着替えてから連れていかれた先は、昨日の宴会会場だった。すでに綺麗に片付けられており、昨日ここであれだけの人間が騒いでいたという跡はない。代わりに政宗と成実、綱元の三人が円座になっていて、ようやく姿をみせた彼女に政宗が憮然として口を開く。

「so late!俺を待たせるたぁいい度胸だな」
「え?待たせてたんですか?」
「Yes!」
「そ、それはゴメンナサイ」

片方の膝を立てて肘をついている政宗は本当に絵になる。まさか待っていたとは思わなかったから、いきなり不機嫌な声を浴びせられて神妙に謝って、八重が示すちょうど政宗の正面にくる席に腰を下ろすと、すぐに膳が運ばれてくる。昨日の夜は別として、まさかここで朝食を食べると思わなかったので驚いて政宗を見ると、彼はさも当然のように箸をつけてゆく。彼が食事に手をつけたのを見て、成実と綱元も食べ始める。は当然ながら作法などわからなかったが、成実たちが政宗が食べ始めるのを待っているのだけは理解した。だが、普通お殿様は家来たちと一緒に食事をするなどと思わなかったので、平然と成実たちと食事をする政宗の態度はちょっとびっくりしているのだが親近感は増した。

「綱元、例の件は手配できたんだろうな?」
「ええ。お任せください。昼には到着いたします」
「All right。成、お前今度はいつまでいる?」
「準備もありますので、いったん戻ります」
「いつ発つ?」
「今日の昼すぎには───────────」
「おい成」
「はい」
「いい加減、それやめろ。気持ち悪ぃ」
「は?」
の前だったら別にいいだろ。いつも通りにしろ。今日は小十郎もいねぇ」

味噌汁を飲む手を止めて、政宗がじろりと従兄弟を睨む。最初はそらとぼけようとした成実だったが、にこにこと笑っている綱元と、クエスチョンを貼り付けているとを見比べて、小さくため息をついた。

「梵、俺言っただろ?綱元と梵以外の前じゃやらないってさ」
「Ha、そこに小十郎はいねぇのかよ」
「いるか!あんな強情っぱり」
「成実さま、お気持ちはわからないでもありませんが・・・・」
「だったら綱元は黙ってろ」
「はいはい」

唐突にがらりと話し方を変えた成実に、は何が起こったのかわからないままにぽかんと三人を見つめていた。最初に自分を見つけてくれた時は威厳に満ち、あとで連れていかれた大森城主だと聞いたときは妙に納得したものだった。それに小十郎と顔を付き合わせる毎にまるで角を付き合わせる牛のようにいちいち文句を言う彼とはまったく違うもうひとつの顔に、混乱する頭に手を当てる。

「え、ええと・・・・・・・」
、成実さまはね、殿と私と小十郎と同じ寺で育ったんだよ。それがいつの頃からか小十郎と仲が悪くなってねぇ」
「はぁ・・・・・・・」
「綱元、だから黙ってろ」
「はいはい。相変わらず気が短くていらっしゃる」

くすくすと笑う綱元がからかうように告げると、成実はちら、と彼を見上げた後で、に視線をやる。

「黙っとけよ」
「は?」
「俺は梵の一門だからな。それなりの威厳がいるんだ」
「は、はぁ・・・・・・・・」

じろ、とに目をやって釘を刺す成実に、訳がわからないながら頷いた。正直成実が言っていることの半分も意味がわからない。『それなりの威厳』ということは何を指しているのか、というよりも、つい先ほどまでのどこか張り詰めた表情や話し方よりも、恐らく自分と同年代(もしかしたら年下?)の彼の今の表情の方がずっと年相応で魅力的だと思うのだが。

「成、お前、似合ってねぇから」
「っ・・・!梵!!」
「まったくです。人間背伸びすると良くない、という悪い見本ですね」
「ツナっ!!」
「はいはい。時宗丸さまを怒らせると後が怖い。年寄りは黙りましょうか」
「誰が年寄りだ!」
「私は殿や成実さまより20近くも年上ですから、立派な年寄りでしょう?」

成実がカッカするのをくすくすと笑う綱元は、彼がいくら噛み付いてもただ笑うだけで、の目からみても格好のおもちゃにされているようにしか映らない。完全に遊ばれてるんじゃ、と思いながらも、どこか楽しげな彼らにふと懐かしさを覚えた。そういえば、がいた施設も食事時にはこんな感じだったかもしれない、と思い返す。大きな子は小さな子の面倒を見、こうやって笑っていた───────────。

?」
「え・・・・・・・?」
「Why?」
「あ、すみません。何でも・・・・・皆さん、仲がいいんだなぁって思って」
「Ah?」
「ちょっとうらやましかっただけです」
「あ・・・・・・・・ごめん」
「え?」
「お前は間違ってこっちに来ちゃったのに、まったく気付いてやれなくて」
「し、成実さん?いえ、そうじゃなくて・・・・・!」

出会った瞬間に刀を突きつけられた相手とは思えない言葉に慌てて首を振る。彼はまさか、あの時のことを気にしていたのだろうか。昨日の酒宴もそういえばそんなに話をした記憶がない。

「成実さまは直情的ですからね。あれからが成実さまを見るときにそっと距離をおいていたのを気にされていたんじゃないですか?」
「え・・・・・?私、そんなことしてました?」
「ええ。ほら、昨日私の元には躊躇なく来られましたが、成実さまとの距離は開いたままでしたから」

くす、と笑う綱元に、はう〜ん、と首をひねる。自分としてはそんなことをしていたつもりはないのだが、どうやら無意識のうちに成実から距離をとってしまっていたようだ。だがそれを言うなら小十郎にも必要以上に近づいた記憶はないし、政宗に関しては彼が迫ってくるのをどうやって撃退しようかと頭を悩ませていた。この城に来てわずか1日も経っていないのに、政宗に悪戯されることや、からかわれるのは日常茶飯事になってしまっている慣れが怖い。だが、成実にとってはそうやって慣れてきた自分に距離をとられてしまったことがショックだったようで。自分でさえ気付いていないことをあっさりと見抜いてしまう綱元の眼力にもそれ以上にびっくりだったのだが。

「ま、コイツはまだ来たばかりだ。俺とはもう一緒に寝た仲だがな」

にや、と笑ってまぜっかえす政宗に、はじろ、と政宗に冷たい一瞥を送って漬物に手を伸ばす。『一緒に寝た』のではなく『襲ってきた』の方が正しいのだが、多分それを言えば政宗の思うツボだ。いい加減だんだんと対応を覚えてきた。にやにやと笑う政宗から視線を逸らして何か他の話題を・・・と探してみる。

「そういえば、今日は小十郎さんは?」
「Ah?小十郎なら畑じゃねぇのか?」
「畑!?」

我ながら下手な切り返し方だ、と思いながらの一言ではあったが、あっさりと告げた政宗の言葉に素っ頓狂な声を上げる。驚いて手を止めた綱元と成実がの反応に目を見張る。

「あいつ、畑いじりが趣味だから」
「畑いじり!?あの小十郎さんが!?」

はっきり言って想像ができない。あの体躯にあの筋肉だ。『剣を持って修行してました』や『柔道やってました』、百歩譲って『滝に打たれてました』といわれれば「はい、そうですか」と納得できるのだが、よりにもよって畑とは。

「小十郎の野菜はどれもうまいぜ。収穫したらまた持ってくんだろ。そん時に食わしてやる」
「え、あ、・・・うん。ありがとう・・・・・・」

珍しくストレートな政宗の賛辞に思わずどぎまぎしてうつむいた。昨日から思っていたが政宗の整った顔は凶器にもなる、と心に刻む。普段は人を食ったような笑みやどこか意地悪な表情を浮かべる彼が、小さく微笑んでいる姿ははっきり言って心臓に悪い。

「あ、このお漬物、おいしい」

政宗の視線から逃れようと、漬物を一口。しゃり、という絶妙な歯ごたえと、ちょうどいい塩加減と、それを邪魔しない素材の味。うまく調和の取れた漬物には目を輝かせる。

「こんなおいしいお漬物、初めてです。うわ〜どうしよう、これ、買って帰りたい」
「おや」
「Ham・・・・・・・」
「あ〜・・・・・・・」

幸せそうに口にするに、面白いことに三人の手がぴたりと止まる。綱元はどこか面白そうに、成実はやっちゃった、とばかりに目を覆い、政宗はどこか剣呑な雰囲気で見つめてくる。

「え?な、何・・・・・・?」

「は、はい?」
「お前、ソレを作ったやつのこと、どう思う?」
「どうって・・・・・・・こんなおいしいお漬物が作れるなんて、すごいなぁ〜・・・・って思った・・・・だ・・け・・・・」
「Ya、今日の夜は腹空かせとけ」
「え!?と、唐突に、何・・・?」
「返事は?」
「い、いえす・・・・・」

よくわからないながら、こういう目つきのときの政宗には逆らわないに限る。とりあえず頷くと、とうとう我慢できなくなった、とばかりに綱元が小さく噴出した。

「Ah?」
「いえ、失礼。殿も存外子供っぽいな、と・・・・・」
「うるせぇ」
「まぁ・・・・・梵がそう言うならいいんじゃない?梵、俺も混ぜて」
「No」
「あ、ひっで・・・・!いいよ、出発明日にするから」
「Ah?何でお前まで」
「いいじゃん!減るもんじゃなし!」
「減る」

唐突に始まった従兄弟同士の喧嘩に訳がわからないは呆然とその行方を見守った。その間にもぽりぽりと漬物をかじりながらではあったが、一度食べ始めると本当に止まらない。これが元の世界なら有り金はたいて買い占めているところだ。幸せをかみ締めているに、綱元はちょっと笑ってから喧嘩を続ける主君たちをよそに口を開く。


「はい?」
「その漬物、小十郎が漬けたものだよ」
「え?」
「小十郎が殿のために、心をこめて、ね。膳を見てご覧。殿は漬物は小十郎が漬けたものじゃないと食べない。面白いだろう?」

ちら、と政宗の膳を見てみれば、確かに漬物は小十郎が漬けたものだけがなくなっていて、他の漬物は手付かずでそのままになっていた。武将たるもの、好き嫌いはいけない、と言って喜多がいろいろなところから仕入れてくるのだが、天邪鬼な主君は他のものならともかく、漬物だけは頑として妥協しようとしないのだ。

「へぇ・・・・・小十郎さんって、なんだかすごいですね」
「そうかな?」
「はい。いつもは怖そうなのに、作るお野菜がおいしいってことは、愛情をたっぷりかけてるからですよね。政宗さんにもこんなおいしいものを作って。やっぱり小十郎さんって優しい人なんですね」
「やっぱり、とは?」
「あ、昨日お城についたときに、私の歩く早さに合わせてくれてるなぁって。そういうさりげない優しさって、弱いから・・・・」
は小十郎が怖くない?」
「え〜と、そりゃ怖い、ですけど。私まだ小十郎さんのことよく知らないし。でも笑ったときの小十郎さん、すごく優しくてちょっとびっくりしました」
「そうか。はいい女性になるよ」
「ええと綱元さん、私いくつだと思われてるんでしょうか・・・・・?」

ぽんぽん、と子供にするように頭をなでられて複雑な顔になるにくす、と綱元は笑う。ああ綱元さんの声、安心できるなと思う。優しいやわらかい声なのにどこか芯があって、大人の包容力とその声に妙に居心地がいい。出会って1日しか経っていないはずなのにずっと長く一緒にいたようなそんな気持ちになる。するりと自分のテリトリーの中に入り込んできて、それがいやだとは思えない。不思議、と思いながらなでられる手に身を任せる。だがその時間は長く続かなかった。いきなりがしり、と首に腕が回されて目を丸くするに、にやり、と笑う独眼竜が耳元でささやいた。

「kitty、何で俺を差し置いて小十郎の話なんだ?Ah?」
「ちょっ・・・政宗さん!近っ・・・・・!」
「ああ。俺とお前の仲だしな」
「ど、どんな仲ですかっ!?だ、だから耳元でささやくのは、やめ・・・・・」

ふぅっ、と息を吹きかけられて、ふぎゃぁ、と情けない声が漏れる。その声に政宗はあきれたような声を漏らして、の首筋に唇を寄せた。

「もうちっと色っぽい声上げろよ。男を知らないわけじゃないんだろ?」
「ちょ、ちょっと・・・・政宗さん、やめ・・・・・」

触れるか触れないかのところで息がかかり、逃げ出そうとする身体はすっぽりと政宗の腕の中。慌てるが暴れようとしたときだった。

「失礼致します。政宗さま───────────朝から何をなさっておいでなのです?」

救いの主が政宗の名を呼んで、を抱きしめた(というよりもホールドしていた)政宗を見上げると、彼はチッと舌打ちを漏らしてから離れて上座へと戻る。

「こ、小十郎さん・・・・ナイスタイミング・・・・・・助かった・・・・・」
「アァ?助かったじゃねぇ。お前もお前だ。何やってやがんだ?」
「だから、私は被害者だもん・・・・」
「どこがだ?政宗さまに変なちょっかい出すのはやめろ」
「・・・・・・・綱元さん、前言撤回していいですか?小十郎さん、優しいのは政宗さんに対してだけです」

何故か睨まれるがげんなりとして綱元にささやけば、綱元も苦笑して「そうだね」とささやき返して、同じように睨まれた綱元とは顔を見合わせて苦笑した。



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