夜遅くなって政宗から使いが来た。後について一人政宗の部屋へと連れられると、中から「入れ」と声が響く。その声に頷いて部屋へと入ると、は目を丸くした。
「あれ、喜多さん?」
「はい。私も同席させていただきます」
「、座れ」
「うん」
政宗の示した場所に腰を下ろす。妙に重い空気に声を出すのもためらわれる。喜多と政宗に交互に視線をやれば、いつも笑みを絶やさない喜多が思いつめたような顔をしているし、政宗はじっとこちらを窺うような視線を投げていて、は思わず身をすくませる。
「話す前に、聞いておく」
「う、うん」
「聞けば、もう後戻りできなくなるぞ。それでも聞きたいか?」
「え・・・・・・・・・?」
「このことを知っているのは殿と私、成実さまの三人だけでございます。綱元はおおよそのところは知っておりますが、あえてすべてを話してはおりません。もしさまが・・・・・ただの興味本位でお聞きになられたいのでしたら、おやめになられる方がよろしいかと存じます」
きっぱりとした喜多の言葉には思わず口ごもった。興味本位、というのは確かにある。だが、自分を勇気づけてくれた小十郎のために何かしたい、と思う気持ちがあるのは確かで。気が付けばゆっくりと頷いてしまっていた。
「聞きたい。小十郎さんのこと、もっと知りたいの」
「All right。ただ、あまり気持ちのいい話じゃねぇぞ」
「・・・・・・・・・・うん」
政宗の言葉に頷いて、知らずごくりと唾を飲み込んだ。そして彼はゆっくりと話始めた。
「もう7年・・・・・・・8年前になるか。俺がこの伊達家の家督を継いですぐぐらいん時だ───────────」
* * * * * * * *
わずか18歳の政宗が家督を継いだことによって、伊達家の家臣団も大幅に若返った。執政に片倉小十郎、政宗の守役がそのまま執政まで上り詰めたのだ。当時小十郎に対する風当たりはきつかった。当の本人は何を言われても気にしない、という様子で政宗に仕えてはいたが、心配したのは喜多はじめ、周りの人間だった。すでに政宗には愛姫が嫁いでおり、執政たる小十郎がいつまでも独り身というわけにはいかないだろう、と気を回して小十郎の嫁さがしに奔走した。その時、白羽の矢が立ったのが矢内重定の娘、蔦だった。蔦はとてもこまやかな女性だった。小十郎と娶わせる、と決まった時、彼女は初めて会う小十郎の姿に絶句して、しばらく何も口に出せなかった。内気で家から出ることもほとんどなく蝶よ、花よ、と育てられてきた女性の一人だった。蔦は小十郎との祝言を最初は嫌がったが、決まってしまった以上従わねばならない。それが武家の娘の宿命だった。
祝言が終わり、小十郎は蔦と共に政宗から与えられた屋敷へと移り住んだ。今までの小十郎の住まいでは手狭になるだろう、という理由だったが、城のごく近くに与えられた屋敷にそれほど身分の高くない家で育った蔦はすっかりと萎縮してしまっていた。それを何とかなだめ、しばらくは夫婦生活もうまくいっていると思っていた。
そして、日が過ぎ、小十郎の元に蔦の懐妊が伝えられ、彼は喜ぶよりも先に政宗にいまだ子がないことを思い病んだ。その熟考した結果、もし自分の子が男の子であるのならば、殺せ、とそう命じたのだ。それを聞いた日から蔦は小十郎と会うことを一切拒否するようになった。とはいえ、同じ屋敷内、身重ではいろいろと差しさわりもあるだろう、と喜多があれこれと世話をしてやっていたが、もうすぐ出産というときになって蔦から打ち明けられた内容に喜多は驚いて愛姫と政宗にとりなしを頼んだのだ。
* * * * * * * *
「それで───────────?」
「Ah・・・・・・小十郎を呼び出して殴りつけてやった」
「・・・・・・うわ・・・・・・・」
「だってそうだろ?テメェの子だぞ。喜ぶならともかく、殺すやつがあるか。蔦には俺から急使を出して子を助けるように伝えた」
「ですが、遅かったのです」
「───────────え・・・・・?」
「すでに出産を終えておりました。元気な男の子でした」
「・・・・・ま、まさか・・・・・・・」
「いや、間に合った。子の方は。But・・・・・・」
「蔦は、気を病んで狂ってしまったのです」
「───────────そんな・・・・・」
ひゅ、と喉に空気が触れる音が響く。蔦の気持ちを考えれば無理もないことかもしれないが、は思わず口元に手を当てる。
「もともと線の細い、細かいことによく気が付く女子ではありました。蔦は小十郎の苛烈さについていけなかったのです。子が男だとわかった途端、蔦は半狂乱になって暴れました。私は殿からお許しをいただいた旨を伝え何とかなだめましたが・・・・・・・一時は子を連れて屋敷を無断で抜け出そうとしていました。まだ生まれたばかりの動かせもしない乳飲み子を抱えて屋敷から逃げ出そうとする蔦の手から子を取り上げて、さすがに私の手にも終えず、一度里へ出したのです」
「蔦が里で首を吊ったのは、それからすぐのことだ」
「え・・・・・・・・」
「鴨居に縄をかけて首を吊っていました。見つけたのは、矢内さまだったそうです。気が触れてしまった蔦には刃物となるようなものを持たせないよう、蔦から目を離さないように、と注意をしていたのですが、目を離したわずかな時間だったそうです。見つけた時にはまだ息があったそうですが、結局助かりませんでした」
「───────────」
「蔦には耐えられなかったのです。子から引き離され、武士の・・・・・殿のすぐ近くに仕える小十郎の覚悟も、蔦にはすべて理解できないことだったのでしょう。小十郎にとっても、自分に逆らい続ける蔦は理解できなかったのでしょう。武家の妻が懐剣で喉を突くのならともかく、首を吊る、という死に方も許せなかったのです。小十郎は以来、子の左門を寺に預け、蔦の実家とは縁を切ったままです」
「それが・・・・・・?」
「Ah・・・・それが左門だ。片倉の嫡子でありながらいまだに寺に預けっぱなしだ。あいつはほとんど顔を出さない。左門は両親に捨てられたと思ってんだろうな」
「事実、そうではございませぬか。私は月に一度お暇をいただいて様子を見に参りますが、あの子にとって、小十郎は母の敵のように思っております。もう少し頻繁に顔を出して親子の情を深めてくれればよいのですが・・・・・・」
ふぅ、と息を吐き出すように告げた喜多に政宗は渋い顔のまま視線を逸らす。思っていた以上の話に愕然とするに政宗はちら、と視線を送って、脇息にもたれかかる。
「小十郎はまだ勝手に死んだ蔦を許してねぇ。だが左門もそろそろ先のことを考えなければならねぇ年だ。いくつになった?」
「もうすぐ、7つになります」
「だったら今のまま寺に預けっぱなしってわけにはいかねぇだろ」
「ええ。殿から一度小十郎に言ってくださいませ」
「何度も言ってるが、アイツにゃ馬の耳になんとやらだ。俺も困ってる」
珍しく弱音を吐く政宗に喜多も咎めはしなかった。
「さま、さまからも一度小十郎に左門を迎えに行くように伝えてやってくださいませんか。殿とさまのお二人からのお言葉なら、小十郎も無下にはできません」
「・・・・・・・政宗さんはともかく、私が何を言っても小十郎さんは変わらないと思うけど」
「Ham・・・・・そうかな?」
「え・・・・・・・?」
「少なくとも、何もないことはねぇよ」
「どうして?」
「さまは『竜の巫女』ではございませんか。巫女の権限で命じてやってくださいませ」
「む、無理!!それは無理!喜多さん、時々怖いことを平気で言いますよね」
つい今日の昼も「餓鬼と一緒」とひどい言われようだったのだ。今の自分が何を言っても小十郎は変わらないだろう。だがまさか彼がここまでの気持ちを秘めていたとは思わなかった。成実はあの時ごく軽い調子で言っていたから、こんな話だとは思わなかったというのが正直なところだ。
「ですが、さまからも一度小十郎と話をしていただけませんか?さまのお言葉ならきっと、聞いてくれると思います」
「・・・・・・・・私より政宗さんが奥州筆頭の命令として言った方が効果がある気がするんだけど」
「Ah・・・・・俺がそれをやらなかったとでも思ってるか?」
「やったの?」
「Of course」
「・・・・・・ってことは、結果は」
「あいつ、俺の命令を綺麗に無視しやがった」
「───────────珍しいね、小十郎さんがそんなことをするなんて」
呆れるよりもむしろ感心してが言えば、政宗は憮然としてそっぽを向いた。普段は自分に絶対服従の小十郎が完全に無視したことを未だに根に持っているらしい。子供のような仕草にまじまじと見つめるの手を喜多が握りしめる。
「き、喜多さん?」
「もうお願いできるのはさましかございません。どうか、お願いいたします」
「え?え・・・・・?」
「もうすぐ、蔦の命日になります。この日ばかりは小十郎は一日休みを取り、左門に会いに参ります。さま、小十郎に同行していただけませんか?」
「・・・・・・私が?」
「はい」
「小十郎さんが行かなかったら?」
自分を差し置いてさっさと話を作る喜多に恐る恐る反論する。
「そん時は成にでも無理やり連れて行かせる」
「成実さんに・・・・?」
「ああ。成は左門の名づけ親だ」
「───────────は・・・・・?」
普段は顔を突き合わせれば冷淡なやり取りをする二人と政宗の言う二人の関係が結びつかない。ハテナを張りつかせるに喜多は苦笑しながら告げる。
「大丈夫です。必ず小十郎を行かせます。ですからお願いいたします」
「え?喜多さん?私無理だって・・・・・・」
「Ah・・・・・、喜多に付き合ってやんな。俺も左門のことは気にかかってんだ。第一、俺のせいで殺されそうになった子をそのままにできるか」
政宗の言葉に深い後悔が滲んでいるのをは敏感に感じ取って口を閉じる。彼がこんな感情を人に見せるのは珍しい。普段は絶対に見せない表情を垣間見てしまった以上協力しないわけにはいかないらしい。それも自分の好奇心から発したものであるのならなおさら。
「わかった。でも、あまり期待しないでね。小十郎さんを動かすのって私でも無理だと思うんだけど」
「いえ、さま、感謝いたします」
「え・・・・それ、ちゃんと役目を果たしてからにしてください。自信ないから・・・・・」
小さく呟くに軽く首を振る喜多が笑みを見せる。大丈夫です、と根拠のない喜多の声に政宗は憮然としたまま頷いてから、話は終わりだとばかりに大きく伸びをした。
「、明日いつ出発する?」
「時間は聞いてないよ。でも多分お昼すぎになるんじゃないかって綱元さんが」
「そうか。なら午前中は顔を出せ」
「うん。そうする」
「喜多、もういい。お前も休め」
「はい。ではお休みなさいませ。さま、もう遅い時間ですから、お部屋までお送りいたします。廊下でお待ちしておりますわ」
「え?あ、うん」
それだけを告げてさっさと部屋を出ていった喜多の勢いに頷いてから、何の気なしに政宗に視線を当てて───────────はそれを後悔した。
「」
「は、はい・・・・・・・」
夜ということもあるのかもしれない。政宗の隻眼がいつもと違って見えた。熱を帯びた男の瞳がの瞳を逃がさない、と告げているようで、思わず身震いしてしまう。何故喜多と一緒に部屋を出てしまわなかったのか、と焦るが、視線は政宗に当てたままそらすことができない。どくん、どくん、と急激に心臓の音が大きく響いてくるのを感じながら、政宗がとの距離を縮めてくるのを茫然と見つめることしかできなくなる。そして───────────、すっと頬に当てられた手の熱さに思わず息を飲み込んだ。
「Ya・・・・・いい。戻れ」
「う、うん」
このまま抱きしめられる、と頭の片隅で考えながら、身体は金縛りにあったかのように動けない。だがすっと視線を外したのは政宗だった。頬に当たる手は軽くなでていっただけで、政宗の声で呪縛が解ける。
「」
「は、はい?」
「無事に帰ってこい。待ってる」
「うん。ありがとう・・・・・・お休みなさい」
まだ息が苦しい。この苦しさの原因は何なのかこんなに心臓が音を立てるのは何故なのか、その理由をあえて見ないようにしては慌てて政宗の部屋から飛び出したのだった。