「つ、疲れた・・・・・・・・」
何で朝食を食べただけなのにこんなに疲れなければならないのか・・・・・げんなりとしながら、じろりと睨んでくる小十郎に慌てて背筋を正して「ごちそうさまでした」と手を合わせる。そもそも悪いのは私じゃないのにとちら、と元凶をにらみつけると、その彼はこちらの視線に気付いてにや、と不敵な笑みを向けてくる。思わず文句のひとつもいいたくなるが、それをぐっとこらえてお茶をわざと音を立ててずず、と飲み込んだ。
既に綱元は政務に向かっており、成実も家臣たちが待っているという小十郎の報告を受けて席をはずしている。そのときのことを思い出してちら、と小十郎に視線をやる。
政宗に襲われかけていたとき部屋に入ってきた小十郎は襲われていたを一喝して、理不尽だとふくれると苦笑する綱元をよそに成実に対して一礼する。
「成実さま。ご家臣が表でお待ちでございます。本日のご出立をご指示願いたいと」
「景綱」
「は」
「お前はいつから俺の家臣になった?いらぬことに口出しするな」
「・・・・・・それは失礼を致しました」
「俺は殿の身内ぞ。その朝餉の席に無粋ではないか」
「重ね重ね、失礼を」
「お前の身分であれば仕方ないとは思うが、いま少し礼儀を身に着けろ」
「───────────は。お言葉、ありがたく」
小十郎が入室した途端、くだけていた成実の態度がが一番初めに見たそれに変わり、ピンと糸が張り巡らされたような緊張感が部屋に満ちる。それ以上に驚いたのは成実の小十郎に対する口調だ。自分に対してはわからなくもない部分もあるが、どちらかというと小十郎を挑発しているような侮蔑の色がにじみ出る。だが小十郎はそんな成実の言葉にも動じることなく、頭を下げるだけだ。
「おい成。そんくらいにしておけ。がびっくりしてんぞ」
よほど自分が驚いた顔をしていたのだろう。政宗が苦笑しながらたしなめると、成実は憮然としたままの表情を崩しもせず、残っている料理を淡々と口に運ぶ。彼がいうとおり、育ちの良さは箸使いでわかる。まるで行儀作法のお手本に出てくるような手つきで平らげてしまうと、成実はまだ食べている政宗に一礼する。
「殿、御前失礼致します」
「Ah、成、お前本当に帰国を延ばすのか?」
「無論」
「All right。ったく仕方ねぇなぁ」
仕方ねぇなぁといいながら、楽しげに告げる政宗と成実のまるで兄弟のようなやりとりにほほえましくなる。なんだかんだと言いながら政宗は面倒見がいい。拾ってくれた自分に対しての態度にしてもそうだし、昨日の酒宴でも家臣たちはこぞって気前のいい政宗を称え、政宗もまたそんな家臣たちに機嫌よく対していたのだ。そのまま成実が退室してしまい、ちょうど食事を終えた政宗にならうように綱元も箸をおく。失礼、と頭を下げてこちらも退室してしまうと、部屋には政宗と小十郎、の三人だけになってしまう。
「おい」
「は、はい!?」
「いつまで食ってやがる。早くしな」
「は、はい・・・・・すぐ食べます!」
気まずい・・・・・と思いながらも漬物をしゃりしゃりとかじっていると、小十郎がじろりとをにらみつける。低く告げられた一言とその鋭い視線に慌てて飲み込んだのだが。慌てるにくす、と笑いながら政宗は膝を崩しながら小十郎に聞く。
「小十郎。準備は?」
「は、別室に」
「Yeah、さすがだな」
「滅相もございません」
「、Come on」
「え、あ、うん・・・・・・」
ちょうどお茶を飲み干したを促して立ち上がる。政宗の後ろをついていくと、奥の一室のようだった。政宗が障子を開くとそこには愛姫、喜多、八重の三人が待っていて、部屋の真ん中には白い着物が畳んでおいてある。入れ、と顎で示されてちょこんと腰を下ろすと、の背後につくように小十郎が腰を下ろす。その間に政宗は用意してあった着物を検分し、愛姫の手をとってその手に唇を落とす。その慣れた仕草に見ているこちらがどきりとするが、他の3人はむしろ当たり前のような表情をしているということは日常茶飯事、ということなのだろう。というより、夫婦でこの挨拶ってどうなの、と思うよりも先に愛姫が喜多から受け取ったケースを政宗に指し示す。そこにはなにやら派手な色のアクセサリーがじゃらじゃらと入っていた。
「愛、すまねぇな」
「いえ、殿がお望みでしたので。こちらでいかがでしょう?」
「Ah、これなんかいいかもな」
その中のひとつ、赤い石と青い石、それに半透明の石が繋がっているネックレス(らしきもの)と、同じ組み合わせの少し短いものが2つ。青と赤の正反対の色の組み合わせだから派手派手しい印象かと思うが、組み合わせる順番がいいのか、毒々しい感じはしない。
「」
「はい?」
「つけてみな」
「え?私?」
「That's right」
「さ、さま」
にこにこと笑う愛姫と喜多に言われるままに1本は首にかけ、右手首と右足首につけられる。それを眺める政宗は、先ほどのケースに視線を戻して、今度は赤と白の石の組み合わせたものを差し出す。
「No、足はコレだ」
「かしこまりました」
言われるままに足につけていたものを付け替える。
「Ah・・・・・喜多、すまねぇが先に着替えさせてくれ」
「はい。では、さま」
「え?えぇ?」
「殿方は外でお待ちくださいね」
政宗の言葉に早速八重がの帯を解きにかかる。さすがに小十郎は着替えると聞いた途端、頭を下げて部屋を出ていったが、当然のように居座る政宗を喜多が外へと追い出した。ち、と舌打ちの音が聞こえたのだが、喜多の「なりません」という一言で追い出される。『さすが喜多さん』あの政宗に有無を言わせない早業は彼女ならではだと感心する。そうしているうちに首と手首、足につけた飾りを一度抜き取り、小袖を脱がされて用意してある着物に着替えさせられる。のだが・・・・・・
「ええと、これってもしかしたら巫女服っていわれるものですか・・・・・?」
ひく、と頬が引きつるのがわかる。お正月などで神社で見かける巫女服とほぼ同じ形、違うのは袴が動きづらい、というところか。一度大学の卒業式で袴は着たことがあるが、そのときのものとは比べ物にならないほど歩きにくい。
「巫女服・・・?巫女装束という意味でしょうか?」
「あ、うん」
「ええ、さまは『竜の巫女』におなり遊ばされますのでしょう?」
「い、言ったけど・・・・・・・」
まさかこんなコスプレをさせられるとは思わなかった。げんなりとするをよそに、喜多と八重の二人はてきぱきと着付けていき、元通り装飾品を飾ると、愛姫が嬉しそうに目を細める。
「まぁ、よくお似合いですわ」
「め、愛姫・・・・・・何の羞恥プレイなの、これ・・・・・・・」
「はい?しゅう・・・・・?」
「い、いい!!愛姫はそんな言葉知らなくていいから!」
日本人形のような愛姫がかわいらしく小首をかしげるのに、慌てて取り消したが、気分は動物園の檻の中の動物だ。まさかこの年になってこんなものを着させられるとは思わなかった。それこそ愛姫が着ればかわいいのに、と思うが、嬉しそうな表情の愛姫を見るとそれも言えずにもごもごと口ごもる。
「おい、まだか」
「お待たせいたしました」
だがそんな会話が聞こえたのだろう。外から政宗のせかす声に、喜多が障子を開ける。「遅ぇ」とぼやく政宗がを見てにやりと笑う。
「Ham・・・・・・」
「ぅ・・・・・・・そ、その目、なんか怖いんですけど・・・・・・」
獰猛なライオンか虎に狙われるウサギのような気持ちで知らず身体が逃げ出そうとするが、政宗はにや、と笑いながら扇子を口元に当てる。
「中々じゃねぇか」
「ええ、お似合いですわ」
「愛、ご苦労」
「いいえ。お気に召しました?」
「Yeah、さすがは愛だ。これはどこに注文した?」
「内緒ですわ。ねぇ、喜多」
「ええ。殿方にはお教えできません」
愛姫と喜多が二人して笑うのに、政宗はもう一度ご苦労、と告げると、女性陣はさざめきながら退室していった。入れ替わりに入室した小十郎がを見て、一瞬眼を丸くしたが何もなかったかのように腰を下ろす。
「こ、小十郎さん・・・・・・」
「何だ?」
「今の態度、すごい気になるんですけど」
「アァ?」
「い、いえ、何でも・・・ナイ、です・・・」
普段は鉄面皮の小十郎のわずかな変化に口ごもる。馬鹿にされているような、いやな汗が背を伝うのがわかるが、鋭い視線と態度に黙殺される。はっきり言って居心地が悪い。
「小十郎、お前もよくこいつのsizeわかったな」
「いえ、大体そのくらいかと思いまして」
「Ham、さすがだな」
感心したように告げる政宗の言葉に、そういえば、と思い当たる。袖もちょうどのためにあつらえたようにぴったりだし、袴の裾も長くもなく、短くもなく。足首につけた飾りも引きずるほどの長さではなく、足袋の邪魔にならないような絶妙な長さだ。言われれば手首のそれも、ネックレスになっているものも、のサイズを測ったようにぴったりだ。
「こ、これって小十郎さんの見立てなんですか?」
「Ah、着物はな。飾りは愛だ。さすがに飾り物はコイツの範囲外だったようだからな」
「申し訳ございません」
「謝る必要はねぇだろ。こういう飾り物は女の方がよく知ってやがる。にしても、愛のヤツ、さすがだぜ」
そういいながらの手をとってまじまじと飾りを見つめてから、手の甲に唇をつける。
「ひやぁっ───────────!!」
「Ah?」
油断していたところに政宗のやわらかい唇の感触に思わず悲鳴を上げる。その態度にぴくりと眉を上げる政宗には手を取り戻しながら彼を睨みつける。
「ちょ、ちょっと、政宗さん!キスやめて!キス!!」
「Ha、こんなモン、挨拶代わりだろうが」
「それは政宗さんだけ!!」
「愛は喜んでくれるぜ」
「だから!それは夫婦の間でやってください!私はあなたの恋人でも妻でもないから!」
「Ha・・・・・・・」
ぜぇぜぇと一気にしゃべってから息をつくに、すっと政宗の隻眼が細められる。彼がこういう目つきをするときは、大抵いいことは起こらない。わずか1日の間で身にしみてしまったは思わず後ずさる。
「え、えっと・・・・・・・」
「いい度胸じゃねぇか」
一歩一歩、距離を詰めてくる政宗に身体が震えた。あはは、と空笑いを浮かべようにも、その隻眼に宿る感情は何も伺い知れないのがの恐怖を増大させる。追い詰められるように後ずさるが、コツンと踵が壁に当たって、トンと背中が押し付けられる。まずい、と思ったのは一瞬だった。そのまま、ドン、との顔のすぐ横に政宗の両の腕が伸びてきて退路を絶たれたことを悟る。政宗を見上げる自分の顔には恐怖が浮かんでいるに違いない。
「おい、お前は俺が拾ってやってるんだ。You see?」
「それは、感謝してます・・・・・・」
「だったら、お前は俺の何だ?」
「え・・・・・・・・・・?」
「恋人でも妻でもない。確かにそうだ。だが、お前は女で俺は男だ」
「は・・・・・?」
「俺が拾った女をどうしようと俺の自由だ」
「ちょっ・・・・それって」
ぐい、と身体を押されてすぐ息がかかるところに政宗の顔があった。逃げださなきゃ、との本能が叫ぶ。目の前にいるのは政宗なのに、違う男の顔と彼のそれとが区別がつかなくなる。いや、と動かしたはずの唇からは言葉にならず、喉がひゅ、と鳴っただけで息が詰まる。
「Shut up!いいか、お前がいたところの流儀なんて知らねぇ。だがこの奥州では俺が王だ」
「い・・・・いやぁっ・・・・・!」
顔の横にある腕がすっと動く。殴られる───────────とはとっさに自分の顔をかばった。忘れられない、男にこうされた日々を。振り上げられた手が容赦なく頬を叩く感覚と、足蹴にされた痛みがよみがえる。身構えて恐怖に震えるに驚いた政宗は思わず手を離した。顎をすくおうとしただけなのだが、思わぬ拒絶に身体を離す。
「ごめんなさい!!何でも言うこと聞くからっ・・・・・!お願い、殴らないで───────────!」
「政宗さま」
「Ah・・・・・・・・」
顔をかばったまま絶叫したに小十郎が駆け寄ってくる。表情を伺う彼に小さく首を振ってそのままずるずるとうずくまって泣き出したに政宗はバツの悪そうに頭をかいた。
「、Sorry」
「・・・・っく・・・・・」
「悪かったよ。だから、泣くな」
うずくまったままのに膝をついて手を差し出す。「政宗さま」と小十郎が差し出した手ぬぐいを受け取って手のひらに乗せる。泣くな、と言われても一度流れ出した涙がそう簡単に止まるはずもなく。
「泣くなよ。頼むから」
「う・・・・・っく・・・・・」
「政宗さま、少し席を外されては」
自責の念もあるのだろう。手を伸ばそうとする政宗のそれが途中で止まる。どうしたらいいのか、と戸惑う彼に、小十郎が口を添えた。
「・・・・・Ah、I see。小十郎、任せる」
「は」
「、その・・・・・・泣き止んだら何か好きなモンやるから・・・・・」
「政宗さま」
呆れる口調の小十郎にせかされるように部屋を出る。怖がらせたかった訳じゃない。奥州筆頭である自分を拒否するなど彼女が初めてだったから、自分を拒絶する彼女にちょっとした悪戯のつもりだったのに。あの瞬間に自分を見上げたの瞳がまるで幼い頃、右目を失った頃の自分の瞳を見るようでいらいらする。
「Shit・・・・・・」
小さく吐き捨てて、その部屋の中が気になりながら政宗は自分の部屋へと戻ったのだった。