どのくらい泣いたのかわからない。気がつけば抱き寄せてくれている政宗の着物が涙でぐっしょり濡れていて、判断力が戻ってきたは急に恥ずかしくなった。
「大丈夫か?」
「は、はい・・・・・・すみません・・・・・・」
泣きたいだけ泣いてすっきりすると、羞恥心だけが残る。子供ではあるまいに、誰かにすがって泣いたことなどどのくらいぶりだろう。しかもそれも隻眼の伊達政宗と名乗るイケメンに。政宗にぽんぽんと背中をあやされて、その心地よさにちら、と上目で見上げると、政宗は濡れた着物のことなど気にしていないようにその場にあぐらをかいた。
「で、話を聞かせてくれるか?」
「うん・・・・・・」
うつむくに視線を合わせるようにかがみこむ隻眼に、はにかむような笑みを見せて、ぽつりぽつりと話しはじめる。といっても先ほど語ったことと大差ない。自分は多分、違うところから間違って来てしまったこと、もってきたものはこれしかないこと、そして帰り方がわからないこと、だけだ。我ながら下手な説明だとは思っていたが、黙って聞いている政宗は茶化したりはしなかった。話し終わると、政宗は真剣な表情でを見つめて聞いた。
「なぁ、」
「はい」
「アンタ、雷を起こしたりできるか?」
「雷?」
「Yes」
「いえ、できないです」
「そうか───────────」
「えと・・・・・雷が、どうかしたんですか?」
「山の上に雷が落ちた」
「はぁ・・・・・・・」
「成実が見に行ったらアンタがいた」
「はい?私!?」
「しかも雷が落ちたとき、付近一帯は晴れていた。何かの前兆かと思ったが・・・・・」
ぽかんとするに、成実が主君の言葉に頷いた。雷、といわれてもにはさっぱりわからない。もしかしたらこんなところに飛ばされてきたのはそのせいなのかもしれないが、それなら同じ現象が起きれば元の場所に帰れるのだろうか───────────。
「あとひとつ」
「はい」
「コレ、だが」
困惑するに政宗はこれ以上聞いても埒が明かない、と思ったのだろう、「あとひとつ」と言いながら政宗の隣の少女に手を伸ばすと、少女はクリアフォルダから抜き出した紙をすっと政宗の手に乗せる。打ち合わせなどしていないだろうに、欲しいものがわかるんだ、と妙なことに感心しながら、ぴら、と目の前に差し出された会議資料に政宗の隻眼がすぅっと細められた。
「コレは、どういうことだ?」
「はい?」
「『織田信長、本能寺の変で死す』、『豊臣秀吉、天下統一』、『徳川家康、江戸幕府を開く』。一体どういうことだ?」
最初に自分を射抜いた時も強い光でじっと見つめられ、は思わず息を飲み込んだ。そうだ、彼が伊達政宗ということは、が習ったこの先の歴史など知るはずもない。それに、もし彼が他の豊臣秀吉のように天下を目指す武将だとしたならば、未来がわかってしまうことがどれほどの屈辱になるのか、そこまで考えての身体からすぅっと血の気が引いていくのがわかる。
「それは・・・・・・・」
「An?」
「わ、私の時代に・・・・・そう、教わっているから・・・・・・」
「Ham」
鼻を鳴らした政宗が、硬直したままのをよそに資料をめくっていく。だが先ほど「何で書いてある?」と言っていたのに、あっさり読解は出来ているらしい政宗に、ちら、と彼を見上げる。
「あ、あの・・・・・」
「Why?」
「その文字、読めるんですか?」
「Of course。ただ、意味がわからねぇのがある。後で教えろ」
「はい」
「」
「はい」
「コレ間違ってんぞ」
「え───────────?」
「武田は滅亡したって書いてあるが、信玄のおっさんはピンピンしてやがるし、上杉謙信もまだ存命だ。それに、家康はまだ餓鬼で天下を取れるようなヤツじゃねぇ。だろう?小十郎」
「は。魔王信長は確かに本能寺で死しておりますが、豊臣の勢力は未だ未知数にて天下統一には至ってはおりませぬ。まして徳川家康は政宗さまよりも年若なれば」
小十郎の言葉に意を得たり、とわずかに非難を乗せてにらまれるが、は呆然とその言葉を聴いていた。ということは、今いる時代はの知っている時代ではない、ということなのだろうか。
「あの・・・・・・・」
「Ah?」
「私の言うこと、信じてくれる・・・・・んですか?」
だが、それ以上に目の前の政宗という人間が途方もない自分の話を真に受けてくれていることの方が驚きだった。普通に考えればこれほどこっけいな言い訳はない。時代を超えました、などと言えば頭がおかしくなったのか、と言われるのがオチだというのに。
「No」
「そ、そう、ですか・・・・・・・」
だが、が期待していた回答とは別の言葉が即答で戻ってきて、がくりと肩を落とす。
「But、嘘だと決め付けるにしちゃ出来すぎてる。アンタが着ていたという服も、訳のわからないカラクリも、そしてコイツも。俺はアンタの言うことは信用しねぇ。但し、目の前にあって、俺のこの目で見たモノはたとえどんな馬鹿馬鹿しい事実であろうと、信じるしかねぇ」
コイツ、と言いながら眺めていた資料を叩いて成実に手渡し、成実は政宗と同じようにざっと目を通すと眉を寄せる。同じように小十郎、綱元と渡り、小十郎と綱元がちら、と視線を交わしたことはは知らない。
「・・・・・で、だ」
「アンタ、これからどうすんだ?」
「どうって・・・・・・」
「その様子じゃこっちに知り合いもいないだろうしな」
「そ、それはそうですけど」
「じゃ、give-and-takeでいこうぜ。俺はアンタの衣食住を当面は補償する。その代わり、、お前は『竜の巫女』になれ」
さらりと言われた言葉に頭がついていかなかった。今、この男は何と言った?
「え、ええと・・・・・・『竜の巫女』って、何?」
「publicity」
「は?」
「別に難しいこっちゃねぇ。『竜の巫女』の触れ込みで戦のときにそれらしく着飾ってから、俺の勝利を宣言するだけでいい」
にや、と笑う隻眼に、ようやく飲み込めてきた。要は他の時代から落ちてきた自分を政宗自身の宣伝にしたい、というのだろう。
「ちなみに、拒否権は・・・・・・・」
「Ah?」
ほんの少しの好奇心で小さく呟いてみれば、カチャ、といやな金属音が後ろで響く。背後、ということは小十郎と呼ばれたあの強面の男が刀か何かを持った音だろう。それにその一瞬で不機嫌になった政宗の声に、しまったと思っても遅い。
「そのときはここで死んでもらうしかねぇな。アンタにゃ悪ぃが、ここまで聞かれて野放しにできると思うか?」
「ひっ───────────」
低く響く政宗の声に、思わず身をすくませる。確実に何人もの人間をその一言で葬ってきたとわかる圧倒的な支配力と威圧感。金縛りにあったように動けなくなるに、ふぅ、と小さく息を吐き出した鈴を転がしたような美声が割って入る。
「殿、かよわい女性相手に何を言われますか。可愛そうにおびえてしまわれたではありませんか。小十郎もお座りなさい。ここで抜刀など、私が認めません」
少女の声にようやく呪縛が解ける。「は」と重い声に衣擦れの音が背後でするが、はっきりいって怖すぎて振り返ることができない。さっきこの少女は「抜刀」と言ったのだ。少女が助けてくれなければ後ろからざっくりと斬られていたかもしれないという恐怖が背中を這い上がる。
「で、答えは?」
「・・・・・・・・・」
「YesかNoか、どっちだ?」
「い、Yes・・・・・・・・・」
「Good,kitty」
Goodといいつつ、こちらを見る隻眼は笑っていないことに気付いて、言うんじゃなかったと後悔する。『教訓:政宗に逆らうべからず』だ。それに、確かkittyはあばずれとか、子猫、とかいい意味じゃなかったような気もする。例外として某キャラクターもいるが、政宗の場合恐らく子猫ちゃん、というからかいの言葉なのだろう。そんな年じゃない、と内心で思いつつ、やはり怖くて何もいえなかった。
「小十郎、の後見を頼む」
「は」
が内心そんなことを考えていることなどお構いなしに、政宗はの背後にいる小十郎にそう告げると、今度は機嫌を直したのか、にこりと笑って頭をなでられる。子供じゃないんだけど、と思いながら先ほどの不機嫌を思い出してされるままになっていると、ぽん、と軽く頭を叩かれる。
「よし、じゃ今日からアンタは俺の身内だ。成(しげ)は知ってるな?」
「い、一応・・・・・・」
「伊達成実さま、殿のお従兄弟にあられる」
後ろから響く重低音に、成、と呼ばれた男に視線をやる。いきなり殺されそうになったが、一応知っていることに変わりはない。あの偉そうな態度はこの人の従兄弟だったからなのか、と思いながらまじまじと観察すれば、確かに似ていなくもない。時折見せる笑みの形や、政宗が隻眼でなければ目元の辺りは結構似ている部類に入りそうだ。どうも、ともう一度頭を下げると、成実はちら、とを見て軽く口の端を上げただけだった。
「それから、鬼庭綱元殿」
「よろしく」
そういえば左側にも人がいたな、と思いながら線の細い男性を見てぺこりと頭を下げると、男性はにこりと笑って挨拶してくれた。なかなかいい人らしい。
「お前の後見になった片倉小十郎だ」
人事ながら、先ほどから紹介してくれるのはいい声だなぁと振り返ると、そこには渋面のままの小十郎がいた。この人はこういう表情以外はできないのか、と思うが、主君が政宗だとすれば意外に苦労人なのかもしれない。
「ええと・・・・・成実さんが呼んでた景綱っていうのは違うお名前なんですか?」
「いや、正式には片倉小十郎景綱という。好きに呼べ」
「じゃ、じゃあ小十郎さん・・・・・・」
「ああ」
名を呼んだ途端、ふっと一瞬緩んだ表情には思わず頬が熱くなるのを感じる。政宗もイケメンだと思うが、小十郎も笑うとはっきりいってカッコいい。眉間に皺が寄っていて鋭い視線で射抜かれればヤクザかと思うのに、この違いは一体何なんだろう。
「それから、政宗さまのご正室の愛姫(めごひめ)さまだ」
「よろしく、さま。女同士、仲良くしましょうね」
「え・・・・・・正室って、まさか・・・・・・・」
「政宗さまの奥方さまだ」
「うえぇぇぇっ!?」
小十郎の言葉には悲鳴を上げてのけぞった。奥方=結婚した妻、なわけであって、政宗の妻がこの愛姫で───────────。
「ご、ご、ご、ご、ご、ごめんなさいーーーーーーーーーーっ!!」
「?」
「わ、わ、私っ!!何てことをっ・・・・・!」
「何のことですの?」
「だ、だって!さっき私、人の旦那さんのむ、胸でっ!」
完全にパニックになるに、愛姫がかわいらしく首をかしげる。からすれば、人のもの(男性でも女性でも)に手を出すなど、やってはいけないことのトップに入る。中には結婚している相手を無理やり奪ってしまったりもする人間もいたが、にとっては、たとえ彼氏、彼女であっても人のものに手を出さない、と身上にしてきたのに、ついさっき、妻の目の前で、その人の旦那の腕の中で号泣してしまったのだ。自分が彼女(もしくは妻)だったら絶対許せない光景だ。
「Shut up!何だよ、いきなり」
「だ、だってだってだって!!」
「Ha!さっきアンタに胸を貸したことを言ってんのか?だったら愛は気にしねぇよ。な?」
「ええ。何をそんなに慌てていらっしゃるのかしら。どうか、お気になさいますな」
にこりと笑いあう夫婦に、はあいた口がふさがらなくなった。
───────────この時代って、旦那さんの胸で奥さん以外の女が泣いていても当の奥さんは平気なんでしょうか?教えてください。