5日後───────────。小十郎は政宗より休みを貰い、休暇のあいさつを済ませて下城の準備を整えていた。仕事は昨日のうちにほぼ終わらせているし、後は綱元が引き受けてくれているから安心できる。いくつか書状に目を通して箱にしまうと、自室を後にする。長い廊下を歩いていると向こうからが歩いてきた。
「あれ?小十郎さん、どこかいくの?」
「あぁ。今日は俺は休暇をもらってるからな。お前こそどうした?」
「ううん。政宗さんにまた城下に行きたいなって言ったら勝手に言って来いって言われちゃって。あ、もしよかったら連れて行ってもらえないですか?」
「政宗さまが?」
「うん。ええと、それとも小十郎さん、用事がある?」
「まぁな・・・・・・。仕方ねぇ。一緒に来るか?」
「うん!」
小十郎の言葉に頷いたがほっと内心で胸をなでおろす。実は昨日から喜多と政宗にくどいくらい念を押されていたのだ。明日は蔦の命日だから、小十郎が休みを取る。必ずついていけ、と。そしてこう言えば小十郎はきっと断らないだろう、とも。喜多の言葉に半信半疑だったのだが、さすが血のつながった姉だ。そのまま小十郎について城下へと歩いていく。
「で、お前はどこに行くつもりだ?」
「え?小十郎さんの用事に付き合うよ。だって私一人じゃ場所わからないし」
「アァ?何だと?」
「お、怒らないでよ・・・・・連れていってくれるって言ったじゃないですか」
門をくぐり、ここからは一人で行けるか、と問いかける小十郎には慌てて手を振った。ここで放り出されたりしたら政宗と喜多に後で何を言われるかわかったものじゃない。必死で頼みこむに小十郎が折れた。仕方ねぇな、と溜息をつくと小十郎は門番に数言話すと、門番は頷いて一度中へと取って返し、戻ってきたときには一頭の馬を連れていた。どうやら執政の権限で馬を調達したらしい。すぐに馬にまたがり、来い、と手を伸ばしてくる小十郎の手を握り、馬上の人となると、小十郎は緩やかに馬足を進めた。
城下を抜けるまでは並足のままで走らせ、人気が少なくなると一気に速度を上げる。小十郎の馬に乗るのは初めてではないが、揺れる馬上で必死で小十郎にしがみつく。そしてどのくらい走らせたのか。やがて小さな寺が見えてくると小十郎は門の前で馬の足を止めると、を馬から下ろし、邪魔にならないところにつなぐと、来い、とばかりに手招きする。彼の後ろについて歩いてゆく。狭い境内を抜けると本堂があり、小十郎はためらわずに玄関をくぐって和尚に面会を求めた。広間に通されるとは涼しい顔のままの小十郎をちら、と見やってきょろきょろと視線を走らせた。の世界とあまり変わらない寺の風景だった。本堂から見える場所には小ぢんまりとした庭園や、細い道を抜ければきっと墓地だろう。思っていたよりも本堂は大きいと実感する。待たされた時間は長くはなかった。奥から袈裟をまとった年老いた僧侶が一人姿を見せるのに、小十郎は丁寧に頭を下げた。
「片倉殿、ようこそ」
「ご無沙汰しております」
「いや、1年ぶりかの」
「───────────は」
頭を下げる小十郎に好々爺然と笑う和尚が懐かしいという表情を刻む。必要最小限だけを告げる小十郎に目を細めて和尚は口を開いた。
「左門は、大きくなりましたぞ」
「かたじけのうございます。和尚、これは寸志でございますが」
自分の子だろうに、ただそれだけしか聞かない彼には思わず彼の横顔を仰ぎ見る。だが小十郎はそんなの視線に揺らぐことはなく、懐から出した包みを和尚に差し出した。
「おお。これは重畳。して、墓参りは済まされましたか?」
「いえ、これからにございます」
「こちらは───────────?」
その包みを中身すら確認しないまま懐にしまった和尚がちら、とを見る。
「は、噂はご存知かと思いますが『竜の巫女』にございます」
「ほぅ、そなたが」
「あの・・・・です。お邪魔しています」
「いやいや、片倉殿と共に来られるとは、また可愛い女子じゃの」
にま、という表現がぴったりの笑い方で和尚がを見据える。思わず身をすくませたに小十郎はちら、と視線をやっただけで何も言わなかった。
「まぁ何ももてなしはできませんがゆっくりなされ。おお、そうじゃ、成実さまが先に来られておる。お会いなさるといい」
「かたじけのうございます」
和尚との話はそれだけだった。一礼して立ち上がる小十郎にもそれに倣ってから慌てて席を立った。小十郎が向かった先は墓所だった。広間から見えた細い道を入り、点在しているうちのひとつで足を止める。そこにはまだ点けたばかりの線香が揺れていた。恐らく成実が立てたものなのだろう。他の墓は苔むしたものも少なくないというのに、小十郎の前の墓は綺麗に掃除されていて、膝を折った小十郎が手を合わせるのに立ったまま手を合わせる。そしてわずかの時間瞳を閉じた小十郎が立ったまま手を合わせるが瞳を開けるまで待って、無言のまま踵を返す。その背を慌てて追いかけてくるの気配を背中に受けながら歩く小十郎に、は恐る恐る口を開いた。
「小十郎さん」
「何だ?」
「あのお墓・・・・・・」
「ああ。俺の妻の墓だ」
「・・・・・・奥さん、いたんだ」
「昔の話だ」
政宗と喜多から話を聞いているとはいえ、小十郎には知らせていないはずだ、と今聞いたと既成事実を作ってしまおうとするに小十郎は淡々と答えるのに、思わず口をつぐむ。悪いことをしているわけではないが、何かひっかかるものを覚えてしまう。
「あの・・・・・・」
「」
「はい?」
「聞いたんだろ?政宗さまに」
「う・・・・・はい・・・・・・・」
「お前は嘘が下手だな。別に隠してるわけじゃねぇ。俺の妻が死んでここに埋葬されてることぐらい古い人間なら皆知ってる」
「左門くんのことも?」
「───────────ああ」
先に歩く小十郎の背を追いかけるように小走りになるを待つように立ち止まって、戸惑ったように視線を泳がせる彼女の頭に手を置いてがしがしとかき回した。途端、痛いと声を上げたに小十郎は黙ったまま軽く頭をポンポンと叩いてやる。そうしてが油断した瞬間、小十郎はの肩をぐいと引いた。完全に逃げられない体勢になった彼女がまずい、と感じるよりも早く小十郎がの顔を覗き込んだ。
「───────────で?誰の差し金だ?」
「え・・・・?」
「とぼけるな。お前が俺についてきたのは誰かにそう言われたからだろ?政宗さまか?それとも姉上か?」
「う・・・・りょ、両方・・・・・・」
「───────────ったく」
「でも、二人とも小十郎さんのこと、心配してたよ」
「───────────」
譲らない小十郎の瞳に逃げられない、と悟ったが諦めたように頷いた。その答えに小十郎はあきれたような溜息を洩らして彼女を解放してやる。政宗が彼女を寄越すことはある程度想定していたし、廊下で下手な嘘をついた彼女に政宗の下知であれば仕方ない、と諦めたのだが、姉は想定外だった。半ば以上本気で溜息をついた。だが不意に近くなった小十郎の体温に驚いて顔を上げたが離れてゆく彼に少し残念そうな表情を見せたのは気のせいだったのだろう。ふぅ、と溜息をついて小十郎が先に歩いてゆく。置いていかれそうになったが慌てて駆けだす気配を感じながらも小十郎は足を緩めなかった。
「小十郎さん!待って」
「お前は俺を監視しに来たのか?」
「違うよ。ただ、ついて行ってほしいって言われただけだから。私に何ができるのかわからないんだけど」
「そうか───────────まぁ、一人で来るよりゃ良かったかもしれねぇがな」
「え・・・・・・?」
「いや、なんでもねぇ」
予想通りの答えに首を振る。正直毎年一人で訪れるたびに、心がずんと重くなっているのは自覚していた。そもそもここに来ることは義務だとは思ってはいたが、三回忌を迎えるまでは足を向けることすらできないほど怒りを覚えていた。三回忌のとき、喜多と成実にお尻を蹴飛ばされるように来てから、政宗の主命を持って毎年来るようにと言われてしまったから仕方なく来ているのだ。正直墓に参ったところで蔦への文句しか浮かばない。実家が神道の家であるから仏に対する心は持ち合わせているつもりだが、彼女の墓を片倉家に入れようとも思わない。だが今年は彼女が近くにいるだけで沈んでいた心が救われるようで。たった一人、側にいるだけでこんなにも心持ちが違う。喜多や成実と共に来てもこんな気持ちにはならなかった。きっとだからこそ、この気持ちになるのだろうと自分の気持ちに気付かされる。
「」
「はい?」
「左門に会ってくる。来るか?」
「行ってもいいの?」
「───────────ああ」
「行く」
「・・・・・・そう、か」
即答した彼女に小十郎はそっと瞳を伏せて妻の墓を振り返る。自分の中の止まっていた時間が少しずつ動き出してしまった、と実感する。蔦に対する怒りも、彼女に感じていた苛立ちも、違う気持ちにすり替わっていくようで。時間はかかったがようやく彼女に向き合えるだけの余裕ができたとようやく思う。喜多が言っていた。「お前は自分が正しいと本当に思っているのですか?」と。蔦が死んで彼女の葬儀にすら出なかった自分を責めて。その時は耳に入ってもこなかったのに、今になってようやく向き合えるだろうと思う。「近いうちに来る。長い間待たせて悪かったな」そう亡き妻に心の中で告げて左門がいる部屋へと向かったのだった。