翌日。昼すぎに米沢を出発した綱元とは夕方には相馬領の出城の一つに落ち着いていた。随行する兵は千。少ないようではあるが、短い時間で綱元がかき集められるだけの兵を集めてきた。それと並行して現在相馬領で反乱の鎮圧にあたっている諸将の兵が二千。合計三千の兵が集まる計算になる。道すがら綱元はと綿密な打ち合わせをした。小十郎が綱元に託した策のうち、綱元が状況によってに伝えるから、と言われたものの、正直不安で不安で仕方がない。『竜の巫女』であることを強調するため、巫女装束に政宗から与えられたブレスレットにアンクレットをし、馬ではなく輿での移動である。最初景色の見えない輿は窮屈で仕方なかったが、慣れれば動く個室と思ってしまえばいい。今回は機動力を生かす戦いではないから、というのも輿での移動になった一因ではあるが、正直担いでくれる男たちに申し訳がない。そう告げると綱元は楽しそうにこういったのだ。
「が自分で馬に乗れれば一番いいんだろうけどね。私は女性と共に馬に乗りたいとは思わないからね。まして『竜の巫女』どのとは。小十郎のような度胸はないよ。それとも───────────無理を承知で一人で乗るかい?」
当然、即行でその申し出は却下させてもらったため、はおとなしく輿で担がれる羽目になったのだ。
城に到着すると当然のように大広間に通されて、綱元と共に席に着く。「こちらが『竜の巫女』どのだ」と紹介されて「初めまして。といいます。よろしくお願いします」と頭を下げるとその場に集まっていた家臣たちがざわついた。何事かと思えば綱元は口元を隠して笑っているし、不思議そうな顔をするに綱元は何も言わないまま情報を交換するだけでその場はお開きとなった。何が何やらわからないままのに、綱元が部屋に戻ってきてからまだ笑いが収まらないように告げる。
「は面白いね」
「はい?私が、ですか?」
「ああ。まさか『よろしくお願いします』なんて言うとは思わなかった。あの時の皆の顔は傑作だったな」
思い出したのかまた笑いながら綱元が告げると、はますます不思議そうな顔になる。
「いや、『竜の巫女』といえば、先の戦いで殿に勝利をもたらした巫女だという触込みになっている。普通なら殿のご威光を来て鷹揚に対応するものを自分から頭を下げるとは、皆のあの顔といったら・・・・」
「は、はぁ・・・・・」
そういうものなのか、と思いながらも頷いたを綱元はようやく笑いを収めて口を開く。
「それで、今の状況は何となくでもわかったかい?」
「ええと、ここから東に行ったところと北と二つ拠点があるって言ってましたよね?」
「ああ。だが東の拠点の方が人数が多い。で、だ」
「はい」
「小十郎からの書状だよ。に直接渡してほしいそうだ」
「え・・・・・?」
そういいながら懐から手紙を出してに渡す。丁寧な楷書で書かれており、もこれなら解読できた。というのも小十郎に手習いをするようになったものの、まだ流暢な筆の文字は解読できない。楷書であればある程度意味も分かるため、小十郎は宛てにはいつも丁寧な楷書を寄越すようになったのだ。
「何て書いてある?」
「北を、攻めろって・・・・・・・」
「───────────成程。それで?」
「東の拠点は200の兵に囲ませておいて本隊は北を攻めるべし。北を討てば東の者たちは戦をせずひれ伏すだろうって」
「ふむ・・・・・・・200とはまた少ないな」
「ですよね。東の拠点って」
「約1500の兵がいるらしい。小十郎は何と?」
「斥候を使って噂をばらまけ、と」
「小十郎らしいね。相変わらず戦場にいないというのに千里眼だな」
くす、と笑う綱元の笑みには小十郎に対する信頼が垣間見えて、は思わず綱元を見直した。
「なんだい?」
「ううん。綱元さん、小十郎さんを信頼してるんだなって」
「そうだね。まぁ敵に回すとあれほど厄介な敵はいないね。軍師であるということはそれだけ機を読む力があるということだ。小十郎自身も卓越した武士である上に頭も切れる。正直、あれを敵には回したくないな」
「へぇ・・・・・・・」
「は知らないだろうけど、殿が奥州筆頭までのぼり詰めたのはここ数年だ。それまでは伊達は小さな大名のひとつにすぎなかった。それを殿と小十郎が二人で伊達家を大きくしたんだ」
そのことに関しては小十郎や喜多、愛姫からも聞いていた。喜多に言わせれば政宗の求心力の成果であり、愛姫に言わせれば家臣たちの手柄、小十郎に言わせれば政宗の類稀なる指導力と国許をまとめていた綱元の功績が大だった、と。綱元に言わせれば政宗と小十郎二人の手柄らしい。彼ららしい言い分には思わず微笑んだ。
「でも綱元さんも」
「私は戦が嫌いでね。留守の方が気が楽だ。それは家中皆が知っていることだよ」
「え・・・・・・・・」
「、君にははっきり言っておいた方がいいだろう。何故今回、相馬に私が使わされたのか、その理由だ」
「綱元さんを信頼しているから・・・・・?」
飄々とした表情を崩さないままに向き直る。
「うん。ある意味では小十郎は私を信頼しているだろうね。私が戦を嫌い、という点においては」
「え───────────?」
「私はあくまでも『竜の巫女』のお目付け役だ。私に戦の能力はない。だからこそ小十郎は私をにつけたんだ。の言葉を伝える人間としてね。もしこれが私ではなく成実さまや小十郎だったなら、が何を言っても成実さまの操り人形、小十郎の飾り物、としかとられなかっただろうね」
「それって・・・・・・」
「いいかい、。私は今回、を『竜の巫女』としての名声を得るためについてきたんだ。だからは自分の言葉で彼らの前で話をしなければならない。わかるね?」
「うん」
「逆を言えば、今度失敗したらには二度目はないということだ。それを心しておきなさい」
「───────────はい」
穏やかな口調には逆らわずに頷いた。綱元の言葉は少し小十郎に似ていると思う。はっきりと自分に対して物を言うのが似ているというのもあるし、口調は穏やかだがその内容は容赦がない。
「綱元さん」
「何だい?」
「私、何もわからないから、いろいろ教えてください」
そう告げたに綱元は一瞬絶句して、そしてふわりと微笑んだ。
「ああ。私は君が頑張れるように全力で君を導くよ」
「ありがとう、綱元さん」
小十郎は自室で黒脛巾組の報告を聞いていた。綱元からの書状も届いているが、複数の報告を聞くのが慣習になっている。黒脛巾組からは相馬の首尾は上々、『竜の巫女』の神託に沿って兵を動かし、反乱は鎮圧したとの報告だった。
「『竜の巫女』さまは首謀者をすべて伊達に帰属させたとのこと。数日中には米沢に戻られるかと」
「そうか。こちらの損害は?」
「ございません。『竜の巫女』さまのご神託により、戦はございませんでした」
「相手方は?」
「相手方の損害もございません」
「わかった。『巫女』の到着まで影から守れ」
「かしこまりました」
黒脛巾組の者を下がらせてから小十郎は腕を組んで半眼になる。綱元に同行してもらったとはいえ、首尾は予想以上だった。まさか双方とも一兵も失うことなく反乱を鎮圧できるとは予想だにしていなかった。黒脛巾組の報告にはなかったが、綱元の書状によると相馬に出兵していた諸将の『竜の巫女』への信頼は絶大である、とあった。その結果に満足してはいるが、この胸のもやもやは何だろう、と自問する。を『竜の巫女』として仕立てあげると決めたのは自分なのに、いざそれが動き出してしまうと彼女が彼女でなくなるような焦燥が湧き上がってくる。だがそれを自分の心の中だけに押し込めると小十郎は政宗に報告すべく立ち上がる。抜かりのない綱元のことだからきっと政宗にも書状を送っているのだろうとは思うが、の帰還を待っている政宗のことだ。どんな顔をされるのやら、と思いながらも部屋を出て政宗の姿を探す。女中から自室におられますと聞いた小十郎が政宗の部屋の前で声をかける。
「政宗さま」
「Ah?小十郎か?」
「は。よろしいでしょうか?」
「構わねぇ。入れ」
「は───────────」
やや不機嫌そうな政宗の声を聞きながらふすまを開けると、そこには政宗の他に愛姫、そして4人の側室と喜多がいて小十郎は面食らったように顔を上げる。
「これは、失礼を」
「構わねぇっつってんだろ。入れ」
小十郎の姿を見て側室たちが眉を上げた。側室たちにとって小十郎は政宗の執政であると同時に身分の低い家臣の一人にすぎない。いつも政宗の側にいて自分たちの邪魔をする存在でもある。そのため彼女たちからすれば煙たい人間でもあるのだから。
「殿!まだ話は終わっておりません!」
「そうでございます。お願いですからご本心をお聞かせください」
「ええ。あのどこの馬の骨かわからない女を側室にするなど、おやめくださいませ」
「まったく『竜の巫女』などと、大げさなことを」
口ぐちに彼女たちが言っているのはどうやらのことらしかった。どうやら彼女たちは家中に広がるを側室に迎えるという噂を真に受けて政宗に抗議にきたらしい。ちら、と姉を見やれば、喜多は小さく首を振るだけで何を言っても無駄だとばかりの態度に小十郎は内心で溜息をつく。
「そなたたち、少し落ち着きなさい。さまはまこと『竜の巫女』であらせられます。満海上人の生まれ変わりであられる殿の元に異世界から舞い降りて来られた『竜の巫女』さまに何と失礼なことを」
だが一人、愛姫だけはそう告げるのに、政宗はちらりと彼女の方を見やって口を開く。
「まだを側室にすると決めたわけじゃねぇ。それに俺の裁量に不服があるなら構わねぇ。永の暇を取らせる。ここを出て里に戻れ」
じろ、と側室たちに鋭い視線を浴びせる政宗に今まで文句を言っていた側室たちが絶句する。彼女たちは同盟の証としてここにいる人質だ。それを里に戻す、ということは同盟を破棄するという意思表示に他ならない。それに同盟を破棄した伊達軍の標的が自分たちの里になることは今の政宗の態度からして明白だった。一瞬で別の意味で蒼白になった側室たちに政宗は面倒くさそうに手を振った。
「邪魔だ。下がれ」
不機嫌そうな声に側室たちを追い出すと、残った愛姫が憮然としたままの政宗の手をそっと取った。
「殿。さまはまこと、殿をお守りする『竜の巫女』だと信じております。愛だけは、何があっても信じております」
「愛───────────」
「さまは今、相馬で殿のために頑張っておいでです。そのさまをも愛は信じております」
愛姫の言葉に政宗はまじまじと彼女を見つめる。心から信じている彼女に政宗は何も言えなかった。そんな夫婦を喜多と小十郎の二人が複雑な顔で見守っていた。