最上の動きは迅速だった。相馬の反乱が鎮圧され、その原因が『竜の巫女』であるという情報を得た直後、出していた兵を引かせたのだ。北を守っていた成実は小十郎からの書簡でその動きは想像できていたが、思わず「狐め」と感嘆の声を洩らしたほどだった。一方では『竜の巫女』の託宣として最上への使者を送り込んだ。相馬の反乱は最上の肩入れがあったからに相違なく、同時期に兵を起こしたことへの咎めと、その裏で糸を引く人物へのメッセージ(というよりも脅し)を伝え、「今回の出兵については伊達の動きを牽制するためではなく、間もなく義姫が伊達領近くを視察するための警備だと言って寄越したのだ。無論、嘘に決まっているが、兵を引いたことには違いない。成実は完全に最上の兵が引いたことを確認し、国境に必要最小限の兵を置いて大森へと戻ってきたのだった。

 成実が居城の大森への帰還後、報告のため米沢へとやってきたのは出兵して1か月後のことだった。政宗の従兄弟である成実は政宗への謁見は最優先で行われる。今回もほとんど待たされることなく政宗の元に通された成実は、迎えてくれた従兄弟に闊達に笑ってみせた。

「梵、戻った」

久しぶりの従兄弟同士の対面である。ただの従兄弟ではなく政宗の側近でもある成実の訪問である。ほかの者は全員下げて二人きりでの謁見を望んだ成実に政宗もそれに快く応じていた。

「成、今回はすまねぇな。合戦もなく退屈だったろ?」
「まぁな。今回はもうのおかげで合戦もなく暇を持て余したよ」

煙管を片手にくつろいだ表情の政宗に成実も家臣ではなく幼馴染として彼と向き合った。至ってぞんざいな口調になる二人だが、成実のいう内容に政宗は手を止めた。

「Ah?」
「何だ、知らないのか?の書簡のおかげでさ、最上のおっさん、手も出さずに帰ってったぜ」
「───────────の書簡?」
「ああ。『竜の巫女』の託宣だって俺のところに届いた。あれ?梵、知らないの?」
「成、そりゃいつのことだ?」
「ん・・・・20日ほど前、かなぁ」
「・・・・・・・・あいつめ」

唸るような声に成実はきょとんとして従兄弟を見つめる。政宗は急いで小姓を呼んで小十郎と綱元を呼び出すと、頭を下げる小十郎に殺人的な視線を投げつける。

「小十郎、どういうことだ?」
「は───────────?」
を利用すんなって命じたはずだが、成がその書簡を受け取ってんのはどういうことだ?」
「『竜の巫女』どのの託宣のことでしょうか?」
「とぼけんな。どういうことだって聞いてんだ。答えろ」

低く告げる政宗に小十郎がさらに頭を下げる。答えようとする彼を押しとどめたのは綱元だった。

「殿、それは」
「綱元、俺は小十郎に聞いてんだ」
「いえ、私からお答えいたします。『巫女』どのの書簡は相馬にてしたためていただいたものを小十郎を通じて成実さまにお届けいたしました。そのようなことになっておろうとは存じませず、お詫び申し上げます」
「Ah?」

ぴく、と眉を上げる主君に綱元が小十郎を軽く小突く。それに応じるように頭を下げたままの小十郎が顔を上げる。

「政宗さまからのご命令を受ける前でしたので、止めること適わず、申し訳ございません」
「テメェら、俺に一切報告を上げなかったのはわざとか?」
「いえ、そういうつもりはございませんでしたが・・・・・・」
「わかった。下がれ。成と二人で話したい」
「は───────────」

じろりと二人を睨みつけてそれだけを告げて退室させると、黙って座ったままの成実に視線を向ける。

「どう思う?」
「何が?」
「あいつらだ」
「俺に当たるなよ。景綱の鉄面皮は今に始まったことじゃないし、綱元が沈黙するって決めたら相手が誰でも口を割るわけないじゃん。それは梵が一番知ってるだろ」
「ったくどいつもこいつも・・・・・・」

ち、と舌打ちを洩らしてそっぽを向いた政宗に成実は神妙な顔つきで口を開いた。

「梵」
「何だ?」
「俺らの軍な、『竜の巫女』に対しては絶大な信頼を寄せてるぞ」
「───────────」
「兵士たちの間じゃ、下手すると梵よりも『巫女』を神とあがめてるのもいるぐらいだ。そりゃそうだよな。戦に出かけて一兵の損害もなく戻ってくるなんてこと、早々ある訳じゃない。それが相馬に続いて二回目だ。『竜の巫女』は神がかりだって噂が広がってる。伊達だけじゃない。今回のことで最上にもその噂は広がってるぞ。周辺国に広がるのは時間の問題だ」
「Shit・・・・・・・」
「冬が明けて春になったら、きっとを欲しがる輩が群れを成してくるだろうな」
「やるわけねぇだろ。あいつは俺の『竜の巫女』だ」
「だったらいいけどさ」

成実の言葉に政宗は盛大な舌打ちを洩らして今ここにいない小十郎と綱元に向かって毒づいた。あの二人がこうなることを予測していなかったわけはない。むしろこうなることを願っていたのはあの二人に他ならない。そうならないように手を打ったつもりが自分はまだ彼らのしたたかさや先を見据える力は足りないらしいと思い知らされる。味方であればこれ以上頼もしいことはないが、敵に回すと誰よりも手ごわい相手になる。それは自分が一番よく知っていた。

「成、いつまでいる?」
「しばらくいるよ。蔦の命日、そろそろだろ?景綱の首に縄をかけて墓参りと左門のトコに連れてくよ」
「頼む。Ah・・・・・も連れてってくれ」
「・・・・・・別にいいけど。梵、いいの?」
「ああ」
「あっそ。わかった。じゃ俺、そろそろ休むわ」
「ご苦労だったな」
「梵も休みなよ。今日ぐらい愛姫に甘えてもいいんじゃね?」
「るせぇよ。いいから休め」

最後まで悪態をつきながら笑って退室していく成実をしっしっと追い出して舌打ちを洩らす。やり場のない怒りをどこに持っていこうかと悩んだ挙句、張本人に付き合わせるのがいい、と結論づけて小十郎を道場へ呼び出したのだった。



 翌日───────────。いつもは小十郎に手習いをしている時間だったが、この日は小十郎から手習いは中止、と言付があり、暇を持て余して城内を歩き回っていた。無駄に歩いているわけではなく、いい加減間取りを覚えようと思っていたのだ。だけどもともとあまり方向を捕らえるのが得意ではないことも災いして、自分の部屋と広間、愛姫の部屋、執務室ぐらいしか一人でたどりつけた記憶がない。間取り図をもらえないか、と八重に聞いたところ、彼女は苦笑しながら首を振った。「さまを信用していないわけではございませんが、何かの間違いにて万が一、敵の手に落ちた場合、米沢城が危なくなります故」と言われればやはり口伝で覚えるしかなく、角を曲がった途端、は足を止めた。まったく見覚えのない一角に足を踏み入れてしまったことがわかったからだ。

「え〜っと・・・・・・・」

きょろきょろと周囲を見回して足を止める。元に戻ろうと回れ右、をしてみたが、どうやら違う廊下につながってしまったらしく眉を寄せたの背後から、くすくすと笑い声が響く。見られた、と思っておそるおそる振り向くと、そこには成実が笑いながらこちらを見て手を振っていた。

「成実さん、見てました?」
「うん。見てた。がきょろきょろしてた所から。迷ったの?」
「う・・・・・・ハイ」
「まぁ頑張って覚えることだな。で、どこに行くつもりだったんだ?」
「お散歩に出たら迷ってしまって、ええと、ここ、どこですか?」
「俺の部屋。俺は伊達一門だからさ。結構広い部屋があるんだ。寄ってく?お茶ぐらい出すよ」
「お邪魔してもいいですか?」
「ああ。この間の戦、には助けてもらったからお礼をしなきゃと思ってたんだ。ちょうどいい。おいしいお茶とお菓子でどう?」
「わ、嬉しいです!」
「お、成立だな。じゃこっち」

手招かれるままに部屋に入り込んだを座らせて成実は女中に言いつけてお茶とお菓子の用意をさせる。その間も近況などで気を紛らわせてくれる彼との話は弾む。そうして目の前におかれたお菓子には目を輝かせた。

「ずんだ餅じゃないですか!」
「知ってるの?」
「はい!おいしいんですよね〜!」
、どこで知ったのか、聞いていい?」
「私のいたところでは仙台の有名なお菓子なんです!」
「仙台?ふぅん。じゃ、ここでは初めてか?」
「はい。成実さん?」
「ああ、別に。今梵に言われてこれを開発してるとこなんだ。感想聞かせてくれると嬉しいんだけど」
「開発って・・・・・えぇ!?これって政宗さんが作ったお菓子なんですか?」
「まぁ作ったっていうか、思いついたっていうか。ま、食べなよ」
「はぁい!いただきます!」

勧められるままに一口食べると、懐かしい味が口いっぱいに広がった。おいしい、と柔らかい表情になるに、成実はそれはよかった、と笑う。そしてあっさりと皿を空にしたに成実は笑って言った。

「いい食べっぷりだな。だったらこれでいってみるか」
「はい!是非!これ、絶対に後世に残りますから!」
「まぁ、が言うならそうなんだろうな。で、。俺、前から聞きたかったんだけど」
「はい?」
はさ、梵と景綱のこと、どう思ってんの?」



<Back>     <Next>