任でしょ!」

きょろきょろと見回すの足が止まるのを見て、政宗が踵を返す。その声に何の気なしに答えてしまったがすぐ手が届くところにいる政宗にぎょっとして一歩後ずさる。絶対に譲らない、という表情のに、「Shit」と舌打ちだけを残して先へ歩き出す政宗がちら、と一度振り向いて眉を上げた。

「何してやがる。早く来い!じゃねぇともう一回」
「すぐ行きます!」
「Ah?・・・・・・即答するか」
「何か言った?」
「No」

政宗の声に慌てて歩き出すに、面白くなさそうな顔で口中で毒づいた。やりすぎたか、とも思ったが、そのくらいやらなければきっと彼女は恐怖にとらわれたままだっただろう。彼女の中にある根底の恐怖を取り除かない限り、きっとはあのまま闇にとらわれたままだ。彼女が自分の二の次になるのは見たくない。キスをしたことも後悔はしていないし、むしろ自分の中にある欲に自分が驚いたほどで。政宗は知らず口元を結んでスタスタと先に進んでいた。

「政宗さん・・・・・待って・・・・・」
「Ah?」

考え事をしながら歩いていたせいか、背後から響く声が小さく聞こえたことに足を止める。気が付けばかなり先に来てしまっていて、追いかけてくるが息を弾ませていた。

「Sorry」

追いついてくるのを待って小さく告げると、は小さく首を振った。膝に手を当てて息が落ち着くまで待ってから、に手を伸ばす。

「───────────何?」
「いいから手ぇ出せ」
「・・・・・・・・・・・何のために?」
「テメェが遅いからだろ。いいから出せ」

じろ、と睨みつける政宗をちら、と見上げ、ここは逆らわない方がいいと判断する。政宗とともにいる時間が長くなるにつれて、彼に逆らってはいけないときと、そうでないときが何となくわかってきた。そして今の政宗に逆らうと実力行使をされるか、もしくはさらにひどいことをされるか、という予感にそっと手を差し出した。

「Good、kitty」

ふわ、と政宗の手がの手に触れて包まれる。そして見せた彼の笑顔には思わず息をのんだ。こんなに穏やかな政宗の笑顔は初めてだったから。彼の隻眼が優しく笑みを浮かべるのに視線が離せなくなる。どくん、どくん、と心臓の音が耳に響いてきて、自分が一体どうしてしまったのかと困惑する。きっと顔も真っ赤に染まっているのだろうが、今度は政宗は笑わなかった。「行くぞ」とだけ告げて手をつないだまま歩き出す。引かれるままに歩き出したは彼の背を見上げながら治まりそうもない鼓動の速さに戸惑ったように口を閉じた。




引かれるままに連れ込まれた先は何やら雑貨や装飾品を扱った店のようだった。政宗が店に入れば、あらかじめ連絡してあったのか店主が心得たように奥へ通される。動くたびに腕につけている飾りがしゃらりて音を立てる。巫女装束を見立てたときに与えられたブレスレットだ。普段巫女装束を着ないときは外していたが、今日は必ずこれを付けてこい、と政宗に命じられたのだ。無論、そういう口調の政宗には逆らうことなどできず(それほど無理難題ではなかったのもあって)右腕を動かすたびに石が触れ合う音がする。歩く廊下の最奥までたどり着いて案内してくれた女中がふすまをあけて二人を招じ入れる。部屋に入ると、政宗はを振り返りながらつないでいるままのの手の甲に口づけた。

「ひゃぁっ!?」
「Ah?」
「あ、あの!だからキスやめて!」
「甘い」
「・・・・・・・は?」
「お前の手、甘ぇな」

突然のことに抗議の声を上げるに政宗は笑ってそう告げる。そのまま固まってしまうに「変なヤツ」と告げてさっさと座り込んでしまう政宗が立ちつくしているに自分の隣に座るように示す。

「どうした?」
「う、ううん・・・・・・・」

まさか政宗の笑顔にドキドキしてます、などといえるはずもなく、言われるままに腰を下ろす。すぐにお茶が運ばれてきて、「しばらくお待ちくださいませ」と告げた女中がちら、とを見る視線が少し痛い。


「な、何?」
「明日の夜、俺の部屋に来い」
「え───────────?」

しんと沈黙が落ちた空間の居心地の悪さに身じろぎする。気まずい、というものではなくて、いつもと違う政宗の表情や仕草ひとつひとつにわたわたしてしまっている自分に困惑する。先ほどから見せる政宗の姿はきっと彼の一番素に近い姿なのだ、と理屈じゃなく思う。それは表情の柔らかさや誰かが側にいる、という緊張感から解き放たれているときの彼に近いのだと思う。どこか、小十郎と二人きりでいるときの政宗の表情に近いからそう思うのかもしれない。そう、うぬぼれそうになるほどの彼の態度と、告げられた言葉に思わずごくりと唾を飲み込んだ。

「左門の話、してやる。約束だろ?」
「あ・・・・・・そ、そっち・・・・・?」
「Ah?何考えてやがった?」

途端、いつもの政宗の表情が蘇ってきて、は思わずそう呟いてしまった自分に後悔した。

「何だ、赤い顔して。Ham・・・」

自分の勘違いに真っ赤になるににやりと笑う。先程までの穏やかな表情とは違ういつもの意地悪な顔に戻る彼に嫌な予感に身体をすくませる。

「ち、違・・・・!」
「Ah?何が違うんだ?お前が期待してたのはこういう事か?」

とっさにつないだままの手を振りほどこうとしたが遅かった。逃げ出そうとするとの空間を詰めて軽く肩を押すと、の身体は重力に逆らうことなく背から畳に落ちる。あ、と思ったときには政宗に組み敷かれていた。

「kitty、そうだろ?」

あわてふためくの動きを封じるように両腕を自分の右手で畳に縫い留めて、唇が触れそうなほど近くにある隻眼が面白そうな笑みをたたえての瞳を捕らえて離さない。

「ま、政宗さん・・・・」

瞳に映る政宗はどうしようもないほど妖艶で、身動きすらできないことも忘れて呆然と見上げることしか出来なかった。『ああ、男の人がセクシーだというのはこういうことなんだ』とまるでテレビドラマのワンシーンを見ているように妙に他人事に感じてしまう。茫然と見上げていると、首筋に政宗の唇が触れ、その感触に我に返る。

「きゃ、キャっ・・・むぐ・・・・・」

途端に悲鳴を上げようとするの唇を政宗の手がふさいで、暴れようとする身体は組み敷かれたまま逃げ出すこともできない。慌てるににや、と笑う政宗は逆に余裕たっぷりでいつもの彼の勝ち誇ったような表情を睨みつける。ちょうどそのときだった。ふすまの外で店主の来訪を告げる。「ああ」とだけ告げてあっさりとを解放して身を起こした政宗が、顔を真っ赤にさせて飛び起きたに、にやりと笑ってみせた。




 同じ頃。城に残された小十郎は険しい表情を崩さないまま、自室にて黒脛巾組の報告を受けていた。曰く、旧相馬領に不穏な動きあり。先日の戦で恐らく豊臣軍の軍師が糸を引いているだろうとは予想はしていたが、想像以上に早い動きに舌打ちしたい気持ちを押し殺す。頷いて配下を下がらせ、軍師の顔に戻る小十郎の元に、成実から早馬が届いたと綱元が姿を見せた。

「綱元どの?」
「小十郎、成実さまからだ」

執務室にいるはずの綱元が小十郎の自室を訪ねてくることは少ない。小十郎も政務には携わっているが、こと政に関しては綱元の方が上だ、と小十郎も認めていた。政宗を支える家臣たちの中でやや年長であるせいなのか、戦には向かないが政治のかけひきや情報操作は彼の手腕がなくては伊達領はここまで大きくなることはなかっただろう。その彼が執務中に席を外すことも珍しければ成実からの書状も珍しい。しかも早馬での到着、となればただならぬことではないか、と警戒するのも道理だ。

ざっと目を通して手紙を綱元に戻す。見るように、と態度で示した小十郎を受けて同じく目を通した綱元は渋い顔で小十郎を見上げる。書状には政宗の実家である最上が政宗の伯父でもある留守政景の領地との国境線に軍を向かわせたらしい、とあった。政宗の従兄弟である成実は伊達一門に連なる高い身分を持つ。神官上がりの小十郎や政宗の父、輝宗によって身分を引き上げられた綱元とは違い、横のつながりも深い。そのあたりからの情報だろうとは思うが、たまにこのような黒脛巾組よりも早い段階で小十郎の元に情報が上がってくることもある。

「それで、お前の見解は?」
「───────────陽動ですな。先ほど黒脛巾組から相馬領にて不穏な動きあり、と知らせてまいりました」
「なるほど。先日成実さまとが見たどこぞの軍師の仕業だと?」
「・・・・・・ほかの人間にしたら時期が合いすぎる」
「難儀なことだ」

軽い調子で言いながら表情は冴えないままの義兄に頷いて小十郎は深く思考した。いくつかの可能性が頭の中を渦巻き、次に顔を上げたとき綱元は彼を促すような視線を投げる。

「綱元どの」
「何だ?」
「頼みがある」
「私にできることなのか?」
「ああ・・・・・いや、綱元どのにしか頼めない」
「小十郎が私にそう言ってくるのは珍しいね。で?」
と共に相馬領に赴き、不穏分子を叩いてほしい」
「それはを『巫女』として連れていけ、ということかい?」
「そうだ」
「───────────」
「成実さまには早馬を飛ばす。成実さまには留守さまの助力が必要であれば、助力をお願いする。それ以外のことについては成実さまの判断において処理なされたい、と。そのための全権を留守さまに付す旨、政宗さまに許可を取る」

断固として告げた小十郎に綱元は頷いて軽く苦笑する。

「私は正直、軍を率いるよりも城で留守番をしている方が向いていると思うんだけどね。殿が私の出陣を知ったらお怒りにならないか?」
「俺と政宗さまは米沢を動くわけにはいかねぇ。綱元どのには僭越ながら小十郎がいくつか策をお授けいたします。の・・・・いや、『竜の巫女』のご神託として兵たちを動かしてもらいたい」
「───────────小十郎、何を考えている?」

あまりを追いつめない方がいいと思うが、とゆるりと告げる綱元に小十郎は苦い笑いを張りつかせた。綱元の気持ちはわかる。だが、先日成実から聞いたところ、恐らく竹中と思われる男は『事を構えたいわけじゃない。独眼竜とその右目がどういう風に動くのかを見てみたかった』と言ったという。自分なら様子見は一度で終わらせない。二度、三度と繰り返して行動パターンを把握する。そのすべてに政宗が出陣するようなら、本陣とも言うべき米沢はかなりの確率で空になる。自分ならば数か所で反乱を起こさせてがら空きになった本陣を叩くだろう。無論この米沢とて例外ではなく、がら空きのときに襲われれば元も子もない。
今回はそれを狙っていないにせよ、残党狩りに政宗が出向く必要はない。逆にいちいち政宗が動くようであれば、それはすなわち隙を見せる、ということにもなりかねない。君主たる政宗は米沢にて四方に気を配り、軍師たる自分は政宗のすぐそばにいて軍を動かし、その意を受けた『竜の巫女』の神通力で戦を勝利すれば『巫女』をかつぐ伊達軍の士気もあがる。小十郎としては現在『巫女』として政宗の軍のシンボルとなりつつあるの価値を高めておきたいという軍師としての計算がある。たとえ本人がそれを望んでいないとしても、政宗が彼女を自分の籠の中に閉じ込めておきたいと願っていたとしても、彼女を政宗の軍にはなくてはならない人間として仕立て上げるつもりだった。

それを聞いた綱元は穏やかな表情を崩すことはしなかったが、不機嫌そうな小十郎に告げる。

は女性だ。戦に連れ出すのは感心しないな。お前は先日の戦で彼女を守っていた、と聞いたよ。戦に出れば彼女はきっと深く傷つくことになるだろう。お前はそれでいいのか?」
「───────────ああ」
「・・・・・・そうか、わかった。引き受けよう」
「すまねぇ。を頼む」
「ああ」

一瞬小十郎の表情に浮かんだ苦渋に綱元は軽く息を吐き出しただけで見て見ぬふりを貫いた。小十郎が「それでいい」と口に出すのであれば、自分は政宗のために力を尽くすだけだ。だが、『頼む』と言われた綱元は逆にいい機会ではないか、とも思う。今まではずっと彼らと一緒にいた。離れていれば見えることもある。それは彼女だけではなく、政宗にも小十郎にも言えることだ。彼女がここに来てから少しずつ変わってゆく二人が自分の感情に気づくきっかけにはなるだろう。それが楽しみなような、残念なような、兄のような気持ちで綱元は眉間にしわを寄せたままの小十郎を手招いて、声を抑えた会話を続けたのだった。



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