奥州に冬が来た。吐く息は白く、部屋には火鉢が二つ置いてあり、常に炭を入れて部屋を暖めなければならないほどの気温には政宗から与えらえた着物をしこたま着込んで火鉢の側から離れられなくなった。しんしんと降る雪は毎日雪かきをしなければならないほど積もる。米沢、という地名から雪が積もる場所だというぐらいの知識はあったが、まさかこれほどだとは思わなかった。

「うぅ・・・・寒い・・・・・」

最近では部屋を出て広間に向かうのも一苦労だ。庭に積もった雪が廊下までせり出してきているときもある。雪かきは自然政宗と愛姫の行動範囲から始められるため、のいる部屋からだと後回しにされることもあるからだ。

さまは冬が苦手ですのね」

背後からくすくすと笑う声に振り返れば、八重がにとっては信じられないほどの薄着で笑っていて、は信じられない、とばかりに首を振った。

「何で八重さんはこの寒さで平気なんですか・・・・・・」
「まだこの寒さは序の口ですから。まだまだ寒くなりますわ」
「う・・・・・遠慮したい・・・・・・」
さまがいらっしゃったところはこんな雪は降らないのですか?」
「うん。積もることなんて年に1度あるかないかかなぁ。そもそも雪が積もったら大騒ぎだったし」
「大騒ぎ?」
「うん。電車は止まるし、道路はすごい渋滞になるし・・・・・・・」

八重の言葉に思い出していたの声が徐々に小さくなる。数か月前にいたあの世界がひどく懐かしく思った。喧噪とあれだけ人がいるのに、互いに干渉しない孤独な世界。もしここに来ていなかったら今もただ前を見ることもなく、だらだらと流されていたのだろうか。男に支配されたまま、逃げ出せないともがいていたのだろうか。それとも───────────そう考えては小さく首を振った。

「お戻りに、なりたいですか?」
「え───────────?」
さまのいらした世界に。私だったら、と考えますと・・・・・辛うございます。ですのにさまはいつも笑顔でいらっしゃいますから」
「・・・・・・・・ううん。懐かしいなって思っただけ。戻りたいとは思わないな。ここには政宗さんも小十郎さんもいるし・・・・・私ね、二人に会えたこと、すごく感謝してるんだ」
「まぁ・・・・・・」
「二人に会わなければきっと、私、頑張るってこと、忘れたままだったから」
さまは、本当にご立派でいらっしゃいますわ。殿や片倉さまから一目置かれているのがわかります」
「八重さん、それは置かれてないから」

むしろ政宗の暇つぶしの相手、もしくはからかいの対象の間違いか、小十郎にとっては手のかかる子供なのかもしれない。八重の言葉に即答で斬り捨てて「う〜寒!」と身体を抱えるに、八重は政宗が呼んでいる旨を彼女に告げた。「わかった」と言って歩き出す彼女を先導して政宗の部屋に向かう。そもそも今日は珍しく政宗から呼び出されたのだ。しかも彼の自室に来てほしい、と。朝晩は忙しくないときは一緒に食事をしているが、こう改まって呼ばれることはここ最近では珍しいと言っていい。冬の足音が聞こえてきてからというもの、奥州は表面的にだけでも平和なように見える。小十郎が言っていた。「今年の冬は戦なしで越せる」と。どうやら戦のない冬は数年ぶりらしい、と聞いて仰天したが、それが自分のやったことだとははどうしても思えなかった。寒さに震えながら歩いて政宗の部屋につくと八重は中に声をかけた。

「失礼いたします。さまがいらっしゃいました」
「Ya、入れ。八重、お前は下がれ」
「・・・・・・はい」

八重の声に部屋の中から政宗の不機嫌そうな声が響く。思わず顔を見合わせてからは八重に行かないでほしいと目で訴えるが、八重は小さく首を振ってふすまを開ける。ふすまを開けた途端に、ほわりとした熱気が頬に当たる。それだけこの部屋の温度が高い、ということだ。中には政宗と成実、綱元に小十郎という四人と、衣擦れの音に目を上げれば愛姫と喜多がやってきたところだった。思わぬメンバーに目を丸くするに政宗は入れ、とばかりに手招いた。愛姫と喜多に通路を譲って最後に席に着くと、背後でふすまが閉められる。何が始まるのか、と視線を泳がせるに、政宗はじっとを見つめていった。

───────────いや、『竜の巫女』と言った方がいいか」
「え?」
「お前に書状が来てる」
「はい?私に?」
「Ah・・・・・・綱元」

言葉の内容と政宗の深刻な様子のギャップに思わず目を見張る。現在伊達軍を支えている、と言っても過言ではない四人に愛姫と喜多まで集まっているから何か大切なことでもあるのかと身構えていただけに、拍子抜けしてしまう。そんなに綱元が手元の箱から10通以上の書状を出しての前においた。

「全て、他国より『竜の巫女』を迎えたいという書状だ」
「───────────は?」
「『は』じゃねぇ。お前に縁談だ」
「───────────はぁ!?何の冗談・・・・・・」
「冗談じゃねぇ。神がかりの『竜の巫女』を嫁に欲しいという書状だ。かなり熱烈なヤツもあるぜ。読んでみな」

綱元と政宗の言葉が頭を通過して、その内容が浸透するまで数秒かかった。思わず叫びださなかったのは目の前の政宗の視線と小十郎の視線が怖すぎたせいだが、叫びださなかったことを二人に感謝した。ひら、と冗談のようにその中の一通を手に取った政宗が差し出してくるのを反射的に受け取ってしまい、書状に目を走らせる。

「うわ・・・・ホントだ・・・・・・」
「これは武田のオッサンだな。Ham・・・・・あの真田幸村にお前をって書いてあるぜ」
「こちらは上杉からです。配下の家老格の者に娶わせたいと」
「あとは・・・・・毛利、長宗我部、最上に北条、徳川、島津・・・・果ては豊臣か。また、どの勢力も必死と見えるな」
「ちょっ・・・・ちょっと待って!!政宗さんも綱元さんも成実さんも!!これ、あのドッキリとかいって後で騙されてましたとかいうんじゃ・・・・・」
「お前は馬鹿か。お前を騙すためだけにこんな手の込んだことをするか」
「お前を騙すつもりならもうちっと楽しいjokeにする。こんなふざけたことするわけねぇだろ」

の抗議に小十郎と政宗からバサリと斬り捨てられて首をすくめる。どちらか一人を相手するのでも怖いのに、二人同時からじろりと睨まれると、その怖さは倍増する。思わず小さくなるに綱元はどこか面白そうに一通一通どこからか、と説明しながらの前においた。

、どうするかは君次第だよ」
「───────────え・・・・・・・」
「彼らが何故君を欲しがるか、考えてごらん」
「綱元さん・・・・・・」

謎かけのような綱元の言葉に混乱する。首を振るに、成実が声をかけた。

「お前が選べ。奥州に残るか、ほかの軍に嫁ぐか、すべてはお前次第だ」
「ちょっと待って・・・・ください・・・・・嫁ぐって、そんな顔も知らない人のとこに・・・・・」

真剣な表情の彼らに、ようやく事態がわかったの顔から血の気が引いた。これは冗談などではなく、自分の人生を左右する大問題なのだと気づいたからだ。

、ここではそれが常識だ。顔も知らない相手に嫁ぐことはそれほど珍しいことではない。同盟国ならその同盟を強固にするために、他の勢力の人間であれば、お前が嫁げばそれは伊達との同盟を結ぶことになる」
「もし・・・・断れば・・・・・・・?」
「相手側にそれを理由に伊達に攻める口実を与えるようなものだ」

至極真面目な表情の成実と、小十郎の一言に思わず背筋が冷えた。自分の言動一つで伊達軍が攻められる口実を与えてしまう、という事実にふる、と身体が震える。

「断るのなら、それ相応の理由がいるね」
「例えば・・・・・・?」
「そう、お前にすでに相手がいる、とか。ただ、相手が普通の兵士では相手を怒らせるだけだ。少なくとも、どの勢力も家老以上の家格の者へ娶わせると言ってきているからね」
「と、いうと・・・・・・」
「そうだな。例えば殿のご側室か、身分から言って低いだろうが、小十郎の正室あたりが妥当だろうね。殿の側室と決まっていたものを横取りするといえば、伊達に対して宣戦布告したと同義だろうし、何せ身分は低いが竜の右目の正室ともなれば、同じく伊達に戦をふっかける覚悟がないと、お前を欲しいなどといえないだろうね。あとは・・・そうだな。伊達に骨をうずめる覚悟だから、というのもあるが、あまり利口なやり方ではないだろうな」

他人事のように告げる綱元に、は思わず口をつぐむ。何故、という疑問とこれが夢であるように、との願いと。だがそれを粉砕するように愛姫がの隣へ座って、その右手をぎゅっとつかむ。

さま・・・・・・」
「愛姫・・・・・・」
「愛のわがままを聞いてください」
「え・・・・・・?」
「どうかこのまま、奥州にお留まりくださいませ」
「で、でも!そのためには政宗さんか小十郎さんと・・・その・・・・・」
「愛は、さまと一緒にいとうございます。どうか、お願いいたします」
「愛姫」

の手を押し頂くように頬に当てる愛姫には何も言えなかった。ちら、と助けを求めて喜多を見れば、喜多はにこりと笑うだけで助言してくれるわけでもない。完全に困惑するに政宗が口を開く。

「すぐに答えを出せっていうんじゃねぇ。10日間、時間をやる。それまでに考えろ。春になったらおそらく戦だろう。小十郎、準備を怠るな」
「承知」
「待って!戦って・・・・もしかして私の」

「何・・・・・?」
「お前のせいじゃねぇ。戦を仕掛けてくるヤツは、遅かれ早かれ俺たちに牙をむく。ただその口実がお前だったというだけの話だ。もしお前が円満におさめたとしても、ヤツらは次の機会を虎視眈々と狙ってる。権力者というものはそういうものだ」

断固とした小十郎の言葉に二の句が継げなかった。ここは戦国時代なんだ、と改めて実感する。それを生きる政宗も小十郎も、それを常識として生きる武将であることを嫌でも意識してしまう。

「話は以上だ。後は自分で考えろ」

突き放すような政宗の言葉が呆然とするの耳を通り過ぎてゆく。愛姫に握られた手の熱もあっという間に冷たくなっていくような感覚には何もできなかった。



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