「小十郎、何の用だ?」
不機嫌そうな表情を隠しもしないまま愛姫の手を握ったまま政宗が小十郎に視線をやる。
「綱元どのより書状が参りました故、ご報告を」
「Ah・・・・・・」
「それで、綱元は何と?」
愛姫がかわいく小首を傾げて小十郎をせかすのに、小十郎は視線だけで政宗の許可を取り、軽く頷いた主君に小十郎は愛姫に頭を下げて口を開く。だが政宗はちら、と喜多に視線を送ると彼女は心得たように頷いた。
「相馬の反乱は鎮圧した模様。数日中に綱元どのとが帰還する、とあります」
「そうか」
「さすがはさまでございますわ。ねぇ、喜多」
「そうでございますね。愛姫さま、そろそろ」
「ええ。では殿、失礼いたします」
「Ah」
政宗の合図のとおり喜多が促し、退室していく愛姫の姿を見えなくなるまで見送った政宗がそれまで隠していた剣呑さをたたえてじろりと小十郎を見やる。
「首尾は?」
「双方とも一兵の戦死も出なかった模様です。すべて『竜の巫女』の託宣にて降伏した模様です」
「───────────模様、だと?テメェが糸を引いていたんだろうが」
「いえ、小十郎が策を立ては致しましたが、降伏させたのはでございます」
「Ham・・・・・・」
小十郎の言葉に鼻を鳴らした政宗が腰に差してある扇子を手にとってパチン、パチンと手慰む。それが政宗が苛ついている証左なのを知ってはいたが、小十郎は素知らぬふりで頭を下げる。
「政宗さま」
「Ah?」
「此度のこと、ご不興を承知で申し上げます」
「何だ?」
「『竜の巫女』を利用なさいませ」
「───────────」
「政宗さまが天下を目指されるのに、『竜の巫女』は欠かせない者となりましょう。そのためにこの小十郎が策を巡らせております。政宗さまは何卒、天下を」
平伏する小十郎をちら、と視線だけで見やって政宗がパチン、と扇子を閉じる音を立てて口を開く。
「・・・・・・・・・・・小十郎」
「は」
「俺は女の力を借りなきゃ天下統一もできねぇほど情けねぇ男か?」
「まさか!そのような───────────」
「だったら余計なことはするな」
「政宗さま!」
「俺は俺の手で天下をつかむ。誰の手も借りねぇ。お前は俺の右目だろ?だったら女を利用することなんか考えてねぇで俺が俺の力で天下をつかめるように支えろ。『竜の巫女』の名声なんぞ必要ねぇ。You see?」
にや、と笑う政宗に小十郎は目を見張る。それはまさに自分が幼い時、全てを捧げると決めた君主の姿そのものだった。隠しきれない覇気と威圧感、それを象徴する力をたたえた隻眼に知らず頭が下がる。
「政宗さま、申し訳ございません」
「謝る必要はねぇ。ただ今後は『竜の巫女』を利用する必要はねぇ。が戻ったら少し休ませてやれ」
「かしこまりました」
「それに───────────」
「は?」
「なんでもねぇ。それよりもが帰ってくんだろ?迎えてやんな」
「は」
ひら、と手を振った政宗の命に頷いて小十郎が退室すると、政宗はもう一度大きく息を吐き出した。嘘つきが、と自分の発した言葉に唇を噛む。『竜の巫女』なんて正直どうでもいい。ただを利用したくないだけ、ようやく前を向いた彼女の瞳が曇ることをしたくないだけだ。その欲を何というのかはわからない。だが愛姫に感じる気持ちも、側室たちに感じる気持ちとも違うそれに、戸惑っているのは自分だ。を側においておきたいと思う。だが側室という枠にはめたくない。「政宗さん」と笑う彼女の笑顔を無くしたくないだけなのに。
「政宗、か」
今となっては小十郎と成実だけが呼ぶ自分の名前。愛姫でさえ「殿」と呼ぶのだ。それは自分が奥州筆頭である証。それを拒むつもりはないし自分で選んだ道だが、個人としての政宗を見てくれる人間はたった二人になってしまった。それを名で呼んでくれる彼女を失いたくない。ただそれだけなのに。
「Shit・・・・何なんだよ」
このもやもやする気持ちに舌打ちして政宗は誰のいなくなった部屋で行儀悪くごろんと横になった。
が綱元と共に米沢城に帰還したのはそれから2日後のことだった。一度部屋に戻り、着替えてから八重を伴って政宗の元へと顔を出した。すでに綱元も登城しており政宗への報告はあらかた終わらせたようだった。小十郎が部屋に控えているのは当然としても、人待ち顔で座る愛姫と喜多の二人にはくす、と笑いながら部屋に入った。
「皆、ただいま」
「まぁ、さま!」
すぐにを見つけて嬉しそうに顔をほころばせる愛姫にふっと心が温かくなる。「こちらへ」とはしゃぐ愛姫の言葉に従って腰を下ろすと、すっと手に触れる温かい手にくす、と笑う。
「愛姫、ただいま。待っていてくれてありがとう」
「何をおっしゃいます。さまは殿の御為にお働きになられているのですから、お迎えするのは愛の役目でございます。ご無事のお戻りをお待ちしておりましたわ」
「愛姫ぇ・・・・・・・」
心からの言葉に思わず胸が熱くなる。ああ、頑張ってよかった、と思う。ただいま、と言えることそのことも嬉しくてぎゅっと抱きしめたい衝動に駆られるが、最初に目に入った政宗の表情に自制する。握ってくれる手を握り返すと、愛姫はニコリと笑って膝を寄せてくる。
「さま、お帰りなさいませ」
愛姫だけでなく、喜多も笑って迎えてくれる。彼女にも笑い返して軽く頭を下げた頭をペチ、と叩かれて驚いて顔を上げると、すぐ目の前に政宗の端正の顔があって、は思わず悲鳴を上げそうになった。
「おい、真っ先に挨拶すんのは俺だろうが」
「ご、ごめんなさい。嬉しくて、つい・・・・・・」
「ついじゃねぇ。で?」
「う、うん。ただいま、戻りました」
「Ah・・・・・・・」
愛姫のすぐ隣に座っていたから政宗の据わる上席からは手の届く場所だとはいえるが、隻眼にじぃっと見つめられて顔が真っ赤になっていく自分の頬に手を当てて、かろうじて動く口を動かすと、政宗はすっと自分から離れていった。
「え、ええと・・・・・・」
「相馬の首尾は綱元から聞いた」
「うん」
「Very good」
「───────────え・・・・・」
「よくやった」
「政宗さん・・・・・・・」
思いがけない政宗の言葉に言葉が出てこなかった。あの政宗に褒められた、と茫然とする彼女に、ふっと優しい表情を見せる政宗の手がする、と頬に降りてくる。そして唇まで辿り、ゆっくりと指先が唇の輪郭をたどる。政宗の長い指が触れていると思うだけでどくん、と心臓が脈打った。どくん、どくん、と大きく響いてくる音に耳をふさごうとしてもまるで金縛りにあったかのように動けなくなる。
「」
「は、はい」
「あっちで愛たちがお前のための宴を用意してる。行こうぜ」
「う、うん」
きっと顔は真っ赤になっているに違いない。すぐ隣には愛姫がいて手を握ってくれているというのに、ドキドキと鼓動が早くなるのを止められない。どうしようと焦れば焦るだけ深みにはまっていくようで、思わずうつむいてしまう。だが政宗はそんなの様子など気にしないという風に立ち上がり、愛姫と喜多も政宗に追従するように立ち上がる。自然握られたままの手も持ち上げられるままに立ち上がり、「こちらです」と言われるままに部屋を出たのだった。
残された小十郎と綱元は退室していく政宗たちの姿が完全に見えなくなってから視線を交わしあった。
「小十郎、ほめてやらないのかい?はお前たちのために頑張っていたんだが」
憮然とした表情を崩さない義弟に軽い口調で聞いた綱元の言葉を小十郎は意図的に無視をして顔を上げる。
「して、綱元どの」
「は立派だったよ。まさか敵と顔を突き合わせて降伏させるとは私も思わなかったけどね。あぁ、これは返しておくよ。後で焼き捨てるなりすればいい」
差し出される数枚の書簡を受け取って中身を確認すると、小十郎は部屋の隅に置いてある火鉢から火を移す。紙の上にゆらゆらと燃え上がる火を無表情で見つめ、そんな彼に綱元は軽く肩をすくめただけで無言のまま付き合ってやる。そもそも今回の件は小十郎がこう言ったのだ。「考えられる戦況によりいくつか策をしたためた。綱元どのの裁量でに渡してやってほしい」と。だから自分はその通り、必要だと思う書簡をに見せ、彼女はその通りに実行した。自軍の将たちは『竜の巫女』の神通力ですべてを見越しているように見えたようだが、彼らは完全に小十郎の手の内で踊っているに過ぎない。それは敵軍にしてもそうだ。降伏させたことは自身の考えだが、小十郎の策の中にはそれを示唆しているものもあった。綱元はそれをには危険だという理由で渡さなかった書簡の中にしたためてあった。それら不要になった書簡が灰になるまでじっと見つめてから綱元に視線を戻す。
「もう一つは?」
「───────────小十郎、本当にこれを成実さまに届ける気か?」
「ああ。すべては『竜の巫女』の神託であるべきだ」
「殿のご不興を承知の上か?」
「無論」
「そうか。ならもう何も言うまい。ただ、には後できちんと説明しておきなさい。自分のしたことがどんな結果を招くのか、彼女には知る権利がある。いいね?」
念を押して懐からいくつかの書簡を差し出すと、小十郎は丹念にそれらに目を通して、さらにそこから三通を選び出して黒脛巾組を呼び、成実へと届けるようにと告げる。彼らの姿が見えなくなると残された書簡も同様に火にくべる。
「最上の狐がこれで動き出す、か───────────」
「ああ。恐らく」
「小十郎」
「何か?」
種は蒔いた。相馬の反乱の間息をひそめていた最上の軍はじっと相馬の様子をうかがっていたに違いない。軍師である自分が動いているのならともかく、『竜の巫女』などというわけのわからない女ひとりの力で収束した相馬を狐と呼ばれる最上が警戒しないはずもない。小十郎はそこをうまくついて講和まで持っていくつもりだった。すべてを『竜の巫女』の託宣として。
「いや、いい」
だが、戦を終わらせるための策であるはずなのに、表情がさえないままの小十郎に綱元は小さく息を吐いた。自分に言い聞かせるようにを「利用する」と告げる彼の本心にきっと彼自身が気づいているはずだというのに。かたくなに拒否を続ける義弟に綱元はもう一度諦めの溜息を吐き出した。