「梵と景綱のこと、どう思ってんの?」
その成実の問いに思わず凍りついた。にこにこと人のいい笑みを浮かべてはいるけれど瞳は笑っていない。そういうところは政宗の従兄弟らしいと思ってしまう。じっとの返事を待つ成実には視線を逸らしてうつむいた。
「わからない」
「───────────へぇ?」
「わからないんだ。私にも。でも、今は政宗さんと小十郎さんの力になりたいって思う。それじゃ、ダメかな?」
「いや、いいんじゃないか?俺は今のは結構好きだな。自分でやるって決めたんだろ?」
「・・・・・うん」
頷いたに成実は笑ってお茶を手に取った。
「あ、そうだ。蔦の話、梵から聞いたんだって?」
「あ・・・・・・うん」
「もうすぐ蔦の命日だ。付き合ってくれるんだろ?」
「喜多さんについていけって言われたから行くけど・・・・・・私に何ができるのかわからないですよ?」
「構わないよ。あの景綱を引っ張って行けるのは喜多かぐらいだからなぁ」
「成実さん」
「何だ?」
「何で小十郎さんと仲が悪いふりしてるんです?」
がしゃ、と成実の手から湯呑が落ちた。中身はほとんど残っていなかったからこぼれはしなかったが、滅多に見せない成実の慌てっぷりにはくす、と笑ってみせる。
「だって本当は仲がいいんですよね?蔦さんのことも成実さんは全部知ってるって。左門くんの名付け親にもなってて・・・・仲が悪いならそんなことしないはずでしょう?」
「、お前それ誰にも言ってないだろうなぁ?」
「うん。だから聞いてみたかったんです。どうしてですか?」
不思議そうに首をかしげるに成実は思わず頭をかきむしりたい気分になるが、じろ、と彼女を見つめてふぅ、と大きく息を吐き出した。
「景綱の身分が低いってのは知ってるだろ?」
「知ってますけど」
「だからだよ。俺は伊達一門だからな。景綱に敵意を持ってる身分の高い人間の不満が俺のとこに集まってくる。俺と景綱は対立してなきゃいけないんだ」
「でも・・・・・・・」
「何だ?」
「小十郎さんと成実さんの二人が政宗さんを支えてるのはみんな知ってることだし、仲が悪いから逆に軍の編成をどうしようかって家臣の方が困ってましたよ。仲直りしてもいいんじゃないですか?」
ぽつりと告げるに成実は憮然として胡坐をかいた。言われなくてもわかっている。始めるのはたやすいが、どうやって終わらせればよいか成実自身もわからなくなっていたのは事実だった。
「、お前はそう思うのか?」
「うん。もういいんじゃないですか?必要なら『竜の巫女』の託宣で仲良くするようにって命令しますよ?」
「・・・・・・考えておく」
悪戯っぽく笑うに同じ表情のまま答えて、成実は彼女をまじまじと見つめた。最初は震えているだけのどこにでもいる女だった。珍しい服を着て雷の落ちた場所でふらふらしていた彼女を保護したのは自分だ。それが政宗と小十郎によって『竜の巫女』になり、今ではこの軍の象徴ともいえる人間になってしまっていた。本人は気づいていないのかもしれないが、身分というものを気にしない彼女は兵士たちに人気もある。政宗に対する態度と一兵士に対する態度が変わらないせいだ。そんな彼女の言動が政宗と小十郎の心を少しずつ動かしているのは事実で。
成実が彼女に対して言葉を重ねようとした時だった。女中たちの慌てる足音とともに政宗が姿を見せたのは。二人きりになる、といっても内緒話ではない。成実の座る上座以外のふすまや障子を開け放しているから、部屋に誰がいて何をしているかは筒抜けだ。成実にしては彼女と二人きりでいる、ということを隠す必要はないから、そのままにしていたのだが。
「おい成。テメェなんでと一緒にいやがる」
三方を開いている部屋にずかずかと入ってくる何故か不機嫌そうなオーラをまとう彼に、反射的にが首をすくめる。そんな彼女と政宗を見つめながら成実は首をかしげてみせた。
「が迷っていたからお茶に誘っただけだけど。俺に用?」
「Ah・・・・・付き合え」
「そりゃ構わないけど。お茶も飲み終わったしも来る?」
「どこに行くんですか?」
「梵がここまで迎えに来るってことは道場だろ?見学するなら歓迎するけど」
ちら、と従兄弟を見上げると、軽く顎を引いて頷くようなしぐさの彼に成実は苦笑した。これは重症だな、という仕草に政宗はじろりと睨みつけてに視線をやる。
「、来い」
「はい」
決定事項、とばかりに当たり前のように告げる政宗が言いたいことだけを言って部屋を後にする。やれやれ、と苦笑しながら立ち上がった成実は呆然としたままのを手招いた。
「今の梵に逆らわないほうがいいと思うよ」
「はい。それはもちろん!でも・・・・・何で政宗さん、あんなに怒ってるんですか?」
「あ〜・・・・まぁいろいろあってさ」
まさか元凶は目の前にいる彼女だとは言えずにもごもごとごまかすと、きょとんとしたままの彼女を連れて道場に向かう。まさか一緒にお茶をしているぐらいで怒られるとは思わなかった。これは道場でそうとうしごかれるな、と思いながら、途中、成実は自分の家臣を呼んでいくつか指示を与え、道場に到着した途端、軽く肩をすくめた。そこには政宗だけはなく、小十郎や綱元までがいて、この面子であれば当然といえば当然だが、見学の兵士たちの人だかりができていた。この二人がいる、ということは政宗の機嫌はそうとう悪いらしい。暴れるだけ暴れたい、という声が聞こえてきそうな彼に逆らわずに部屋に入ると、その人垣をかき分けるようにしてついてきたが目を丸くする。
「、少し下がってなさい。危険だよ」
「は、はい」
涼しい顔をしていた綱元だが、に忠告するのに、慌てて部屋を出る。すると横から腕が伸びてきて驚いて顔を上げると、そこには八重の姿があった。
「さま、お探ししました。どちらに行ってらっしゃいました?」
「成実さんのところに。それよりも・・・・・・」
「ええ。殿の稽古が始まるようです。殿の剣技を皆見学に来ているんですよ」
「・・・・・・・・はぁ」
稽古にこれだけの人だかりができるのか、ということを聞きたかったのだが、軽く周囲を見れば、どの顔も政宗たちに羨望の眼差しとどこか興奮したような雰囲気に目を丸くする。筆頭としての政宗が慕われていることはわかっていたが、彼らの視線は成実や小十郎にも向けられている。それは取りも直さず、彼らが伊達軍の中核を担っていることを示しているようだった。そうしているうちに準備が終わったらしい。成実が部屋の真ん中に進み出ると、政宗はにやり、と隻眼を細めて木刀を握りしめる。
「成、覚悟はできてんだろうなぁ?」
「何で殿の不興を買っているのかわかりませんが」
「Ah、わかってんだろ?『竜の巫女』に何ちょっかいを出してんだよ」
「ただ共に茶をしただけですが。やましいことはしてませんよ」
ちら、と控える小十郎に視線をやってお仕事モードの口調で告げる成実に政宗の盛大な舌打ちの音が響いて、正眼に構える。そしてそれが合図になった。裂ぱくの気合いで政宗が成実の懐に飛び込んだのだ。「おっと」と声を上げてかろうじてそれを受けた成実が身体を引いて政宗から離れると、今度は成実が下から上へと払い上げる。カン、という木刀が交わる音と足音がせわしなく響く。打つ、突く、払う───────────、二人の動きはまるで踊りのように洗練されていて、あれだけいる観衆からは物音ひとつしない。皆息を詰めて政宗と成実の対決を見守っていた。どのくらい打ち合ったのかわからない。他の人間たちと同じようにも二人のバトルに息をのむことしかできなかった。政宗の剣の腕は先日の戦で知っていたはずだった。だけど目の前で殺気をぶつけ合う二人に何も声をかけられない。ごく、と唾をのみこむ音は自分のものなのか、他人のものなのかすら判別しない。そして、政宗が成実の木刀を叩き落としたことで勝負がついた。
「参りました」
頭を下げた成実に政宗は大量にかいた汗を手拭いで拭ってふい、とそっぽを向く。やはり不機嫌なままの政宗に成実は軽く苦笑して、落とされた木刀を手に取って、すっと小十郎へと伸ばす。
「景綱、相手をしろ」
「は・・・・それは構いませぬが、成実さま、少しお休みになられた方が」
「うるさい。俺がお前に勝てないとでも言いたいのか?」
「そうではございませんが」
「だったらいいだろう?殿」
ざわ、と成実が小十郎を刺した瞬間、どよめきが起きた。普段そんなことをしないからなのかはわからないが、彼らの反応に八重を見ると、彼女は小さく首を振ってみせた。
「Ah、勝手にしな」
部屋から出ていた小姓たちが政宗の身の回りの世話を始めるのに成実がちら、と彼に視線をやる。政宗の許可をもらった成実は荒い息を整えながら木刀を軽く振るってみせる。小十郎は、というと、一礼して木刀を持って部屋の真ん中に仁王立ちになった。どこからでもかかってこい、とばかりの構えに成実は軽く唇を持ち上げてみせる。
「相っ変わらず可愛げのない構えだな」
嫌みが聞こえていないはずはないのだが、無言のままの小十郎に成実はイラついたように頭を振って木刀を振り下ろした。ガッ、とへし折れるような音がして、小十郎が両手で受ける。ぐ、と体重をかけてゆく成実だが、体格なら小十郎の方が上だ。十分な余裕をもって弾き返すと、成実は後ろに跳び退って距離を取る。
「何だ?来いよ、景綱。遠慮はいらない」
成実の出方を伺う小十郎を挑発する。小十郎は成実の態度を戒めるような視線を送ってくるが、挑発されてしまった以上答えないわけにはいかない。成実が動かないことを見てすっと足を動かした。まったく無駄のない動きに政宗が小さく口笛を吹いた。一瞬───────────。小十郎の左腕から伸びた木刀は成実の小手を打った。防ごうとした成実が腕を動かしたのが仇になった。手首をしたたかに打たれて木刀を取り落す。そのまま首筋に突きつけられている木刀に、成実はあっけにとられた顔で小十郎を見上げる。当の小十郎は成実が諦めたことを悟ると、一礼して膝をついた。
「ご無礼いたしました」
「景綱」
「は───────────」
「何で謝る?」
「いえ、成実さまは伊達ご一門。その腕を打ちましたのは」
「お前、殿にもそう言ってるか?」
打たれた腕を軽く押さえる成実に、彼の家臣たちが水に浸した手拭いを持ってくる。それを腕に当てながら成実はかしこまる小十郎にじっと視線を当てる。
「・・・・・・・成実さま?」
「剣の稽古で殿を打ってもお前は謝りはしないだろ?何故俺には謝るんだ?」
「それは、その・・・・・・」
「景綱、いや、小十郎」
「───────────は?」
「頼む。俺にも殿と同じように接してくれ。剣の稽古の時には遠慮せず打ちかかってこい。謝る必要もない。お前の強さは誰もが認めている」
「それは、かたじけなく」
「いいな?」
「は・・・・・・・」
釈然としない、という顔の小十郎に一方的に申し付けて成実は部屋の廊下にどっかと胡坐をかく。突然の成実の言い分に首をかしげていた小十郎に、くつくつと笑う政宗の声だけが響く。集まっている観客から一斉にどよめきの声が起きる。はその声に驚いたように周囲を見回すと、彼らは口ぐちに成実と小十郎の二人が剣の稽古をし、成実が負けたことに衝撃を受けているように見える。小十郎に咎める視線を送る者、逆に彼を認める態度になる者もいるが、彼らは成実が小十郎を認める発言をしたことそのものに感嘆の声が聞こえる。当の成実は涼しい顔をしていたが、小十郎は渋面のまま成実を見つめ、やがて小さく息を吐くと部屋の隅に木刀を預けて腰を下ろした。そんな彼らを楽しそうに眺めていた政宗は立ち上がって綱元を指した。
「綱元、せっかくだ、久しぶりに相手しろよ」
「はぁ・・・・・私は剣は苦手だと申し上げておりますが」
「るせぇ。俺の後で小十郎とやれ。命令だ」
「───────────殿は相変わらずお人が悪い」
「Ah?何か言ったか?」
「いえ」
しぶしぶ立ち上がった綱元と向き合った政宗との試合はわずか1手で決着がついた。政宗の袈裟がけを綱元は支えきれずに木刀を飛ばされたからだ。参りました、とあっさりと膝をついた彼に政宗はち、と舌打ちを洩らしただけで小十郎に場所を開けた。小十郎は壁にしまった木刀を手に取ると政宗のいた場所と入れ替わる。そして落とした木刀を拾って構えた綱元と、対峙する小十郎の二人に漂う空気には思わず身を震わせた。先ほど、政宗と成実とが対峙している時よりもどこか背筋が凍るような冷たさに瞠目する。そして、小十郎が動いた。
「はあっ!!」
上段から振り下ろした木刀を綺麗に受け流して返す手で彼の肩を狙う。だがそれは小十郎の予想の範疇だった。体勢を保ったまま木刀で受けて身体を引いた。それを追いかけるように綱元が先ほど政宗と試合っていたのとはまったく別人の動きで小十郎を追いつめてゆく。
「──────────っ!」
「ふっ・・・・・」
道場の隅へと追いやられる小十郎が目測を誤っていたのか、一瞬、背後に気を取られる。その瞬間、振り下ろされた綱元の木刀が小十郎の頭上でぴたりと止まる。
「それまで!」
息を詰めていた成実が慌てて進み出る。軽く息を弾ませている小十郎とは対照的に涼しい顔のまま綱元が木刀を引いて一礼して軽く肩をすくめた。
「小十郎、私に対して手を抜くのはやめなさいと何度も言っているはずだが」
「───────────」
諭す綱元に小十郎は黙ったまま頭を下げ、負けを認めると政宗がじっと彼らを見つめたまま軽く舌打ちした。その音が聞こえたはずだというのに綱元は木刀を片付けて政宗に向かって一礼してから、「では執務に戻ります」とだけ言って道場から出て行った。その背を見送って政宗が小十郎を呼び寄せると軽く耳打ちする。
「おい小十郎。手ぇ、抜いてたのか?」
「まさか。この小十郎とて綱元どのに手を抜くと命が危うくなります。さすが綱元どのでございます」
「Ah・・・・・・ったく、アイツめ、俺や成が相手だといっつも手ぇ抜きやがる。アイツが本気を見せんのはお前が相手ん時だけかよ」
「───────────それも、綱元どのなりの忠義かと」
「Shit・・・・・・いつか化けの皮をはいでやる」
「政宗さま」
観衆には聞こえない声で物騒なことを呟いた政宗に、小十郎は小さく溜息をつきながら釘を刺した。