和尚に挨拶をして寺から出る間、小十郎はずっと無言のままだった。不機嫌なのかそうでないのか、表情を見ているだけではわからない。も無言のまま小十郎の背中を追いかける。正直もう少し左門と話をしてみたかった。成実にはなついている彼のことをもっと知りたかった。彼がいる場所を振り返って足が止まってしまうと、無言のまま小十郎がを待っていて、諦めるしかなかった。つないでいた馬を連れてきて、乗れ、とばかりに顎をしゃくる小十郎には思い切って口を開いた。

「あの、小十郎さん、私───────────」
「いいから乗れ。お前をちゃんと連れて帰らねぇと俺が政宗さまのお怒りを買う」
「でも」

「はい」
「落ち着いたらちゃんと話す。だから今は何も言わずに戻れ」
「・・・・・・・うん、わかった」

言うだけ言って無言になる小十郎に何も言えなかった。どこか覚悟を決めたような彼にができることなど何もない。それに、ちゃんと話すと言ってくれたことが少しだけ嬉しかった。逆らわずに馬に乗ろうと手を伸ばそうとした矢先、だった。ぐい、と腰をつかまれて宙に浮く。え、と思った瞬間、の身体は馬の背へと押し上げられていた。

「わ、わ・・・・・!」
「さっさと乗らねぇお前が悪いだろ。騒ぐな」

そういいながら自分はひらりと馬にまたがって、不安定になっているの身体をぐいと引いた。自然、小十郎に押し付けられる形になるが、小十郎はその腰に手を回すと、残った手だけで手綱を持って馬を走らせた。しばらく無言のままの時間が続いたが、腕の中に閉じ込めているの身体がふる、と震えるのを見咎める。

「どうかしたか?」
「ううん。ちょっと寒くて・・・・・・」

そういったのは嘘ではなかった。来るときはあまり感じなかったが風を切る頬が次第に冷たくなっていくように思う。もともと寒いのはあまり得意ではないから、ぴたりと引っ付いたままの小十郎の体温が気持ちいい。それでも身体から奪われてゆく熱に震えてしまう。

「・・・・・そうか。ちっと待ってろ」

器用に片手で手綱をさばき、並足に落とすと小十郎はの腰に当てている手を離して手綱を持っておくように、と告げて手を離す。そうして身体を離して纏っている陣羽織を脱ぐと、の肩に回しかける。驚いて顔を上げるの腰をもう一度ぐい、と引くとの手に自分の手を重ね合わせるようにして手綱を受け取ると、目を丸くするにくつ、と笑みを漏らしての肩を引き寄せる。

「これで寒くねぇだろ?」
「・・・・・・うん。あったかい」
「奥州はもうすぐ冬だ。ここの冬は長くて厳しいからな。今から寒がってちゃ先が思いやられるな」
「うぅ・・・・気を付けます」
「それがいい」

小十郎が頷いた気配にぽてり、と彼の身体にもたれかかる。彼の身体はたくましく、こうやってもたれかかってもびくともしない。それに体温の高い彼の身体と羽織に包まれると安心する。鼻をくすぐる香りは小十郎の香りそのもので。羽織の襟を頬まで引き上げて甘えるように彼にもたれかかっても小十郎は何も言わなかった。

「なァ
「はい?」
「・・・・・・いや、お前はやはり『竜の巫女』かもしれねぇな」

そうしてしばらく馬を走らせていた小十郎がぽつりと告げた。滅多にない小十郎の弱気な声に思わず顔を上げる。

「どうしたの?急に。小十郎さんらしくない」
「テメェ、人が褒めてんのにその言い方はねぇだろ」
「だって褒められてるのかどうかわからない言い方するからだよ」
「褒めてんだよ。相馬の件はよくやったな」
「───────────え・・・・・・」
「よくやった。俺の予想以上の成果だった。おかげで今年は戦なしで冬を越せる」

ぽんぽん、と腰を支えられている手がバウンドするのに目を見張る。戻ってきて数日経つが小十郎から相馬の首尾については何も言われなかったから、きっと彼からは評価などしてもらえないと思っていた。だから今の小十郎の言葉は不意打ちにしては効果がありすぎた。

「私・・・・・・小十郎さんの、役に立った・・・・?」
「ああ。無論だ。よくやったな」
「・・・・・・あり・・・が・・・と・・・・・誰に褒められるより、小十郎さんに褒められるのが一番嬉しい」

こみあげてくる涙が止められなかった。ぽろぽろとこぼれる涙を手で拭いながら告げるに小十郎は苦笑したようだった。

「おら泣くな。ったく・・・・・こうなるのがわかってたから言えなかったんだ」
「・・・ぅぅ・・・・・」
「いいから泣き止め。米沢城に戻るまでに元の顔に戻っとけ。政宗さまが気になさる」

腰から離れた手がぽふ、と頭に乗せられてそのままぐりぐりと撫でられる。どこか乱暴な仕草ではあったが、はその仕草にまた涙が止まらなくなった。子供のように泣くに結局城に戻る前に一度休憩する羽目になり、小十郎に睨まれてしまった。




 同じ頃───────────。米沢城では綱元が一通の手紙に目を通していた。いつも通りの表情のままの綱元からは他の感情はうかがい知ることはできなかったが、彼は読み終わったその書状を綺麗にたたんで箱にしまうように命じ、小さく息を吐いた。彼が政務の中でこんな風に溜息をつくことはほとんどない。当然、目の前にいる政宗には筒抜けなわけで。顔を上げた政宗が奇妙な顔で綱元に視線をやった。

「綱元、どうした?」
「いえ、なんでもございません。それよりも殿、筆が止まっておりますが」
「テメェが溜息なんかつくからだろうが。その手紙、寄越せ」
「いえ、まだ殿がお目通しするようなものではございません。まずは小十郎の裁断が必要かと存じます」
「だったら小十郎をすっ飛ばして俺んトコにあってもいいだろ?」
「よろしくありません。それよりも殿、今年の冬の間の兵の配備はいかがなさいますか?」
「話すり替えんじゃねぇよ」
「ご裁断を」

話は終わり、とばかりに政宗の問いには答えないままの彼に「Shit」と舌打ちを洩らして、政宗は国境に兵を当てることを命じると、綱元は頭を下げてその命を書状にしたため始める。こうなれば問い詰めても無駄だとわかってはいるものの、書状が気になるのは仕方ない。だが政務が終わると綱元は書状を入れた箱を持って退室してしまい、政宗は視線だけで追うことしかできなかった。



 城に戻った小十郎はを部屋に送り届けると、自分を待っていたように綱元に呼び出された。予想はしていたが、それ以上の早い動きに息をのむ。綱元は既に城下の自分の屋敷に戻っていたため、城を下り彼の屋敷へと足を運び、二人きりになると綱元は箱に入った書状を差し出した。

「お前の予想通りの内容だ」

それに頷いて目を通すと、小十郎は重い息を吐き出した。ちら、と綱元を見上げると、彼は苦笑して足を崩してから運ばせてあった酒をあおる。

「政宗さまには?」
「言っていないよ。まぁ、お気づきにはなられてると思うが」
「・・・・・・そうか」
「で、どうする?」
「奥州は間もなく冬だ。使者を出すにもままならなくなるだろう。春まで返答は引き延ばしてもらいたい。それに───────────この一通だけで終わるとは思えねぇ」
「だろうね。殿には、いつ申し上げる?」
「・・・・・・・もう少し、書状がたまったら申し上げる。綱元どの、悪いが」
「わかっているよ。この手の書状を私の手元に届くようにしていたらいいんだろう?」
「頼む」

苦い息を吐き出した義弟に酒を差し出して、一気にあおる彼に苦笑する。そんな顔をするのであれば悩むよりも先に心のままにしてしまえばいいのに、と思うのは彼よりも年上の自分だからこそなのだろうか。

「・・・・・・・小十郎」
「何だ?」
「左門は、元気だったか?」
「───────────ああ。成実さまの元に行きたいと懇願された」
「・・・・・・・・そうか。成実さまはお暇があると左門の元に顔を出されているからな。懐かれるのも道理か」

くすくすと笑う綱元を睨みつけて小十郎が手酌で酒をあおる。

「笑いごとじゃねぇ」
「どうするつもりなのかは知らないが、左門のことを考えると、それもいいんじゃないか?」
「・・・・・・」
「片倉家の跡取りにするつもりなら、そろそろ手元に置いてきちんと教育した方がいい。必要ならうちで預かってもいいが」
「鬼庭家とうちじゃ身分が違いすぎる」
「成実さまのお家よりはましだろう?大体お前は考えすぎるきらいがある。悪いことだとは言わないが、たまには情に流されてもいいと思うよ」
「左門のことは考えている。春になったら引き取るつもりだ」
「・・・・・・・そうか。ならいい」

それでも表情の冴えない小十郎としばらく酒を酌み交わしながら、綱元は城にいるはずのを思う。いろいろな変化をもたらしてくれた彼女は今きっと政宗に首尾を問い詰められていることだろう。だがこの小十郎の表情からして、あまりいい首尾だったとは思えない。今年の冬は忙しくなりそうだな、と思いながら、綱元は空になった小十郎の盃に酒を継ぎ足してやった。



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