本堂から渡り廊下でつながっているのは別館のようだった。さすがに本堂は人が住む場所、というよりは祈りの場所や来客を迎える場所の趣が近かったが、奥に行くにつれて生活感を感じられるようになった。きょろきょろとするをよそに小十郎はさっさと歩いてゆく。それほど長くは歩いていないうちに、奥からカン、という木がぶつかる乾いた音が聞こえてくる。その音に混じって子供の声と笑う成実の声が混ざる。思わず歩調を緩めたとは違い、小十郎は無言のままその音の先へと向かっていた。

「やぁっ!!」
「っと、いい太刀筋だな。よし、じゃ今度はこっちだ」
「はい!」

カンカン、という竹刀のぶつかる音と、子供の悔しそうな声に笑顔。少し広くとってある庭で成実と一人の少年が竹刀を振っていた。まだ10にはなっていないだろう、だが見るからに武家とわかる着物に、聡明そうな瞳。だが、線は細くは久しぶりに『もやしっこ』という単語を思い出した。その少年はそう形容する方がぴったりなほど細い身体をしていたからだ。

「お〜左門、腕上げたなぁ」
「成実さま!もう1本!」
「よし、かかってこい!」

まるで親子のように戯れる二人を見ると、小十郎には悪いが、成実と左門の方がよほど親子に見えると思いながらはそっと小十郎の顔を見上げた。小十郎の瞳には感情らしい感情などうかがい知れなかった。だが、そうやって身体を動かしている二人に声をかけるでもなくじっと見つめる瞳は、どこか迷っているように見えた。

「小十郎、遅い!」
「申し訳ありません、お声をかけるべきかどうか迷ったものですから」

だが、楽しそうだった少年の表情が小十郎の姿を捕らえた途端、一変した。沈んだ、まるで嫌なものを見るような視線。みるみるうちに濁っていく瞳には思わず息をのんだ。忘れられるはずもない、少し前の自分の瞳だった───────────。

「左門、少し父上と話をしてこい」
「成実さま───────────」
「どうした?」
「・・・・・・・・・いえ、行って、きます」
「ああ」

うつむいたまま成実に竹刀を渡し、小十郎の元に重い足取りで歩いてくる。そんな左門を伴って小十郎が手近な部屋へと向かうのに、はまるで足に錘が入っているかのように動けなかった。竹刀を預かった成実がそんなの肩を軽くたたいた。

、どうした?」
「・・・・・・・・・・ううん。あの、子が・・・・・?」
「ああ。左門───────────。片倉左門だ。小十郎の一粒種だがあいつはいつまで左門をここに閉じ込めているつもりなんだろうな」
「それよりも・・・・あの子・・・・・」
?」
「あの子の目・・・・・・」
「ああ。小十郎はまだ、左門を認めてない。左門は左門で、母を殺したのは小十郎だと思ってる。まぁ半分は間違いじゃないけどな」

ぽつりとつぶやく成実にうつむいた。何故、と言葉が出そうになって慌てて飲み込んで、成実が持つ竹刀に瞳をやる。まだ力の弱い子供だから木刀ではなく竹刀を持ち出してきたのだろうとわかる。

「だけど、左門は間違いなく小十郎の子だ。あの剣の才能は父親譲りだな。学問もあの年で一通り修めてる。まったく、うちの子にもあの才能のひとかけらでもあればなぁ」
「・・・・へ・・・・?成実さんって子供いるんですか?」
「いるよ。伊達家を継ぐ人間なんだから当たり前だろ?大体妻帯してないのは小十郎ぐらいだし」
「道理で子供と遊ぶのが似合ってると思いました」

成実がそう言うのだから左門の才能に関しては実際そうなんだろう、と思う。ただそれ以上に成実に子供がいる、ということに驚きもしたが納得もした。それを素直に言ったつもりだったのだが。

、それ、俺を馬鹿にしてるだろ」
「違います!ただ、成実さんって素敵だなって・・・・・・」
「嘘だろ。梵に言いつけてやる。あいつ最近と過ごす口実を探してるからな。ちょうどいい」
「って、成実さん!何気にひどいこと言ってるのは成実さんの方ですけど!?」

今、正直政宗と二人きりになるのは少し怖い。彼といると自分が自分でなくなりそうで。だけどにやにやと笑う成実の笑みはその彼を思い出してしまう。

「成実さんって、ほんと笑うと政宗さんそっくりですよね・・・・・・」

がくりと肩を落とすの一言に成実は一瞬目を丸くしてから、ふっと微笑んだ。

「そりゃ光栄だな。俺は梵のために生きるって決めてるから」

その微笑みには成実から目が離せなくなった。小十郎とは同じであってどこか違う彼の覚悟。きっと小十郎なら政宗のために死ぬ、というのだろう。だけどそれが蔦を追いつめていたのかもしれない、と思って蔦の墓を振り向くと成実はきょとんとした顔で彼女を見つめた。

「今、蔦のことを考えてた?」
「え、ええ・・・・・・」
「蔦はさ、小十郎のことずっと嫌いだったからね」
「え・・・・・?」
「覚えてるよ、俺。祝言のとき蔦は一度も笑わなかった。まるで今から牢獄にとらわれる囚人のような顔をしてた。実際蔦にとってはそうだったんだろうな」
「そう、なんですか」
「ああ。正直、左門も小十郎の子かどうか一時は疑ってたぐらいでさ。あ、これは梵にも小十郎にも内緒な」

舌を出して笑う成実はまるで悪戯っ子そのもので、はつられて笑いながら頷いた。成実の明るさは今の自分にとってとても居心地が良かった。そんな成実が慌てて笑みを引っ込めるのに、は驚いて振り返ると、そこには渋面のままの小十郎が立っていた。

「小十郎さん、お話は終わったの?」
「ああ、まぁな。、ちょっと来てくれ」
「うん」

手招かれるままに小十郎についていくと、そこには左門が待っていた。自分の姿を見つめる彼の瞳にはほとんど何も映していないように見える。ちく、と心が痛むが、が口を開く前に小十郎が座れとばかりに自分の隣を指した。

「左門、お前も噂ぐらいは聞いているだろう。『竜の巫女』、どのだ」
「初めてお目にかかります。片倉左門と申します。お見知りおきください」
「は、初めまして。です。左門くん、いくつ?」
「・・・・・・7つでございます」
「7つ・・・・しっかりしてるね。さすが小十郎さんの」
「巫女さま、失礼いたします」
「え・・・・・」
「おい左門!」

だが左門は「さすが小十郎さんの子供」と言おうとするを遮るように頭を下げて部屋を出ていった。小十郎の静止も振り切って駆けだした彼を追って立ち上がる。その彼を追って外に出ると左門は成実の背に隠れるようにしていた。じゃれるようにまとわりついてくる左門に成実も困惑気味だ。

「左門、どうした?」
「成実さま・・・・・」
「何だ?」
「お願いがございます!どうか私を成実さまの元においてください!」
「───────────なっ・・・・・・」
「左門は成実さまの元で武将を目指したいと存じます。お願いでございます。どうか、成実さまの元においてください!」

追いかけてきた小十郎が怒るよりも早く左門は成実の袖をつかんで一気に告げる。その発言に成実は思わずぽかんと口を開け、小十郎は眉間にしわを刻む。そしては何も言えないまま、口元に手を当てることしかできなかった。





結局───────────。小十郎は左門の言葉に無言を貫いたまま、黙って彼の頬を張り飛ばした。標準男性よりもガタイのいい小十郎だから本気でやれば左門の小さな身体は宙を浮いただろう。だがちゃんと加減したらしく軽くよろめくぐらいで済んだ。

「左門、成実さまに無理を言うな。身分をわきまえろ」
「おい小十郎、そいういう言い方───────────」
「部屋に戻れ。お前の気持ちはわかった。考えておく」
「───────────」

小十郎がそう告げる間も、ずっと左門はうつむいたままだった。一度も小十郎と目を合わせることのないままとぼとぼと歩き出す。その後ろ姿には思わず飛び出して彼を追いかける。

「おい!」

そう呼ぶ小十郎と成実の驚きの声を無視して左門に並ぶと、そっとその手を握りしめる。驚いて顔を上げる彼ににこりと笑いかける。

「左門くん、ごめんね」
「───────────」
「私、デリカシーのないこと言っちゃったね。本当にごめん」
「───────────」
「また、来てもいいかな?今度は左門くんに会いにくるね。何か欲しいもの、ある?」
「・・・・・・・・一度」
「え?」
「一度でいいから、殿にお会いしてみたいです」
「政宗さんに?」

何も話してくれないことを想定していたから返事が返ってきたことに驚いた。そしてその内容に目を見張る。

「うん、わかった。私からも政宗さんに来てもらえるか聞いてみるね」
「・・・・・・はい」

驚いていたのは一瞬。にこりと笑うに、うつむいたまま左門は頷いた。たったそれだけだったがにとっては嬉しかった。彼が部屋に戻るまで手をつなぎ、部屋に入る瞬間を見返した瞳に笑いかける。手を振ったに小さく頷いて左門はふすまを閉めたのだった。




 小十郎たちの元に戻ると、小十郎は渋面のまま、成実も憮然とした表情のまま自分の戻りを待っていた。「ごめん」と謝るに小十郎は首を振っただけでふいとそっぽを向く。左門と同じ仕草のそれに、はあっけにとられるよりも先に噴出した。

?」
「ううん。小十郎さんの仕草、左門くんにそっくりですね」
「アァ?」

突然笑い出すに成実が驚いて視線をやると、は笑いながら小十郎を指した。ぴく、と眉を上げる小十郎とは対照的に成実はにやりと笑っての顔を覗き込む。

「で?左門と何を話してたんだ?」
「別に・・・・・・で、小十郎さんはいつまでそんな顔をするつもりですか」
「この顔は生まれつきだ」
「だから左門くんが心を開かないんだと思いますけど」
「なんだと?」

じろ、と睨みつける小十郎から逃れるように成実の後ろに隠れるに、成実はあきれたように額に手をやった。

「俺は数日ここに泊まるけど、小十郎はどうする?戻るのか?」
「無論。を送っていかねばなりません」
「え・・・・?」
「わかった。小十郎、左門の言った願い、俺は構わないぞ」
「成実さま・・・・?」
「むしろ頼む。左門に片倉家を継がせるつもりがないのなら俺にくれ。あれだけの逸材、この寺に閉じ込めておくなど勿体ない。俺の元で武将として育て上げる。場合によっては左門には伊達の名を与えてもいい」
「成実さま!?」
「俺は左門を気に入っている。考えておいてくれ」

ぽん、と小十郎の肩に手を置いて左門の部屋に向かう成実にはじっと小十郎を見つめていた。彼の左門に対する態度は父というには程遠いものである以上、左門が心を開かないのは当たり前だと思う。きっと小十郎自身が過去に囚われたままなのだということなのだろうが、子供は成長するものだ。いつまでもそのままでいるわけにもいかない。だが小十郎の中でまだ何も解決していないことを突きつけられたようで、ぎゅっと手を握りしめる彼にはかける言葉が見つからなかった。



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